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近所のお兄さんに恋をしています。


 天国のおじいちゃんへ。

 長い冬が終わり、春を告げる鳥が鳴き始めました。おじいちゃんが居なくなってから初めての春です。

 ……葬式の後、財産や土地の所有はどうするか、おばさんやおじさん達が凄く揉めていたのを今でも覚えています。あれは正直に言って恐怖よりも呆れました。皆、欲しいのはお金で、誰も面倒ごとを引き受けようとはしなかったから。私の引き取りも面倒ごとの一つでした。

 でも!

 安心してね、おじいちゃん! 私は朔弥兄さんに引き取られることになったのです! 

 まさか朔弥兄さんと遠縁関係だったとは。だからほぼ毎日うちに来てあれこれ世話を焼いていたんだね。最初、何だこの人って思ったけど、おじいちゃんは何も言わないし、ご近所さんてこういうものなのかなって思ってたよ。

 おっと、話が長くなっちゃったね。

 家も土地も全部取られて、お金も少ないけど、今は朔弥兄さんの家にお世話になってるよ。私は、元気でやってるからね。

 おじいちゃんは何も心配しないで、天国のおばあちゃんのところに行ってあげてね!

 可愛い孫より。


 使い慣れたボールペンを机に置いて一息吐くと、頭上から優しい声が聞こえてきた。

 「伊織、何してるの?」

 微かに笑みを零しながら問いかけてきたのは家主である朔弥兄さんだ。

 「おじいちゃんにね、手紙書いてたの」

 「そう、庄之助さんきっと喜ぶよ」

 「ふふ、そうだといいなぁ」

 持っていた二つのマグカップを机に置いて、朔弥兄さんは椅子に座る。湯気の出ているマグカップからは甘いココアの香りが漂ってきた。

 「良い匂い」

 「伊織の為に美味しくなぁれ、美味しくなぁれと念じたからね。とびきり美味しいと思うよ」

 「はぅっ」

 二十歳過ぎた成人男性が、萌え萌えなメイドさんが言うような言葉を言っても全然気持ち悪くない。むしろ上品に笑う朔弥兄さんはそこらの女よりも断然美しいのである。

 まじ神さまありがとう。この美貌を間近で見れられる幸運よ。

 「ありがとう、朔弥兄さん大好き」

 「うん、俺も伊織のこと大好きだよ」

 はぁ〜、まじ尊い……! サラッと受け流された気もするけど、好きぃ……。

 ……そう、私は朔弥兄さんのことが大好きなのである。勿論、恋愛的な意味で。

 けれども幼少期からずっと好きだった訳ではない。意識し始めたのは中学二年生の頃。勇気を出せず告白紛いなことを言ってはいつも受け流されてきたのだ……。

 熱いココアをちびりちびりと飲みつつ、ちらりと朔弥兄さんの表情を盗み見る。

 ……うん、全くもって私の好きに反応してないな。

 マグカップを置いてほうと息を吐く。

 「どうしたの、ココア熱かった?」

 「ううん、なんだかホッとして」

 「そう? 疲れてたのかな」

 「そうかも」

 にっこりと笑って誤魔化す。うむ、完璧な笑みだ。これなら朔弥兄さんの目も誤魔化せ……「んー、熱は無いけど……今日は早めに寝ようか」スッと大きな手の平が私の額にぴったりと張り付く。

 浮いた前髪から見えるのは朔弥兄さんの心配そうな顔だった。ちらりと視線が交わる。瞬間、私の身体は火がついたように火照った。

 「な、なにし、て!」

 あまりの急な出来事に言葉が詰まる。顔中が熱い。まともに朔弥兄さんの顔を見られなかった。

 「あ、ごめん。流石に女子高生相手におでこ触るのは気持ち悪かったか」

 眉尻を下げて手を退ける朔弥兄さんに力強く手を掴んだのは仕方ないと思う。

 「そ、そんなことない! 私は嬉しいよ!」

 「そう? 良かった」

 ふわりと笑う姿を見てふと我に返る。握る手も顔も、既に茹蛸状態だった。

 「はううううう」

 手紙も飲みかけのココアも置いて、敵前逃亡したのは許してほしい。いや、朔弥兄さんは敵じゃないけども。

 ともかく、今の私はとても人様に見せられる状態じゃないので、自室に避難します!

 ああ、私の恋は叶うのだろうか!

 

 一人残された朔弥は自身のマグカップを手に取り、一口飲む。

 向かいにある放置された物を眺めつつ思い出すのは可愛い妹分の表情だった。

 「……ふふ、顔真っ赤にしてかーわいい」

 食べちゃいたいと小さな声で呟いて席を立つ。さてこれからどうしようかと悩むのは彼にとって至福の時であった。


【終】

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