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この作品には 〔残酷描写〕が含まれています。
苦手な方はご注意ください。

勇者とは化け物なのか

作者: A

 突如開いた異世界との扉。

 そこから続々と現れる魔物たちに、人間という種族はすり潰されるように衰退していった。


 そして、さらに不幸だったのは、その魔物を束ねる存在にも知性があったことだろう。

 残忍で、嗜虐心に溢れた目を覆うような穢れた知性が。


 串刺しにされ、この世全てを呪ったような表情のまま死に絶える者。

 四肢を刻まれ、殺してくれと叫びながら引きずり回される者。

 家畜のように飼われ、糞尿に塗れて生活する者。

 

 反抗すれば、さらなる絶望を見せられ、やがて人々は希望を失い、ただ息をするだけの存在となり果てる。



 明日をも見えぬ暗黒の時代。

 しかし、そんな日々が続いていたある日、後の世で勇者と呼ばれる存在が現れたのだった。


  









◆◆◆◆◆









「総員、突撃っ!」


 

 威厳に溢れた野太い声に、雄々しい複数の声が続く。

 それは、まるで地響きのようで、上位の存在にただ従うだけの知性無き魔物たちにすら怯えという感情を与えているようだった。






「………………勝ちましたな」


「そうだね」



 先ほどまでのとはまた違う、低く落ち着いた声にそう応えると隣に立つ大男が兜を外し汗を拭っているのが横目に見えた。



「しかし……さすがは、勇者殿といったところでしょうか」

 


 視線の先では、彼らが逆立ちしても勝てないような魔物たちの上位種がこちらに背を向けた状態で真っ二つになっている。

 その微かに震えた声には、怯えが垣間見えるようだった。

 

 きっと、歴戦の戦士である彼も、人の形をした化け物に対してさすがに思うところがあるのだろう。



「怖いかい?」


「………………ふっ。本音を言えば、そうですな。奴らから逃げる我々と、貴方から逃げる奴ら。生き物として違い過ぎるほどの格に、根源的な恐怖を感じます」


「ははっ、正直者だね」


「取り繕っても、仕方のないことですので」


 

 観念したように竦められる肩に、救われる様な気持ちさえある。

 ここまでの道中で何となくわかってきたが、この見上げるような大男は意外にお茶目なようだった。



「大丈夫。僕は、君達に力を向けない」


「……わかっていますとも。貴方は、勇者。恐怖以上に、感謝しておりますので」


「そっか。なら、これからも頑張らないとね」


「はい、そうして頂けると助かります。では、私はそろそろ」


「うん。後はよろしくね」


「はっ!」

 

 

 去っていく大きな背中に手を振った後、ふと後ろを振り返ると、そこには夥しい数の魔物と人のむくろが横たわっているのが見える。

 


「……………………勇者ってのは、孤独なんだなぁ」 



 自嘲するような独り言。

 血の臭いの混じった生暖かい風が、まるで慰めるように頬を撫でているようだった。










◆◆◆◆◆








 会社からの帰り道。

 何故か気づくと、この世界に突っ立っていた。


 自分がよく読んでいたファンタジー物にありがちな女神様もおらず、天の声が聞こえるわけでもない。


 チュートリアルなんてものは望むべくもなく、むしろただただ焦げた大地が広がっているだけだった。



「………………あれ?どこだろう、ここ?」



 思い返してみると、あの時は何も知らなかったはずなのに、どうしてか焦りはなかった。

 いや、むしろ何でもできるような気がして、不安なんてものを感じることさえなかった。


 もしかしたら、この体に宿った強大な力に、無意識に気づいていたからなのかもしれない。


 

「……とりあえず、人のいそうなとこに行くか」



 そして、当然の帰結か、僕は人のいる集落を探し始めた。

 とりあえず、話を聞こうとそんな軽い気持ちで。






 しかし、それはすぐに戸惑いに、そして、悲しみや恐怖や怒り、そんないろいろな感情が混ざり合った複雑なものに姿を変えていった。

 まるで、ぼろ雑巾のような姿で道に放置され、苦悶の表情を浮かべて事切れている小さな女の子を見つけたその時から。



 








