第六話 狩りの結果
「今日の狩りは上出来だな、その感覚を決して忘れるなよ」
「はいっお父様」
つい口に出した気色の悪い言い方はさておき、目の前には父親が腕を振るって作った、鹿鍋が置かれている。
嬉しいのだろう、なにせ私(僕)がこんな大物を仕留めたのは初めての事だからな、近所に自慢して配るのは良いけど街にこの獲物を売っても良かったのではないだろうか。
この村で獲物を分け与えると代わりに何かを貰えるのは良い事だけど、お金も大事だと言う事をこの父親にはもっと理解して欲しい。
ただその事は今は言える訳がない。何故なら本当に嬉しそうな顔をしているこの世界の父親が目の前にいるからだ。この私よりも記憶にある年齢より遥かに年下なのだが、徐々に違和感が薄れてきているのはフレイクの記憶を受け入れているせいなのだろう。
父親は珍しく多くの酒を飲んだので早めに眠ってしまったので、私(僕)はあの感覚をものにする為に時間を使おうと思う。
少しだけ怖いが村の近くを流れる川の岸で昼間の事を思い出しながら試してみる。この世界にも月があり、水面に月の明かりが降り注いでいるので、この辺りは夜とは思えない位に周囲が見渡せている。
前にあの声の持ち主は勇者や魔王の魔法は使えないと言っていたはずだが、あの時使ったのは勇者の時に使用していた魔法だ。何故か昼間の私は疑問も抱かずあの魔法を使用し使える事が出来たので他にも使えるのか試したくなった。
◇
数日間、夜は家を抜けだし一人で魔法の練習を続けると、勇者や魔王が使っていた魔法を頭に思い浮かべる事が出来るが、それが形になる事は無かった。
ただ矢に付与する風魔法だけは上手く扱う事が出来る。それはこの身体が狩人向きだからなのだからなのか。
『凄いな君は、ずっと見ていたけど風魔法の付与はかなり自分のものにしたじゃないか』
だから驚かすなって、またいきなり声をかけてきたな、ついでに質問したいんだけどさ、何故か他の魔法は使えないんだよな、イメージは出来ているんだけど。
『そもそもが例外だからね、まぁその身体がもっと成長したらもしかしたら使えるようになるかもよ、ただね、彼等みたいな魔力を持つ事は期待しない方がいいけど』
そうか……まぁいいや、朝が来る前にもう少し練習したいんだ。話はまた今度でいいかな。
『だったらリプレイを使えば良いじゃないか、あれは僕がプレゼントした魔法だから魔力の消費はほとんどしないんだよ』
巻き戻しね、あのさ、他の人達の時間は無かったことになるけど、私の時間は流れているんだろ。それなのに多用したら何時か後悔する日がくるんじゃないか。
『ふ~ん、良くそこに気が付いたね、君はそんなに注意力がある男だっけ?」
そんな事は少し考えれば分かるだろ、俺にはその記憶が残っているんだからな。あのな、わざと言わなかったのか? いつだかこれに気が付いた私が後悔する姿が見たかったのか?
『ごめんよ、ただ最初に言うのを忘れていただけだよ。君があんまりにも使うようだったら教えるつもりだったけど……君は思ったより優秀じゃないか、それなのに何でそれを今迄は活かせなかったのかな」
私は要領が悪いというか頭が固いというか、どうしてなんだろ……。
『おいおいただの冗談なんだから暗くならないでくれよ、もう新たな人生を歩いているんだからいいじゃないか、この世界では君の言う輝ける未来が待っているんだぞ』
この世界か……。
◇
「……起きるんだ。今日はあれを街に売りにいくんだろ」
んっ何で私(僕)は家で寝ているんだ。また何かされたのか……。
「すみません。直ぐに支度をします」
「そうしてくれ、もうあれは馬車に積んであるからな」
今日は大変な一日になりそうだ。この人はたまに獲物を売りに行って金に換えるのは良いんだけどいつも安値で満足しているからな、いい加減にそれが嫌になったから今日は私が交渉させて貰う事にしたんだ。
いい顔はしなかったけど、これから売りに行く魔獣は昨日私が一人で仕留めた魔獣だから渋々首を縦に振ってくれたのは助かった。
「いいかフレイク、こいつはな金貨一枚で買ってもらえるからな、それ以下では売っては駄目だぞ」
「分かりました。ちゃんと交渉致します」
これだから駄目なんだ。あの街の相場だとその倍以上で取引されているじゃないか。確かにお金の他に生活物資を貰えているけどそれだけじゃ駄目なんだよ。
交渉は全て母親がやっていたからな、近くにいて何でそれが分からないのか不思議だよ。
◇
街に入るとお父様を見つけた商人が直ぐに声を掛けてきたが、私は丁寧に断った。
これだけでいいカモにされているのが分かるが、今日からはそうはいかせない。
そもそも他の狩人より丁寧に処理しているんだから安く買わせてたまるか。
「フレイク、何で断ったんだよ、買いたいって言っているんだからあいつで良いじゃないか」
「駄目です、言いましたよね、今日の売り先は決まっているんですよ」
私は今日の目的であるこの街で一番の食堂に向かって馬車を走らせていく。
さて久しぶりにサラリーマン時代の事を思い出さないとな。