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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
ヨミ返る犠牲

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手折れの身体に

「おーい相田君。起きたまえー」

「おーい」


「はーち」


 起きる様子が無いので試しに腕を折ると、磨り潰すような破砕音と共に彼は目覚めた。俺は格闘技をやっている訳でもなければ整体師でもないので人体の構造を知りもしなければ最小の力で破壊する事も知らない。なので力ずく

「あがああああああああ!?」

 ダイダイ色については心配ない。『色鬼』はほぼランダムに色が割り当てられている。レイナは法則があるかもと言っていたが、気のせいか一部にしか適用されていないか。その証拠に、相田君の腕が指定された色に染まっている。

「あ! あ! うでぁあああああああああ!」

 秒数終了の声も聞こえない。多分、自分の身体に色が付いた時は自動的に条件を満たしている筈だ。でなければ特に説明もなく無色透明になった千歳が生き残れている筈がない。『楽しいよね』はヒントを貰っても尚未だに分からないが、多分『色鬼』は含まれている。

「相田君。早速だが君には二つの選択肢がある」

「ああああああああひいいいいいいう……! あああああ……!」

「泣くなよ。君は俺の仲間を殺そうとしたんだ。その罪悪感に苦しんでるって事もなさそうだし、取り敢えず黙ろうか」

 脇腹を足蹴に何度も何度も転がして彼を煽ってやると少しは痛みが和らいだようだ。元よりいじめられっ子の気質故か、彼の瞳には怒り以上に恐怖が現れていた。何でこんな事をと言いたげだ。自分の行いの善悪を把握出来ていないらしい。それとも自分の生存が第一だから、他の人はどうでもいい?

「選択肢は二つ。ここで足を折られて『隠子』に殺されるか。それとも俺達の為に井戸に飛び込むか。どっちがいい?」

「…………な゛、何で。何でですかぁ……?」

「何でって。俺の友達を殺そうとしたから。後は形式が大事って言ってるのにイレギュラーな真似ばかりするからかな。君さあ、これは『隠子』との遊びなんだよ。逃げる側が逃げる側殺そうとしちゃ駄目だろ」

「だ。だって! それは萩澤が……!」

「君だけに言うけど、彼女は殺したから」

 発言はインパクトが大事。痛みから気を逸らしてやらないといつまでも喘がれるのは会話が阻害されて不愉快だ。男の喘ぎ声に需要なんてない。

「は、え?」

 自分の腕が折れてる事も忘れて束の間、相田君の目が点になったまま俺に向けられた。あの時はどうしても嘘を吐く必要があったけれど、今は近くに誰も居ない。居たとしてドッペル団の面々。どうせ全員生存は不可能で、俺は目の前の後輩を助ける気なんて更々ない。

 だから良識者を装う必要もない。

「死んだ人間、それも君を虐めてた奴が教える情報とか信じられるのか? まあ、俺はちゃんと『隠子』に付き合うつもりだからどうでもいいけど、念の為確かめたい気持ちもなくはない。だから君に飛び込んでほしいんだ」

 井戸の底を除いてみるが、平面的な黒が統一的に支配しているので下に何があるかはよく分からない。底と言える程の深さはないかもしれないし、文字通りの底なしという可能性もある。悪いのは雑に三次元を塗り潰す黒色だ。

「…………さい」

「ん?」

「許して…………くださぁぁあいッ」

 痛みと恐怖に狂気を添えて。相田君は泣きだしてしまった。自分が殺人未遂を行った事は忘れていないらしい。それなら何故謝罪程度で許されると考えているのだろう。人を殺しかけた責任は取るべきではないか?

「よし分かった。じゃあこうしよう。今、腕を折ったからこれで全部チャラだ。君は多分ゲンガーじゃないからね。ただ、本当の脱出方法をこっちは教えないし合流は禁止だ。君は勝手に君の信じる方法で戦ってみてくれ」

 どうやら俺は『他人事』という考え方が染みつき過ぎていて、いざそれが取っ払われると何処までも残酷になってしまうようだ。だからこれが最大限の譲歩。自分の中にある『人間らしさ』に基づいて導かれた結論。

「ではさようなら。君の行く道にどうか祝福を」

 踵を返してドッペル団の下へ戻ると、人影が五つに増えていた。アカと黒の世界では人物が全員赤い骨組フレームで構成されるので暗闇でもその輪郭は非常にはっきりしている。ある程度一緒に居たせいだろう、身長で誰が誰なのかという区別はつく。

