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15歳になり、体も喉も落ち着いた。

どちらもまだ成長途中ではあるが、話している途中に声がかすれることもなくなった。

いまだ、身長は伸び続けていて時折関節の痛みで眠れないこともある。


成人にも達し、商人としての目利きも客あしらいも身についた。


店先では些細な言いがかりでごねていた客をどうにかこうにか宥めることができて、リョークはにこにこと微笑んだままその客を見送った。


フィーヨルがそれを見ていたらしい。リョークの側に来たフィーヨルは言った。


「もう、旅に出てもいい頃合いだな」


リョークはその声に重暗い気持ちとなる。


「・・・僕は歌えません。竪琴も弾けません」

「だが、君は鳴ってしまったから。もう、我慢もできないだろう?」


見透かされてリョークはうつむく。


「檜の山国に行きなさい。檜ノ山国はアオサカンダ殿が行こうとしていた国だ。なにかアオサカンダ殿の手がかりがあるかもしれない。私も少し調べてみたんだが、うちの商会は隣の国に伝手がなくてね。情報があまり得られなかった。普段は檜ノ山国で歌っていたアオサカンダ殿がこちらの国に来ていた理由もわからない。隣国に行けばきっとわかることもあるだろう」


リョークは怖くなる。隣国との距離は近いが一度小競り合いを起こした国だと聞いている。


隣国のことは学んだ。

言葉も似通っていてすぐに覚えることができた。


数年前、聖女の召喚に成功して、その存在を庇護しているということも知った。聖女召喚からたびたび異世界からの客人が来るため、そのための法が整備されていることも調べた。


旅立てる準備は整っている。でも、


「怖いかい?」


フィーヨルの言葉にうなずく。


体中であの日のユズーシテオの歌は響いている。

飛びたしたくてたまらないと体の中で渦巻いている。

しかし、未完成な喉で出すことをユズーシテオから禁止され、それは魔法のようにリョークを縛っていた。

歌おうと思っても歌声はリョークの喉を震わせない。


「そうだな、それなら旅立つ理由を作ってあげよう。君も知っている通り、この商会には隣国との伝手はない。だから、君は隣国とササガノ商会との伝手を構築してくれるかい?なに、足がかりだけ作ってくれればいい」


「・・僕には難しいです」

「大丈夫。さっきの客もうまくさばけたし、どこかの店に売り込んでくれればいいさ。もちろん給料も出すよ」

「でも」


「君はラータ・オオオノの息子だな。それなら、尻込みせずに行くんだ」

フィーヨルが厳しい声を出した。がらりと変わった雰囲気にリョークは彼を見る。

「もう、きみは成人した。ユズーシテオ・アオサカンダ殿と約束した2,3年という期間も過ぎた。君はもう行かなければならない」

リョークは頬の内側を噛む。自分の甘えた気持ちはわかっていた。

「・・はい・・、隣国へ向かわせていただきます」

フィーヨルはにこりと笑った。

「それでこそ、ラータの息子だ。ではその前に5日間の休暇を与える。・・家に帰っておいで」



歩いて二日の距離の実家に戻り、家族との時間を楽しんだ。

三番目の兄は都から帰ってこられなかったが、長兄も次兄も仕事の合間を縫ってリョークに会いに来てくれた。


両親にリョークが吟遊詩人に鳴ったことを驚いている様子はなかった。

「だってリョークの歌は素晴らしかったからね」

父の言葉に母が同意する。

「私が口ずさんだ歌をすぐに覚えて歌うのよ。すごくきれいな声で聞き惚れたわ」

「なんでもいい。やりたいことができるんだ。幸せなことだ」


家を旅立つとき、両親はリョークを見上げて笑った。

「体に気を付けて」

「旅は危険だから、気を緩めないようにな」

「風邪は万病の元だからね。風邪だからと言って油断しちゃだめよ。小さなケガも油断しないで」

商人になるため市の渡に向かうときと同じ言葉で心配されてリョークは少しくすぐったくなる。

背中の荷物の中には、父の細工物と母の作ったハンカチがいくつか入っている。


リョークは商人として生きていた。家族のものを売って暮らすために。その夢もあきらめたくはない。それに、リョークは歌うことができない吟遊詩人だ。歌を手に入れるまでは商人として旅をしたらいいというフィーヨルの助言に従った。街で仕入れて田舎で売る。その逆も。


一度、市ノ渡に戻るといくつかの商品をフィーヨルに託されて旅に出た。


まずは旅に慣れるために渡の島国(おのしまこく)の中を旅した。これはフィーヨルの助言だ。似ているとはいえ、文化の違う、情報の少ない檜ノ山国に突然行くよりは、渡の島国をめぐるといいと。その途中、吟遊詩人に会えたなら教えを乞えばいいと。


渡の島国は広く、歩けたのは檜ノ山国境付近の街だけだった。なぜかそこから遠くへは行く気持ちが全くわかず、しかも行こうとすると何らかの理由で行くことができなくなる。

渡の島国最大の都市、箱の館(はこのたて)へ行って、三番目の兄にも会ってきた。元気そうでとても安心し、兄もリョークの息災をとても喜んでくれた。忙しい兄との面会時間はわずかだったが、兄は作った刺繍作品をたくさん仕入れさせてくれ、母の作品を売るための店を紹介してくれた。


店で母の作品は高く売れた。リョークももちろんセールストークを展開させたがもともと地力がある作品だからリョークが何もしなくても売れていただろう。

父が手掛けた細工物は路上で売った。竪琴を見て、歌うことを頼まれたが歌えないリョークは苦笑とともにその依頼を躱していた。

父の細工物もすぐに売り切れた。

売った金で商品を仕入れ、次に移動する街で売る。そんなことを繰り返しながら吟遊詩人を探して渡の島国を歩いた。


しかし、吟遊詩人とは巡り合えない。気が付くと一年がたっていた。


そして、ある晴れた日。リョークはあきらめた。


吟遊詩人を探すのはやめようと。


自分はこの一年、商人として旅していた。たくさんの成功も失敗もした。商人としての目利きもきたえられ、交渉術も向上しただろう。


だから、もう吟遊詩人はあきらめよう。この先、この息苦しい思いはずっとまとわりつくだろう。歌いたい、語りたいという強い衝動に苦しめられるだろう。

しかし、リョークはもう歌うことが怖かった。あの日。師匠に促されて歌ったあの日の唸り声。あれがリョークの喉から出ているということに衝撃を受けた。

自分は歌えないのだという絶望は今も背中に張り付いている。


自分は、響いても歌えない。


だから、師匠の足取りを追って檜ノ山国へ行こう。そして師匠を知る人を見つけたら竪琴を返そう。調律の仕方も、鳴らし方もわからない竪琴は自分には宝の持ち腐れだ。


檜ノ山国へ行こう。


そう決めたあとの行動は早かった。現在いる場所から檜ノ山国まで徒歩で20日。路銀には余裕がある。まっすぐ隣国へと入ってしまおう。

リョークは歩いた。もくもくと何かに背を押されるように。もくもくともくもくと歩いて、予定より少し早く檜ノ国の国境を越えた。


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