◆◆◆◆◆










 初めて魔物と邂逅した日、散らばった肉片に群がっているそのおぞましい姿に吐いた。

 でも、幸運だったのは僕の力が明らかに常軌を逸したものになっていたことだろう。


 地面を抉りながら進んできたはずの鞭のような触手は、まるで撫でられただけのような強さにしか感じず、少しだけ意識を向ければまるで止まっているようにさえ見えた。


 触れるだけで弱い魔物は弾け飛び、上位種と呼ばれる強い魔物でさえちょっとだけ力を入れれば簡単に倒すことできる。


 どうやら、僕はいつの間にか化け物の仲間入りをしてしまったようだった。


 

 当然、最初に会った人々は恐怖を宿した目で僕を見てきたし、やがて自分たちに害がないことがわかっても、その恐怖は拭いきれていないみたいで、今でも対等に喋れる人など全くいない。


 誰に話しかけてもよそよそしく、戦場以外ではほとんど会話することさえない。

 物語の英雄みたいにチヤホヤされることを仄かに期待していた僕は、強大な力が孤独を生むことをこの世界で思い知らされたのだ。


 

「………………それでも、あんな光景をずっと見せられるよりはいいよね」



 出来の悪いスプラッター映画のような悲惨な光景をもう見せられたくはない。

 誰かのためじゃなく、自分のために僕は戦っている。



「…………最後にめでたしめでたしとは、いかないんだろうけど」 



 今の恐怖の向かう先は魔物たちだ。

 ならば、それがもしなくなったとしたらどこへそれは向かうのだろうかと最近ずっと考えていた。



「ははっ。死んだ英雄だけがいい英雄だってね」

   

 

 自虐のような言葉に誰かがツッコんでくれることはない。

 愛想笑いでごまかしてくれることもない。

 

 山のように積み重なったガラス玉のような冷たい瞳だけがただただこちらを見つめ続けていた。









◆◆◆◆◆


 






 

 放たれた漆黒の杭に真正面からぶつかると、硬質な何かが砕けるような音とともに辺り一面に破片が飛び散る。


 怯えたような瞳は、しかしそれでも生を諦めてはいないようで、開かれた口から圧縮された空気が飛び出し地面に叩きつけられた。



「さすがに、やるね。負ける気はこれっぽっちもしないけど」



 ここに来るまでに悉くをむくろに変えてきた。

 以前はどこにいっても見かけていた魔物たちは今では逆に見かけるのが珍しいほどだ。


 

「…………たぶん、君が最後になるんだよね」



 下位の魔物たちは上位種と呼ばれる魔物の近くに集まる。

 そして、異常なほどに集まったこの周辺の主が、恐らく唯一残った存在なのだろうと僕たちは結論付けていた。



「個人的な恨みはないけど、それでも見逃すわけにはいかないんだ」



 遮るように集まる魔物たちを肉片に変えながら突き進む。

 太陽のような火球、空気さえも凍らせる氷結、地面を穿つ雷撃。


 その全てに、痛みはない。



「…………………………僕は、弱いからさ」



 踏み抜いた足が地割れを生み、雪崩のように魔物が吸い込まれていく。



 周りには黙っていたけれど、悲惨な光景がフラッシュバックしては、毎日悪夢でうなされていた。

 散々弄ばれ、おもちゃにされた人の体を見ては、吐いた。


 食事は喉を通らなくて、それでも強靭な体は、周囲から力を吸収しているのか何の問題なく動き続けられる。

 

 幸運なのか、不幸なのか、どちらなのかはわからないけれど。



「…………勇者なんて、そんな大層な存在じゃないんだよ」



 振りかぶった腕の先では、恐怖に固まった上位種。

 優越感はない、達成感もない。ただ、早く楽になりたいという感情だけが渦巻いていた。


 見て見ぬふりをして逃げてしまいたいと思ったこともある。

 でもダメだった。

 きっと、そうすれば後悔でもっとひどいことになると簡単に分かってしまったから。



「…………ただ、力があっただけの弱虫。それが、僕だ」



 首のあたりが爆発したようにはじけ飛ぶと、やがて巨大な体が地響きを立てながら崩れ落ちる。

 


「もしかしたら、次にそうなるのは僕かもしれないけどね」


 

 遠くから聞こえる歓声に、逆に感じてしまう孤独感。


 そして、腐った果実のように地面に落ちてきた頭部と、その残った瞳に映る自分の姿に、僕も化け物なのだと不思議な実感があった。
















ふと気づいたら書いていたものになります。

謎です(笑)



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