「山羊さんと明亜君。こっちにも来たのか」

 二人共目立った外傷がなくて何よりだ。明亜君の方はほんの少し息が上がっている。

「匠ちゃん、明亜君がやってくれたよッ」

「やってくれた?」

「それ以上は俺が言います。草延さん。『色鬼』に法則があったのは知ってたすか?」

「私は。そう思ってた」

「……そうだな。レイナが気付いたから知ってたと言えば知ってた。でもそれを知って何か役に立つって事も無かったからな。そっちは違うのか?」

「まあ。『色鬼』で指定された色に塗られる場所はランダムだと思ってたんですけど、特定の場所に限ってそうじゃない。毎回色が入ってるんです」

 そこまでなら、ただ安全地帯が生まれただけだ。『色鬼』と『外れ鬼』を無視しても良くなったというだけの話は…………それはそれで遊びが成立しなくなっているような。


 ――ー終わりが近いって事なのか?


「それでね、あたしがこれ持ち運んだら楽じゃないかって思って―――その……」

 菊理は恥ずかしそうに頬を掻きながら渋い笑みを浮かべた。

「本殿のね? 首無し御神体を破壊してしまいまして……」

「そしたらこんなものが出てきたんすよ」

 笑っていいのか悪いのか曖昧な空気。仕切り直すように明亜君が制服の内側から腕を取り出すと、事情を知る菊理を除いた全員が息を呑んで彼の顔を見つめた。レイナは警戒心が行き過ぎて一歩後ずさっている。冷静に子供の腕を取り出す絵面は傍から見ると犯罪者のそれなのだ。

「作り物……という事でお願いします」

「ああ」

 そういう体ね。

「偶然とは思えなくて、確定で色の入る場所を全部回って来たんです。そしたら他の部位がゴロゴロ出てきて」

 言いつつ制服の下から右腕と両脚を取り出す絵面は最早誰も突っ込まない。胴体だけはキャパの都合で菊理が持っていたが、彼女は何処かから拾ってきた布でぐるぐる巻きに封印した状態で持っていた。生で持ってくる彼の方がおかしいと言わんばかりに。

「……鷹夏君。随分おかしな真似をするね。普通の人には出来ない事だよ」

「普通って何すか朱斗さん。この状況の普通って、助かる為に何でもする事じゃないんですかね」

 返す言葉もない。険悪な雰囲気を避けるべく会話を引き継ぐ。

「まあまあ。お手柄だぞ明亜君。君が集めてくれたそれは間違いなく脱出の手がかりだ」

 そして俺は何処から情報を手に入れたかは明らかにしないまま、得た情報を全員に共有した。全員死亡した未来から情報を貰ってきましたなんていよいよ頭がおかしいと思われても仕方ない。明亜君とは完全に協力関係だが、『未来から情報を手に入れるのはともかくそれが正しいかは云々』と話をかき乱されても困る。言わなくて済むなら俺は言わない。

 その方が都合が良いし。

「多分、それは『隠子』の身体だ。彼の身体を作り直して見つける事が出来たら俺達は助かると思う」

「成程。そういう事ですか。ええ勿論信じるんすけど、頭部が足りないんですよね」

「他にそういう場所は無かったのか?」

「無かったから探しにこっち来たんです。そしたら合流して―――」





「頭ならここにあるけど?」





 その場の全員が雷に打たれたように跳ね返る。特に朱莉は敵意をむき出しに前方―――俺から見れば背後の人間を見ていた。

 振り返る必要もなく、答え合わせを明亜君がしてくれる。

「……慧」

 萩澤慧は死んだ筈。先程そんなやり取りをしたが、それでも今は生きている。俺の後ろに、皆の前に、元気な姿を見せている。

「そういう小難しいの私は全く知らなかったけど、たまたま見つけたんだよね。でもさなんか私怪しまれてるっぽいじゃん。だからさあ、条件付けていい? 一緒に脱出させてくれるって約束するなら、こんなのあげるよ」

「分かった!」

 駆け引きなんてない。

 余計なことを言われる前に俺が決断する。

 振り返って元死人の後輩に視線を返す。問題なのは彼女がゲンガーなのかどうかというだけで、その問題も今は気にしている場合ではない。そんなものより『隠子』はよっぽど恐ろしい。こんな場所から早く出ないと、俺も皆もおかしくなってしまいそうだ。今はもう正しい空の色さえ覚えていない。アカと黒以外に何かあったっけ。

「俺達は被害者だ。こういう時に手を取り合えなきゃ全滅は必至。一緒に外へ出よう。慧ちゃん」

「馴れ馴れしく呼ぶんじゃねえよ変態」 

 またそれか。




 まだそれなのか。



   


 


 

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