表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
6/10

6

運命と出会った中須賀歌。


斎藤が、鳥を飛ばしてリョークたちの到着を知らせたのはコンゴウジという商人だった。宿と食事の手配を頼んでくれたらしい。


中須賀歌に着くと、人込みの中からこちらに呼び掛ける声が聞こえた。

人込みをかき分けてこちらに向かうその人物にリョークは息が止まった。


びっくりするほど鮮やかな青い髪。

その髪色に感じた親近感と懐かしさに涙が出そうだった。


「斎藤のおじさまから鳥が来てたの!」

そういった彼女は、イチカナ・コンゴウジと名乗った。

姓が違う。

リョークが困惑していると、彼女は宿とお食事の店に案内するわ!と言って背を向けていきなり駆け出した。

その背中を呆然と見送る。

おいていかれてしまった。


彼女は、少し無鉄砲で、少しおっちょこちょいで。それが、ほんの数時間しか一緒にいなかった師匠となぜかダブってリョークは泣きそうだった。

「なんか迂闊なお嬢ちゃんだね」

御者のおじさんの声にハッとする。

「あの子とはぐれたね」

尚文の言葉に隼人がため息を吐く。

「斎藤さんが連絡をしてくれた意味がない」

「迷子ははぐれたところで待つのがセオリーだよな」

浩平が疲れたような顔をして道端に座り込んだ。透は珍しそうに街並みを眺めている。

彼女を探しに行こうとしたリョークを優陽が止める。

「ダメだよ。リョークくんもはぐれちゃうから。少し待ってよ。すぐに戻ってくるから」

優陽の言葉通り、真っ赤な顔をした彼女がすぐに戻ってきた。


彼女は、師匠の血縁者だ。

直感ですぐに分かった。


竪琴をとても気にしている彼女は宿屋に向う道すがら、尋問のような質問をリョークに向ける。

「ねえ、あなた吟遊詩人なの?」

「ええ、あの、一応、あの、」

「その竪琴、素敵ね。でも手入れをしていないように見えるわ」

「ええっと、そう、ですね、あの」

「なぜあなたは彼らと一緒にいるの?この国の言葉とは少しイントネーションが違う感じがするけど」

「ええと、僕は隣の国から来て、」

「隣の国?どうして隣の国の人が異世界人を連れて歩いているの?」

「あの、その成り行きで・・あの、コンゴウジさん」

師匠の話や、事の成り行きを説明しようとしても彼女の矢継ぎ早の質問に答えることで精いっぱいで話すことができない。そうこうしているうちに宿屋についてしまった。


そして宿屋の前で彼女は爆発した。

「ねえ、その竪琴はおじいちゃんの・・ううん、吟遊詩人、ユズーシテオ・アオサカンダのものではない?」

ようやく師匠の話ができる!そう意気込んだのも一瞬。

「おじいちゃんが竪琴を人に譲るなんて考えられない!しかも長いこと家に帰ってきていないし・・!あなたもしかしておじいちゃんを・・・!」

「いや、ちがくてですね」

犯罪者を見るような目にひるんだリョークに、イチカナは叫ぶ。

「人殺し!おじいちゃんをどこに埋めたの!」

彼女はリョークを犯罪者と決めつけていた。よりにもよって、師匠を殺した犯人だと、師匠の孫に疑われたのだ。

人がイチカナの叫びにつられて集まってくる。

否定しようと思えば思うほど、焦って言葉が出てこない。どうしよう、どうしよう、どうしよう・・・!


頭が真っ白になった時、優陽がなにかの楽器を模写して歌い始めた。

「ダメだ・・優陽・・。〇サスのテーマじゃリョークくんが犯人になっちゃう・・」

隼人が苦笑する。

人の視線が優陽に移る。その様子に、浩平が同じような音を口から出して和音を重ねた。さらに透が低音でリズムを歌う。

おお、と周りの人たちが湧く。

尚文と隼人も途中から・・サビ、と呼ばれる部分だろう、コーラスで音楽を彩る。素晴らしい、音楽が響く。

最後の歌を歌い終えると、人々の大喝采が響いた。優陽が被っていた帽子を足元に置くと、たくさんの硬貨がその中に落とされた。金貨まで見える。


犯罪者扱いは、優陽のとっさの演奏でうやむやになったが、彼女に疑われたのはきつかった。


「こんなので、ごまかされないんだから・・!」

イチカナは悔し気に顔をゆがませて走り去った。


宿の前は収拾がつかない騒ぎになっていて、吟遊詩人に向けてリクエストが飛び交う。しかし、どれもこれもリョークには歌えない。仕方がないので、道々練習していた異世界の歌を歌って、今晩の宿の宿代も稼ぎ切る。


