出会い
「だいじょうぶ、、、こわくない。」
——一九九八年 四月一日 福井県 坂井市 東尋坊——
中学二年生の春の日。
僕はもうこれでいい。そう思っていた。ザァという音が立つと同時に揺れる波は、自然と僕の心と重なった。きっと、誰の心の中にも海がある。嬉しいことがあれば、穏やかなそよ風が潮をゆっくりとゆっくりと体中に染み渡らせるかのように揺らして幸福を覚えさせる。悲しいことがあれば、暴風があちらこちらから波を攻撃し、その波はバシャバシャと泣き叫んで心の表面をざわつかせる。
今、少し高い崖にいる僕の目の前に広がる海は、悲しいことがあったときの海だ。少し早くやってきた台風が弱い雨と強い風、少しの冷たさを連れてきて、四月の幕開けに不安を植え付ける。最初の一歩をどうしても踏み出せない僕は、脇道にそれて別の一歩を踏み出すことにした。記憶を道に置き捨てて歩めたらどんなに楽だろうか。そんな夢は叶わないから、脳を体ごと傷つけてこのしがらみから解放されるんだ。
足の裏の先を空気に触れさせても尚、僕の決意が揺らぐことは無かった。怖いことは怖い。でも、偶然僕の背中を押すような向きに吹く風が、僕を楽園へと誘うようで勇気を保つことができた。
涙を流しながら、僕は体重を前の方に託した。
「母さん、、、ごめんなさい。」
僕は僕の人生を終えた。
と思われたそのとき、手首に妙な感覚を感じた。崖から足が離れる前に、知らない女性が僕を掴んでいた。
「やめなさい。絶対にやめなさい。」
「でも、ぼ…」
「いいからやめなさい‼︎」
僕は彼女の手を振り払おうと必死になった。彼女のほうも僕を引き寄せようとして必死になった。彼女の手首に思い切り爪を立てて抵抗しようとしたけれど、思ったように力が入らなくて苦戦した。彼女の力は見た目に反して強く、どこかに強固な意志を感じた。そもそもなんで僕はこんなにも必死になってもがいているのだろう。なんのために雨風に打たれ震えながらここに来たのだろう。そう余計なことを思っている間に、隙を突かれた。彼女は僕の脇に腕を入れ、肩を思い切り引っ張った。
「うっっ、」
後ろに勢いよく倒された。
「ドサッ!」
彼女の上に僕が重なる形で横たわった。生ぬるい雨は少し強くなっていて、僕らの肌をそれら一粒一粒が打ちつけた。
彼女の鼓動は大きくて、心地良い一定のリズムを刻んでいた。触れている腕は少し暖かくて汗を含んだ雨が表面を滑っていた。
なぜ僕の名前も知らないであろう彼女が声をあげるほど必死になって僕を救ったのかはよく分からなかった。