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呆然とリョークは彼らが消えた場所を見つめる。
帰ってしまった。
しかし、すぐにそこに光の渦ができ、目の前に四角く切り取られた映像が広がる。
「あら、テレビみたい」
聖女が呟く。その映像に映るのはたった今異世界・・彼らの世界に帰ったAzumashiの姿。彼らの歌を多くの人々が熱狂とともに聞いている。
熱い歓声が耳を刺激して、まるでそこにいるような臨場感に包まれる。
そのうち、隼人がこちらに気が付いた。目配せで周りのメンバーに声をかけると、5人は一塊になって、こちらへと手を挙げて笑った。
「滞りなく戻りました!!!」
という報告が歓声とともに伝わってくる。
こちらに手を振る5人を認めると、すぐに四角い映像はぶつりと途絶える。
「・・ちゃんと戻れましたね」
つぶやきを拾った聖女が、ええ、と笑う。
彼らは彼らのいた場所に帰った。
「さて、リョーク殿」
王太子の声にリョークは顔を上げる。すっかりとその存在を忘れていた、やんごとなき方々は、別室に移動していてこの場には王太子と聖女、そしてリョークしか残っていなかった。
「あなたはオリーイ様に緑の声というギフトを授けられた、この国の民だ。その力をぜひ、この国にために使ってほしい」
王太子のまっすぐな視線にリョークは膝をついた。
きっと自分はそうなんだろう。この国を緑の声で癒すものなのだろう。
しかし、頑是ない幼子のころから成人するまでリョークを育てくれた人々は隣国にいる。檜ノ山国が母国だと聞いてもどこか他人事だった。
「もちろん、あなたの大切な者が隣国にあることわかっている。こちらも無理を強いることはない。ギフトを賜ったものに無理を課せばその力はオリーイ様に返されてしまうから」
王太子の言葉に聖女が頷く。
「王族も、この国の中枢を担うものすべてがそのことを知っています。あなたが嫌がるのなら無理を強いることはできません。私たちができるのはお願いだけ」
王太子が膝を付き、リョークと目の高さを合わせると、リョークの両の手を取った。リョークの体中にブワリと緊張の汗が噴き出す。
「緑の声を持つ吟遊詩人殿。ぜひ、この国のためにその歌声を国中に響かせてください」
このままだとこの国の民は食料不足に陥る。
この国の農作物の収穫量が落ち、食糧不足に陥ってしまえば民の目はどこへ行く?
山を一つ越えただけで、豊かな農地が広がる渡ノ島国に目が向くだろう。
そのことにリョークは気が付く。
もし、
この国の力を持った誰かが渡ノ島国の豊かな農地を奪い取ろうと画策したならば。
リョークはぞっとする。
「そんなことには絶対にさせない」
リョークの考えを見透かしたように王太子が強く言い切る。
「しかし、民の流出は避けられない。民の流出はこの国にも、隣国にも混乱をもたらす。山一つ越えただけの渡ノ島国だが、その気候も人々の考え方も・・価値観も違う」
そしてそれは諍いを生むだろう。そうして生まれた負の感情は不満に形を変えて争いの元になる。
「すぐに決断しなくてもいいのです」
聖女がリョークに微笑みかける。
「私たちのことを知ってください。それから決めてくださっても大丈夫」
だから、まずはご飯にしましょう?
聖女の言葉に、リョークのお腹が、ぐう、と鳴った。