宿屋に入るとすでに部屋はおさえてあった。コンゴウジさんの取ってくれた宿はリョークからすれば超高級宿だ。

空調も快適な部屋の、ふわふわのベッドに腰かけると深いため息が漏れ出た。

透は「風呂行ってくる-」とタオルだけを肩に引っかけて部屋を出ていき、優陽のブンツクが聞こえ始め、隼人がリョークの隣のベットに寝転び船を漕いでいる。


リョークの肩をにこやかに・・どこか揶揄うような表情で叩いたのは尚文だった。

「ずいぶん猪突猛進なお嬢さんだったねぇ。あの子が言ってたのが、君のお師匠さん?」

聞いていないようで尚文はリョークとイチカナの話を聞いていたらしい。

「はい・・お師匠様がこの国の出身だと今日知りました」

沈む気持ちが吐息に混ざる。

「お身内の方にあらぬ疑いをかけられるのはきついですね・・」

「まあ、イチカナちゃん可愛かったしねぇ。あの子に疑われるのはリョークくんはちょっと切ないよねぇ」

思いがけない言葉に尚文を見ると、にやにやが深まった表情。

揶揄われてる。

リョークは顔に熱が集まるのを感じた。

赤くなったリョークに尚文はさらにリョークの脇腹を肘で突く。

「なになに、恋バナ?」

船を漕いでいたはずの隼人までが起きだして話に参加する。にやにやと笑う顔はなぜか尚文と似通っていた。

「イチカナちゃん、勢い強くて怖かったけど可愛かったもんね。リョークくんとも年が近い感じだったし」

「いや、そういうのではなく」

赤くなる顔をごまかすように手を振り首を振ると、隼人は枕を抱えて仰向けに寝転んだ。

「いや、そういうので十分いいよ。てか、そういう感じにしてよ。おっさん(斎藤)の犯罪な年の差恋愛よりずっとこっちのほうがさわやかでいいよ」

斎藤さんとユリカネさんの様子を思い出していたらしい。リョークには斎藤のそれは恋愛というよりも、家族へ向ける親愛に感じたが、隼人はそう感じなかったらしい。

「しかしさ、イチカナちゃんは人の話を聞かないお嬢さんだったね。発端はその竪琴?」

知らぬうちに近くに来ていた浩平も話に加わる。なんだかんだ言って、彼もイチカナとリョークの話を聞いていたらしく、竪琴を視線で示す。


竪琴は吟遊詩人の命だ。竪琴はそれ自体が意志を持っている。自分を弾きこなす吟遊詩人を主とし、その意志に反することはしない。リョークはまだ竪琴の主にはなっていないが、彼(竪琴)の主である師匠が亡くなったこと、リョークを後継者として師匠が認めたことを知っているから、リョークの腕の中にある。


吟遊詩人は旅から旅へと渡り歩くことがほとんどだ。師匠は弟子と旅をして、知己の門番や庇護を受ける領主や王族に顔を繋ぐ。その旅の間中、受け継がれる歌や竪琴の旋律や、心の音楽を声に乗せる方法を弟子に教えるのだ。


