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結局、リョークは弾けるようになった竪琴を抱えて檜ノ山国を回っている。


大事な人がいる渡ノ島国と、師匠の大事なものがある檜ノ山国の間に諍いの種があるのが嫌だったのだ。無用な争いは不幸しか生まない。


王族に囲まれた緊張マックスの晩餐で、リョークがなぜ戦火に巻き込まれ、隣国に匿われたのかを知った。


「オリーイ様に振られたハダール神の報復だったようです」と。


神様の世界も人の世界と変わりない。惚れた腫れたで修羅場になるらしい。それに巻き込まれる人間にも迷惑な話だ。


オリーイ様に振られたハダール神は、オリーイ様が愛するこの国の窮状を見越して遣わした、緑の声を持つ者を亡くしてしまおうと考えて国境付近に潤沢な鉱山を生み出した。


神が直接人間を殺すことは難しい。殺すにはそれなりの理由がいるからだ。


ハダール神は知っていた。緑の声を持つ者が国境近くに生まれたことを。

人間は欲深い。潤沢な資源を抱く山を国境の近くに置けばそこに争いが起きることもわかっていた。

力の持たない人間は弱い。小さな子供はさらに弱い。親という庇護者を失えば子どもはすぐに亡くなるだろう。

ハダール神の思惑通り、国境付近で争いが起こり、リョークの両親も戦火に巻き込まれた。


しかし、幼いリョークは隣国の兵士に保護される。


それは、ハダール神の思惑外のことだった。人間は醜く欲深い。しかし、良心も持ち合わせているということをハダール神は失念していた。


鉱山を産み、国境に争いを起こて、しかし、小さな子供を亡くせなかったハダール神はこの企みに飽きた。


どうせ、子どもは隣国に行った。隣国ではオリーイも手を出せまい。緑の声を持つ者がこの国に居なければ、ハダール神のたくらみはうまく行ったも同然なのだ。


そんなことで、という思いは消せない。


ハダール神の行為は、聖女・知花の運命をも変えた。


リョークが無事に檜の山国に保護され、その緑の声を響かせていれば、知花を呼び寄せる原因となった瘴気もこれほどひどく蔓延することはなかった。


緑の声を持つ者を失ったせいで瘴気は聖女の力を持ってしてもひと月以上も消すことができず、知花は元の世界に帰ることができなくなったのだ。


ハダール神が生み出した鉱山も利益だけをもたらしたわけではない。汚れた水を吐き出して、土を汚した。そのせいで斎藤がこちらの世界に呼ばれ、帰れなくなった。


斎藤は自分の好奇心が原因で帰れないようなことを言っていたが実情は違う。水や土の浄化は5日ではどうにもならなかったのだ。


斎藤はこの国を見捨てることができなかった。


リョークがこの国から離れず緑の声で笑うだけで、二人の人生は全く違うものになっていたのだ。


しかし、リョークはすべての歯車が悪い方向へと行ったとは思えない。

本当の両親の顔はもう覚えていない。宰相閣下から、生みの親である人たちの名前を聞いたがすでにその二人の記憶はなく。

リョークの親類縁者も先の諍いで皆命を落としてしまっているため、この国には血縁者はいない、と聞いてもなんの感慨も抱かなかった。


事実としてあるのはリョークはあの争いで親を失い、オオオノの子になった。オオオノの子として、両親、家族、それに街の人からも慈しまれて育ったということ。


そして、隣国で生まれ育ったからこそ、彼らに会ったのだ。


声だけで素晴らしい音楽を紡ぐ、異世界の歌うたい達に。


「それに、私が小さい時にリョークさんがおじいちゃんの弟子になってたら、おじいちゃんは私に歌を教えてくれなかったと思うの」


馬車の隣には、なぜかイチカナがいる。リョークの声に和音を重ねて歌う彼女は穏やかな風に気持ちよさそうに目を細める。


報告のために中須賀歌のコンゴウジ家に立ち寄ると、なぜかイチカナが旅支度を整えて待ってた。確かに、王城から旅に出ることを知らせる鳥をコンゴウジ家に向けて飛ばしていたが、どうしてそれはイチカナと二人で旅をすることになるのか、リョークにはさっぱりとわからない。


「私にはおじいちゃんの歌をリョークさんに教える義務がある」


そう言って、父親を納得させたらしいイチカナと二人、歌いながら話しながら旅をしている。

とりあえず、フィーヨルから言いつかった、檜の山国との商売の足がかりは、商人であるコンゴウジさんが「願ってもない」と請け負ってくれた。これから、コンゴウジ商会とササガノ商会の間で取引契約が結ばれるらしい。



目下の問題は、イチカナとの二人旅だ。

狭い馬車での近い距離とか、朝や就寝前の挨拶とか、自制心が試されるような出来事とか、リョークの強い心が試されている最中である。


「・・師匠の人となりは・・ほんとに短い時間しか話せなかったからわからないけど、そんなことはないと思うよ」


「ううん。おじいちゃんはこうなることを見越していたの。だって、鳴らない私に歌を教える意味がない。私は歌えても響かせることができないもの。おじいちゃんは私の歌を聞いても、にこにこと笑うだけで一回も褒めてくれたことはなかった」


くやしそうにイチカナはこぶしを握る。


「でも、リョークさんやおじいちゃんの歌を聞くとそれも仕方がない、と思うのよ。だって、全然違う。それでも教えてくれたのは、リョークさんと会えなかった時の保険をかけているつもりだったと思うの」


イチカナはふてくされたように口をとがらせる。


「歌は大好きだわ。だから、教えてくれたおじいちゃんには感謝している。でも、それが保険だったと思うととても悔しい。だけど、その保険のおかげで私は、夢だった旅に出られる。歌を歌える。それは素直に嬉しいの」


微笑むイチカナが大変可愛らしくて、リョークは彼女をまっすぐに見ることができなくなって、ごまかすように歌を紡ぐ。


歌は空に響いて風に乗る。


旅は始まったばかりだ。リョークもまた吟遊詩人として歩き始めたばかり。


ようやく、つま弾くことになれた竪琴を鳴らして、リョークは歌う。傍らのイチカナの歌声に声をのせて。心の中に響く、異世界の歌うたい達の口だけで奏でる音楽を心に灯して。






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