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国境に近い街、豊の川(ほうのかわ)で自分が責任を持って王城に5人を連れて行かなければいけないと聞いて焦った。


手持ちの旅費は残り少なく、この街で少し商売をしてからゆっくりと時間をかけて王都へ向かおうと考えていたのだ。


リョークがこの街に来たのは、師匠であるアオサカンダを知る人を探すためだ。檜ノ山国の王族と懇意にしていたアオサカンダ師匠を王都に行けば誰かが知っていると考えたから。


異世界人は5日以内・・早ければ早いほど良いらしい・・に王都へ連れて行かねばならない。

しかし、自分は手元不如意だ。


彼らは汗だくの服装のまま、何も持たずにこの国に来た。


持ってきたのは美しい歌声だけ。


それを彼らは申し訳なく思っているらしい。

リョークも路銀に余裕はない。彼らに付き添って5日以内に王都へ行くのは正直なところ厳しかった。

しかし、謝る彼らにリョークは笑って首を振る。

「お金やものよりもっと素晴らしいものをいただいておりますので」

心からの気持ちだった。


リョークは歌うことが怖かった。


その気持ちを彼らは払拭し、さらには歌うことの楽しさを教えてくれたのだ。

師匠の歌声を聞いたときの感動を思い出させてくれたのだ。


それは何にも変えられない大切なこと。


それはそれとして路銀はどうしようか。

解決策はあっけないほど簡単に見つかってしまった。



門番に教えてもらった酒場、オイワケドリに向かう。

その酒場の主人、ヨリコノは豊満な体が魅力的な女性だった。体も性格もすべてが太くおおらかだ。


これからかかる彼らとの旅の費用については王城からの報酬で何とかなるだろうが、とりあえず先立つものはない。


「吟遊詩人なら、今晩、歌で稼げばいいのよ」

この街の顔役のようなヨリコノは体と同じくおおらかに言い放つ。


その言葉に気持ちが落ちた。

歌えるようになったとはいえ、自分が師匠から授けられたのは「竜殺しの英雄譚」ただ一曲。しかもただ師匠の歌を聞いただけのまだまだ未完成のもの。

リョークはまだ吟遊詩人として立てない。

立てるわけがない。


できないとも言えず言い淀んだリョークを助けてくれたのはAzumashi達。


異世界からの客人(Azumashi達)が自らステージに上がるというのだ。

自分たちの旅費は自分で稼ぐと。

嬉しそうに楽しそうに彼らはステージへの準備を始める、が、それはヨリコノよって阻まれた。

「まずは宿に行って身ぎれいにしてきなさい」

と、ウインクもそえて。


ヨリコノに紹介されたのは、リョークがこれまでに入ったことすらない、貴族向け、と言われても納得するほどの宿だった。


身の丈に合わない宿に案内されて真っ青になるも、払えなければ王城に請求すればいいとのアドバイスもされ、リョークは流れに身を任せることにした。


舞台を借りた酒場の女主人ヨリコノさんは優しい人だった。

食事をふるまい、ステージも用意してくれる。

初めてのステージは師匠に見てもらいたい、と願いを重ねるとにっこりと笑って、最前列の席を師匠のためにキープしてくれた。


あの日。

師匠が飲んでいたのは水のようで香しいにおいのする強い酒精の米の酒。

「夜の歌は酒がなくては始まらん」

師匠の声を鮮やかに思い出してリョークは笑う。師匠を思い出して笑うのは初めてのことだった。


(ユズーシテオ・アオサカンダ師匠。僕の歌を聞いてください)


酒の入ったコップを、竪琴を置いた椅子の前に置く。


「リョークくん、もうそろそろお客さんが入るって!最後調整するから!」

優陽の声に、リョークは竪琴に一礼すると舞台へと上った。


初めて大勢の前で、リョークは歌声を響かせることができた。

竪琴を置いた席で師匠が酒を飲みながら、あの日のように高らかに笑っているように見えた。


心の奥底からせりあがる何かはすべて歌声に溶かした。


その日、リョークは歌うたいになった。


気風の良い女主人の店でリョークは吟遊詩人として初めて大勢の人の前で歌った。

聞き手の熱狂も、風魔法に声がのる感覚も、びりびりとした緊張もすべてが、すべてがリョークに染みこむ。リョークの歌に酔いしれる人々に隠しきれないほどの高揚感に包まれた。


ああ、歌は素晴らしい。


ステージが終わっても、高揚感はなかなか引かない。


いつもの10倍はグレードの高い宿のふわふわのベッドの寝心地は最高で、明日は早くに出なくてはいけないということもわかっているのになかなか寝付くことができなくて、何度も何度も、ステージを反芻した。


背筋に走る緊張は、この上ない快楽をリョークにもたらす。媚薬のようなそれはリョークをなかなか高みからおろしてはくれなかった。


次の日になってもリョークはステージの高揚感から降りてこられなかった。ぼーっとあの麻薬のような時間を反芻する。肌に残る熱量も、つま先まで響く歌声もすべてが忘れられない。


しかし、それも彼らが歌い始めると治まった。馬車酔いを訴えた透の歌にすぐさまほかの4人が反応して、歌を奏で始める。


うらやましい、とリョークは素直に思う。


うらやましさが思い切り顔に出ていたのだろう、それに気が付いた浩平が、彼らの世界の歌をリョークが歌えるように手直しをし、彼らの歌に参加できるようにしてくれた。その時の喜びはなんといえば言い表せるのだろう。


彼らの奏でる船の上、リョークは酔いしれるように歌う。

草木さえもリョークの喜びに同調してくれているように感じた。


「咲いているわね」


ヨリコノは広場の中心にそびえる古木を見上げる。


昨夜、店に入りきらない客を捌くため、街の広場にステージを移して、久しぶりの歌を楽しんだ。


店の売上も、広場での酒の売上も上々。さらに近所の酒屋も食堂も臨時の出店を出して結構な稼ぎになったとヨリコノに礼を言いに来ていた。


そこで驚くことを聞いたのだ。


街の中心の、すでに枯れて久しい古木に花が咲いていると。

その足で確認をしに来た。


間違いなく、古木に花が咲いていた。薄桃色の小さな可憐な花が満開に。


聖女が降り立ってこの国を襲った瘴気を払った時ですら、葉はつけても花は咲かなかったのに。


「異世界人のおこした奇跡なのかしらね」


さて、とヨリコノはにんまりと笑う。

今日は花見で、やっぱり忙しくなる。

「今日も稼ぐわよー」


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