たった一人で、弾けもしない竪琴を持って旅するリョークに疑いの目を向けるのは当然なのだ。


今まで誰にも何も言われなかったから忘れていたが、リョークは出来損ないの吟遊詩人だ。彼らと会わなければ歌うことすらできなかった。


「僕が今まで何の問題もなく関所を通れたのはきっと、あなた方のおかげなんです」


リョークは自嘲する。

異世界人の案内人だから、目こぼしをもらえた。

王族に伝手のあった師匠の竪琴を抱えた誰も知らない自分は本来ならすぐにでもつかまって、牢に繋がれていたかもしれない。


そういうと、優陽がぶんつくをやめて、誤解なら解けばいい、といった。

「君のいた町、お師匠さんが亡くなった街に問い合わせればすぐにわかることでしょう?」

「そう、ですね。きっと誤解はすぐに解けますね」

リョークは落ち込む気持ちのままに頷く。誤解を解く方法はある。でも。


イチカナに竪琴を返すべきだろうと思う。鳴らせない竪琴を後生大事に持って歩くよりも、師匠の縁故の人に竪琴を返す方が竪琴にとっても良いことだと思う。


自分のこの旅の目的は、師匠の縁故を探し出し、竪琴を返すことだった。竪琴を返すことは、吟遊詩人をやめること。

歌を失ったままならきっとすぐにでも返すことができた。


でも、もう歌うことはやめられない。


竪琴を返すことはしたくない。でも、弾けない竪琴を持っていることは、竪琴にとっても自分にとっても悲しく辛いことだった。

教えてくれる師はもういない。竪琴も、鳴らしてくれる誰かを待っている。


竪琴を、返すべきだと思う。竪琴は彼らと師匠を繋ぐ、遺品だ。


でも、竪琴を返して吟遊詩人をやめることはもう、リョークにはできなかった。


「ああ、いい風呂だったー」

風呂から帰ってきた透は、自分がキープしていたベットに近づくと、いきなりなんの躊躇もなく、ベットに飛び込んだ。

バフ、とすごい音がする。

「わお、今日のお布団もふわふわ・・!」

「おま・・!ベット見て飛び込むのやめろよ!」

尚文が透を窘める。


リョークはなんだか肩の力が抜けた。誤解なら、解けばいい。その通りだ。

竪琴が弾けないなら、誰か教えてくれる人を探そう。

竪琴にはもう少し鳴ることを我慢してもらわなくてはいけないけれど、時間はかかっても、竪琴の師となってくれる人を探すんだ。大丈夫。歌だって、歌えるようになった。だから、竪琴だっていつかは必ず弾けるようになる。


「ベットがふわふわなのは皆さんがどこの街でも稼いでくれるので宿のグレードが高いからですよ」

一人で旅していた時と違って、彼らが歌ってくれるおかげで路銀は6人で旅をするにも何ら不自由がないほど潤沢にある。一人なら気後れしてしまうであろうグレードの高い宿にも、彼らが臆する様子がないのでリョークも、なんの憂いもなく利用できる。

しかし、それも明日で終わりだ。

もう明日には王都へ着く。王都の関所で彼らのことを引き渡せばもうリョークの仕事は終わりだ。

「それもあと一日ですね。明日にの夕方には王城に着きます。多分、王城のベットは段違いですよ」

5人ともお別れになる。たくさんのものをくれた5人にリョークは何も返せてはいない。

彼らとは住む世界が違うのだ。このまま一緒にはいられない。でもできればもう少し一緒に居たいと甘えた心が顔をのぞかせる。


その甘えを蹴散らすような勢いで隼人がリョークの背中を叩いた。一瞬背中がのけぞるくらいの強さ。

「俺たちだけで稼いでいるわけではないだろう?リョークくんだって歌っているじゃないか」

「そうそう、おれらだけで歌うより、リョークくんが歌ったほうがお客さんの反応がいんだよね」

隼人の、透の言葉に自然と笑顔になる。

そうだ、自分も歌っていた。彼らの旋律の上で、気持ちよく声を響かせていた。


5人はこれまでの道のりを反芻し始める。

リョークが当たり前に日常で見かける、荷馬車や冒険者たち、魔法・・それらはすべて彼らに「異世界」ということを認識させるものだと彼らは語る。


「帰ったら、アンコールだなー。喉、調整しておかなきゃ」


誰かのつぶやきに、リョークはさみしさを感じた。


隼人が「腹減った」と呟いたタイミングで宿のメイドが客の来訪を告げた。

コンゴウジさんが来たらしい。


食堂へ行くと、イチカナとその同じテーブルに座る男性と老女が立ち上がって会釈した。

男性の目元は少しイチカナに似ている。


「先ほどは娘が失礼をしました」

男性が頭を下げる。彼はイチカナの父でコンゴウジと名乗った。

そして、隣に座る老女はイチカナの祖母・・ユズーシテオ・アオサカンダの妻、フタバルナ・アオサカンダと紹介された。

コンゴウジはアオサカンダ師匠の娘婿だという。


コンゴウジはリョークに、師匠から竪琴を譲られた経緯を話してほしいと願った。


話が深くなる前、Azumashi達はそわそわと顔を見合わせる。それに気が付いたコンゴウジはAzumashi達とは違うテーブルに移動することを提案した。確かにこの話はAzumashi達には関係がない。明日は王城へ向かわなければいけないし、きっと慣れない環境に、体に負担のかかる移動方法でかなり疲労が蓄積されているだろう。遅くとも明後日には元のいた世界に帰るのだ。できるだけ体を休ませた方がいい。


