その三 勇者リシオ
今日もニクルの街は平和で終わるはずだった。つい先日まで隣国と争っていたがようやく休戦になったので誰もが平和を楽しんでいる。
カンカンカンカンカンカンカン。
「ちょっと来てくださいっ、何かが向かって来てます」
見張り台の上からだと砂煙ではっきりとは見えないが、何かがこの街に迫ってきて、それが危険であると兵士の勘が告げている。
それに戦争は終結したとはいえこの街を守る兵士の全ては戻って来ていないし、この街の自警団の連中も半分程しか戻って来ていない。
「何かって何なんだ。正確な事は分からんのか」
「砂煙で良く見えません。ただあの速度は魔獣では無いかと思います。出来れば早く城門を閉じてください」
見張り台の兵士が下にいる上官に訴えるが、その上官が手にしているのは剣ではなく酒瓶を持っている。
「危険な魔獣がこの辺にいるかよ、いいか、この街に入りたがっている商人が列を作っているんだ。そんないい加減な情報で締めだせる訳ないだろ」
「うわぁぁぁぁぁぁぁぁぁぁ」
「助けてくれ~」
「盗賊が攻めてきたぞ~」
「何が起こっているんだ」
街に入る為に並んでいた商人達を襲ったのは魔狼に乗った盗賊なのだが、彼等のその顔は表情が全くなく、作業のように襲っている。
「街に入れるな~」
「そいつらを引きずり下ろすんだ」
◇
ニクルの街から聞こえる悲痛な叫び声と、必死に鼓舞しながら戦っている音が風に乗って微かに聞こえてくるのを心地よい音楽のように感じている魔王リシオは、ゆっくりと城門向かって歩いて行く。
(人間は弱くなってしまったのかの、魔狼も傀儡も一体もやられていないでは無いか。もっと抵抗してくれた方が面白いんじゃがの)
(いかんな、あまりにも弱すぎると儂の出番が無くなってしまうぞ、急がんといかんな)
魔王リシオはのんびりと歩く事を止め全力で走り出した。
城門を潜り抜けるとおびただしい程の瀕死の者達がそこら中に倒れている。
(さて、こ奴らを直してやるかの、絶対に儂の身体には魔法が触れないように注意せんとな、自分魔法で消滅してしまったら目も当てられんからの……まさか人間を救う日が来るとは思わんかったわい)
「はぁ、万物の…………傷付いた者達を癒しの光で包むのじゃ」
魔王リシオが掲げた剣の先から光が現れ、倒れている者達を次々と癒していく。
(くぅ~そろそろ止めんと内側から崩壊しそうじゃ、おいっ五人程戻って来い)
「何だ、私は助かったのか」
「痛くない、痛くないぞ~」
「もしかして貴方様が助けて下さったのですか」
魔王リシオの【ヒール】の魔法で助かった人達が涙を流しながらリシオに近寄って行く。
次々と感謝の言葉を声に出し始めた時に、リシオが呼びよせた魔狼に乗った傀儡が姿を見せた。
(いいぞ、いいタイミングじゃないか、いいか襲ううんじゃないぞ、ただ此処から逃がさない様に囲むんじゃ)
魔王リシオは両手を上に伸ばし、恐怖に引き攣った人達に辻元の記憶から引っ張り出した笑顔を作りながら優しい声で話し掛けた。
「皆さんは儂、いや、私が必ず守るからどうか安心してくれ、結界を張ったので奴らは近寄ってこれないから、決して動かないように」
結界など張ってはいないが、ただ囲むように回らしているのを怪しまれないように言っただけだ。
それに何の意味があるのか分からないが両手を左右に廻し、ゆっくりと剣先を魔狼達に向ける。
(これで良いんじゃろうな、人間ってのは一々こんな事をしないと魔法が使えんのか)
魔王リシオは辻本の記憶に仲にあった特撮もののヒーローを演じているが、それが偽物だとは気が付いていない。
「雷の精霊よ、どうか私に力を貸してくれ、敵に怒りの鉄槌を」
一度剣を掲げ振り下ろすと雷の矢が傀儡に突き刺さり、魔狼は当たる寸前に元の場所に転移させた。
死体は傀儡だけになってしまうが、魔狼は死ぬと消えるのだと勘違いする事を願うしかない。
「凄い」
「有難うございます。勇者様」
「まさか助かるとは」
(いい感じに儂に感謝をしているが、まだこれで終わりではないんじゃ、まだ他でもやらんとな、さて次に行くとするかの)
「いいですか皆さん、この街にはまだ怪我人が沢山います。どうか協力して助けてあげて下さい。私はこの盗賊達を全て倒してみせます」
「勇者様、どうかこの私の馬をお使い下さい、そしてこの街を救ってください」
「有難う、必ず盗賊達に貴方達に変わって正義を教えてあげますよ」
体中が痒くなってきたような魔王リシオではあったが、さっそうと馬に乗り街の中に入っていた。
(単純な連中だな、こやつらを支配するのは簡単かもしれんな。辻本に身体を奪われた時は腸が煮えくりかえったが、そのおかげで人間の記憶が手に入ったんだ、良かったのかも知れんの)
魔王リシオは全ての傀儡達が何をしているのか頭の中で理解しているが、誤って子供を殺そうとした傀儡はその命をこの場所から奪った。
(馬鹿な奴め、傀儡になってもそれぐらいの事が出来んとはの、人間は子供が死ぬと予想外の力を生み出すから厄介なんじゃ、あ奴が儂の身体を使って全てを滅ぼしたのもそれが原因じゃからな)
倒れていて、助かりそうな怪我人を癒しながら魔王リシオは商業地区から、この街の権力者が集まる中央地区へ馬を走らせた。
(さて、中央地区の連中は皆殺しでいいかの)
傀儡達が人間を殺している様子を頭の中の映像を見てリシオは思わず笑い出しそうになった。




