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国境で止められるとびくびくしていたが、竪琴のおかげですんなりと通れた。門番は、リョークが持つ竪琴を見ただけで、頷いて門を通してくれた。
檜ノ山国はその名の通り、檜が多く自生している。しかし、森の木々の色がさえないように感じた。勢いがないような違和感。
このほかの国とは少し違っている。その筆頭は檜ノ山国にいる聖女の存在だろう。
檜ノ山国は「オリーイ」様と呼ばれる女神によって守護されている。この国が人の手には余る現象で危機に陥る時、オリーイ様の慈悲により聖女や、その危機を乗り越えるための神の手を持つ者が異世界より遣わされるという。
数年前にも聖女が遣わされたとのうわさがあり、檜ノ山国では「異世界の人」と出会った時の対処法が法律によって定められている、とこのから来た商人から聞いた。
国境を超える際にも門番からその説明を受けた。
もっとも重要なのは異世界人と出会ったなら、真っ先に聖女のいる王城へと向かうこと。
まあ、自分には関係のないことだ、とリョークは門番の注意事項を軽く聞いていた。
しかし、しばらく歩いて国境もだいぶ遠くなった時。
森の木々に止まる鳥たちが異変を察知したか、一斉に飛び立った。そして、ひどい耳鳴りと、目がくらむ光の渦。
そして、
「アンコールありがとー!!!」
謎の言葉とともに目前に現れた、人。
あまりにも突然の登場にリョークは混乱する。異世界人。その言葉が脳裏をかすめる。
彼らは5人いた。つないだ手を頭上に掲げ汗だくで。
声をかけると、5人は現状を把握しきれないのか呆然とあたりを見渡し、たくさんの疑問をその顔に張り付かせている。
声をかけると、こちらを向き、気まずげに繋いでいた手を離した。
優陽、と名乗るひとなつっこそうな笑顔を浮かべる男性から話をきく。
5人は「Azumashi」と名乗った。アカペラという声だけで音楽を奏でるグループだという。
「ライブ」というステージをしていて、「アンコール」に応じようと舞台に向かった時に光の渦に巻き込まれ、気が付いたら森の中にいた、という。
リョークも混乱しつつも自己紹介とこの国のことを話す。そして、5人と一緒にとりあえず近くの街に向かうことに決めた。
自分は隣国の人間、外国人だ。こちらの国の事情にも明るくない。それなら、こちらの国のより身元の定かな人に異世界の客人を任せた方が良いだろう、と判断したからだ。
「歌うたい」だという客人たちは少し変わっていた。
楽器を使わず声だけで音楽を奏でる5人の歌うたい。それぞれ個性の違う歌声を持ち、しかし、それを互いの声に溶かすことで美しい和声を響かせる。
彼らの口ずさむ歌を聴いているうちに心の底から湧き上がってくる何かに焦りが生まれた。
誰かが歌い始めると、優陽がリズムを追従させ、だれかが和声を重ねていつの間にか奏となる。
楽器など使っていないのに多彩な音が楽曲を彩っていく。
その上で踊るメロディ。
うらやましい。素直にそう感じた。
彼らの歌を聞かせてもらって、強く思った。
歌いたい。
師匠の歌を聞いたときの衝撃と似ていた。
水分補給のために休憩場所とした小川のほとりで意を決して歌を教えて欲しいと懇願すると彼らは一も二もなくうなずいてくれた。
勇気を振り絞り、リョークは彼らに自分の歌を聴いてもらう。何とも言えない沈黙の後、打開策をいくつも考えてくれた。一年の旅の中で固くなった表情筋を柔らかくするため、そして、固い喉の筋肉をほぐすための発声練習から始まり、音程を取るための練習にも付き合ってくれる。
絞まってしまった喉を開いて声を出すこと。
顔の凝り固まった筋肉を柔らかくすること。
簡単なことのようで意識しなければできないことだ。息を深く吸って深く出す、というのも無意識では難しい。彼らのアドバイスに従って声を出していけば、自然と背筋が伸びて、お腹に力が入った。
さらに彼らはリョークのために曲を作ってくれた。師匠の歌とは全然違う「竜殺しの英雄譚」は、しかし、リョークの中で師匠の声になぜか重なった。
5人はそれぞれ豊かな個性を持っていた。歌い方もばらばらだが声を重ねると調和がとれて、美しい和音になる。
「じゃあリョークくんは隣の国から来たんだ。おれらと同じ外国人だね」
人懐っこい笑顔を浮かべて話す尚文。癖のある甘い歌声は中低音の声質によく調和している。
「魔法とか聖女とかめっちゃファンタジー・・!すげーな。リョークくん、空とか飛べたりすんの?気の力で」
気遣いの細やかな隼人は、高音部のハーモニーを担当する。目立ちがちな高い声をメロディを消さないように繊細に歌い上げる。
「それってちがう少年漫画が入ってない?魔法となんとか破はちがうだろう」
硬質な声質を持つ浩平は声質と同じく固い印象の人。口数もそう多くないが、ここぞと時には芯のある発言をする。硬質だがのびやかな歌声は三声の底辺を支える。
「子どもの頃、あの波動砲がいつか打てると信じて練習してたな・・・」
遠い目をした透の言葉に尚文が盛大に笑う。
透はベースと彼らが言う低い音を担当する。ベースという名にふさわしく彼の重く低い声は、和音の底辺を支えて揺るがない。ベースというのは楽器の名前らしく、彼は弦を弾くような歌い方をする。歌うたいというよりも彼自身が楽器のようだ。
「わかる。練習するよね、小学生の頃とか」
優陽が口から発していたリズムを止めて頷く。彼は大抵口から人の声とは思えない音を出していた。喉と鼻と唇と口内を駆使して様々な音を出す。その原理はいくら説明されてもわからなかった。彼がヒューマンビートボックスと呼ぶその技法は真似してもできない。魔法と言われた方がまだ納得する。
彼らと会ってあんなに怖かった歌うことが楽しくなった。教えてもらった聞きなれない楽曲も、彼らと和声をそろえるのも、優陽のリズムに、透の低音に、身を委ねることもすべてが楽しく、気持ちが良い。
歩きながら優陽が奏でるリズムは不思議だ。どこから音がでているのだろういつもまじまじとその顔を見てしまう。口の中にもう一人住んでいて、その人が歌っているといわれても信じるだろう。歌を歌いながらリズムも刻めるなんてすごいとしか言いようがない。
竪琴くらいしか楽器の音は聞いたことがないが、彼らが言う、トランペットやバイオリンなど楽器を食べて、模写したのかと思うくらいに素晴らしい音が鳴る。
彼らの歌を聞きながら、リョークの中で何かが膨らんでいく。