頭ではわかっていたが少し心細く感じた。


席が離れたAzumashi達は、名物というサウス牛のステーキを相変わらず、黙って静かに食べている。

リョークはアオサカンダ師匠の奥さんであるフタバルナに促されて師匠の最期を話した。

嘘だ、と糾弾されても仕方がない話だ。でも、疑われても市ノ渡の騎士団に問い合わせてもらえればすぐに誤解は解ける。


リョークがアオサカンダの弟子になったことはあの夜、酒場に来た客が証明してくれる。フィーヨルだっているのだ。

大丈夫、大丈夫。

リョークは自分に言い聞かせる。


話し終えるとフタバルナはにっこりと笑った。

「あの人らしいわ。ねえ、ヨウシントウさん。イチカナもそう思わない?それにリョークさんはあの人が気に入りそうだわ」

フタバルナの声にイチカナはふてくされたように頷く。

「・・おじいちゃんらしい。竪琴もリョークさんは大切に抱いてた」

「そうだね。おじいさんはイチカナ以外には竪琴は触らせなかった。それを竪琴も良く分かっていて、ほかの人が触れるのを嫌っていたものね」


「リョークくん」

優陽がお話し中すいません、と話に割って入った。

「僕たち先に部屋に帰ってるね。先に休んでるからゆっくりしておいで」

「・・はい。ありがとうございます」


尚文がにやにやとリョークの肩を二度叩いて通り過ぎる。隼人の心配そうな視線に大丈夫とうなずいた。

5人が食堂から出ていくと、イチカナがリョークを見ていることに気が付いた。


「ねえ、おじいちゃんはあなたに何を教えたの?」

リョークは師匠の言葉を思い出す。

「竜殺しの英雄譚と、喉を触らせてもらいました」

「それだけ?」

「ええ。僕はちょうど声変わりの時期で歌うことを禁止されました。本来なら歌えない間に竪琴を教えてもらう予定だったんですが」

その予定は予定のままに終わってしまった。

イチカナはため息を吐いてヨウシントウを見た。

「ねえ、お父さん。私がおじいちゃんの代わりに竪琴をこの人に教えていいと思う?私は吟遊詩人として鳴らなかったけど、おじいちゃんの孫だわ。たくさん歌を教えてもらった。それをこの人に引き継いではいけない?」

「・・いいね、イチカナ。そうしなさい」

そのまま、コンゴウジ家へ連れていかれた。


イチカナは吟遊詩人に鳴らないのが不思議なほど、人を引き込む歌声を持っていた。竪琴の扱いも巧みで、まずは調律の仕方を、そして弾き方を教えてもらった。


渇いた土に水がしみこむように竪琴の弾き方はすぐに身についた。


「やっぱり鳴った人はすごいわね」

リョークの音を聞いたイチカナはうらやましそうにつぶやく。リョークの歌を聞いても同じことを言った。


そういうイチカナの歌も綺麗だった。


イチカナの声は、一度だけ聞いた師匠の声になぜか重なる。声質も歌い方もまるで違うのに、師匠の歌声が聞こえる。

たくさんの師匠の歌をイチカナは教えてくれた。竜殺しの英雄譚、この国の女神オリーイ様に捧げる歌、多くの実りを寿ぐ歌、自分の良心に従う歌。


朝日が昇るまで、イチカナとリョークは夢中で歌を歌っていた。


フタバルナとイチカナの母の微笑ましそうな表情と、苦いものをかみつぶすようなヨウシントウの表情にリョークは居心地の悪さを感じて、同じように居心地の悪そうなイチカナと顔を合わせて、苦笑した。

イチカナと再会の約束をして宿に帰る。


宿ではすでに5人は起きていて、それぞれ朝の時間を過ごしていた。彼らの顔をみると、嬉しさが沸き上がり、イチカナとのことを話した。竪琴を扱えるようになったこと、イチカナに師匠の歌を教えてもらったこと。

誤解もすぐに解けたこと。


5人の笑顔は優しかった。嬉しくて、少し照れくさい。

「良かったね。誤解も解けたんだね」

はい、とリョークは嬉しい気持ちをそのまま載せて返事を返した。

評価をするにはログインしてください。
この作品をシェア
Twitter LINEで送る
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