その七 リシオは困惑する
獲物であるグラスベアをなるべく小さな傷だけで殺せるように、リシオは針のように細い【炎の矢】を急所に当てて倒し、その死体に布を掛けると何やら呟いた。
するとリシオの身体を遥かに凌駕しているグラスベアの立派な身体はその布の中に吸い込まれて行った。
「おいあんた、それはマジックアイテムなのか?」
森の茂みの中から現れた草木を身体に身に着けカモフラージュしている狩人らしき男が尋ねてくるが、リシオは視線すら向けず、その布をハンカチ程度に小さくして懐の中にしまい込んだ。
その間に更に森の中から同じような恰好をした男が出てくる。
「どうしたんだ、何かあったのか」
「どうもこうもないですぜ、この野郎が俺達がずっと追いかけていた獲物を横取りしてマジックアイテムの中に隠したんだよ」
二人の男が話している間に次々と仲間達が茂みの中から出てきて、最初の男の話を聞き終えるとリシオに向かって武器を構え始めた。
「騒がしい連中だのぉ、それで何がしたいんだ」
「何スカしてやがるんだ。お前は本当に俺達の獲物を奪ったのか?」
「はぁ? 儂が、いや俺が倒したんだから俺の物だろうが、戦闘も仕掛けていなかったくせによくそんな事を言えるな」
(こいつらは何者なんだ。儂が一人で倒したのを理解しているはずなのに何で文句を言う事が出来るんじゃ、どう見てもただの人間じゃが何か秘密でもあるのか)
「ふざけろよ、俺達は有利になる場所まで後を付けていたんだ。それなのに勝手な真似をしやがって」
(えっ十人もの人数がいてあんな魔獣に攻撃を仕掛けられなかったのに、何故儂に文句を言えるんじゃ、もしかして儂の正体を見抜いて、その対策はあるとでも……)
「てめぇ何ボーっとしてるんだよ、殺されたくなかったら獲物を返せ」
リシオを囲みながらじりじりと距離を詰めてくるので、かつての力がないリシオには魔人対策をされていたら勝てる見込みが少なく、このまま消滅されてしまうかも知れないと思い、少しだけ恐怖を感じている。
「こんな馬鹿な男は殺しちゃおうぜ」
「男だと、ちょっと待てお前ら儂を何だと持っているんだ」
「知るかよこの近くの馬鹿な冒険者だろ、お前みたいな奴ばかりだったらここら辺の冒険者は大したこと……」
言葉の途中ではあったがその男の頭がいきなり破裂した。何が起こったのか理解が出来ない男達はただ血を流している男を見る事しか出来ない。
「やはりお主らは何も分かっとらんな、てっきり変な風に考えてしまったわい。それによそ者だったらどうでもいいかの」
「ちょっと待て、お前ぐわっ」
「あっな……」
「止めてく……」
少しでも恐怖を感じてしまったリシオは恥ずかしさを隠すためにその男達の身体を常人では見えない【空気の刃】を飛ばしてバラバラにして殺してしまった。
「こんな奴らにビビるとは儂もどうかしているの、それもこれも魔力が戻らんからだ」
ブツブツと文句を言っているリシオであったが、地面に手を付くと周囲から数あまたの魔虫が湧き出て死体の破片や血をすすり、あっと言う間に何も無かったような状況に戻していった。
リシオはそれを眺めながら地面に腰を下ろしてもうすぐ此処の来るであろう少年を待っている。
◇
「お師匠様~何処にいますか~ちょっと声ぐらい出して下さいよ~」
リシオにとっては一番聞きなれた人間の声が薄っすらと聞こえてくるが、わざと発見しやすいように魔力を放出しているのに、真っすぐに此処にこれない声の持ち主にイライラし、もう此処から離れようと思って立ち上がった。
山道を下ってから数分過ぎてからようやく声の持ち主がリシオの姿を発見し駆け寄ってきた。
「動かないって約束したじゃないですか、どうりで見つける事が出来ない訳だ」
「お前が遅いから帰ろうとしたんじゃ、儂は魔力も気配も隠していないんだぞ、今回のテストも不合格じゃ、お前はまだまだ冒険者にはさせん」
リシオのその言葉に息を切らしながら現れた少年はこの世の終わりかと思う程に絶望的な表情を浮かべた。
「もういいじゃないですか、僕は登録出来る年齢になってから半年も待たされているんですよ、街の仲間はどんどん冒険者になっているのに……」
「そんなお主の仲間には死んでしまった者がもういるじゃないか、いいか儂のやり方が気に食わないのであれば出て行くがいい。それなら儂もこの街から姿を消すからの」
「師匠、冗談に決まっているじゃないですか、何年の僕の師匠をしているんですからそれぐらいは理解して下さいよ……あれっこの辺りに血の匂いがしませんか」
まさか気づかれると思っていなかったリシオは感心してしまうが、出来る事ならばリシオが殺したのだと知られたくないので、誤魔化すしかない」
「先程にな、冒険者の死体をまさぐっているグラスベアを仕留めたんじゃ、その後でこの辺りを魔法で綺麗にしたんじゃ、全く可哀そうな冒険者じゃな」
「そうでしたか……」
言葉ではそう言ってきたのでリシオは騙されていると思っているが。少年はそれが事実とは少し違うのでは無いだろうかと思っている。
ただそれでもリシオが殺したとは少しも思っていないので、どうしてリシオが隠たのか疑問がが浮かんでくるが、いくら尋ねても一度言い出した言葉は変えないだろうとも思っている。
その少年はアドリアーノと言い、リシオが助けた身寄りにない少年で、あの日からもう十年の歳月が流れていた。




