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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
ヨミ返る犠牲

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アソビたわむれ揺揺と

「…………」

「…………」

 キ色の畳に触ったが、正解という事で良いのだろうか。まるで数ある選択肢から俺達が正解したように見えるが、あそこまで秒数が進むとこれ以外の選択肢は取れなかった俺達が死んでいないので、多分色に触るのが正解だ。自信がないのは単に他の人達がミスをして、そっちを優先したとかそういう理由が考えられるから…………。


 ああ、駄目だ。


 怪異に対する知識なんて存在しない。反応と結果に対して理屈を考えようとするとどうしても人間が理解出来る形で筋を通してしまう。姉貴の力が欲しい。彼女さえ居てくれれば活路が開けたのに何で……!

「これ、セーフだよね?」

「多分、な。外に出ていいのか駄目なのかさっぱり分からんのが気になる。死ぬのは嫌だ」

 多分合っているという仮定で話を進めるが、あの歪んだ子供はまだ外を徘徊している筈だ。見つかってしまって良いものなのかがよく分からない。何度でも言うがオカルト知識には疎いのだ。インターネットに書いていなければ俺は知らないし分からない。

 痛いのは嫌だ。死ぬのは嫌だ。

 『他人事』としても、リスクの不透明な行動は避けるべきだ。それも低い方に不透明ならまだしも、高い方に不透明なら、尚許しがたい。

 だが、この家に閉じ籠って延々と繰り返していても事態は進展しない。それくらいは分かる。オカルト以前に物事の道理だ。現状維持は楽だが、それ以上は何も望めない。そして恒久的な現状維持は不可能なのでやがて衰退せざるを得なくなる。早い話がジリ貧だ。具体的に摩耗する物体を挙げるならそれは精神。恐れを理由に閉じ籠れば、自分が狂うのを待つだけだ。

「……匠ちゃん」

 あらゆる理屈を、あらゆる道理を、あらゆる側面からあらゆる角度で正当化して、一本に繋いでは分岐させて、複雑に物事を考えていた俺の思考はその一言で停止した。死と隣り合わせの状況に変わりはないが、菊理は微笑んでいた。まるで俺を元気づけようとしているかのようだが、その表情は悲しい。

「匠ちゃんが何を考えてるかは分からないけど、一つ、言いたい事があるんだ」

「何だ?」

「もし、手を尽くしても出られないって事が分かったら―――」


「その時は、一緒に死のっか?」


 思いもよらぬ提案に目を見開くと、彼女はそっと俺を抱き寄せ、言い聞かせるように呟く。

「あたしの命、匠ちゃんに預ける。一人になんてしないから、それで少しは安心出来ない?」

「……なんで、そこまで?」

 イジメから助けただけなのに。

 『他人事』として、そう思っている。そこまでされる謂れはない。それ以上親切にされるのは納得がいかない。『俺』にはそんな価値が、存在しないから。

「うーん、難しい理由なんてないさ。ただ、匠ちゃんに全乗っかりすれば助かるだろーなんて思ってるだけだよ。お気楽な思考にでも引いた?」

「……いや」

 身を翻し、密室を解除する。アカ色の空が俺達を出迎えた。

「そこまで言われたら、諦める訳にはいかない。少なくとも千歳と山羊さんだけは外に―――山羊さんは俺も出ないとまた戻ってきそうだな」

「へへ、当たりッ!」

「じゃあ俺も生き残らないとな。山羊さん、力を貸してくれ!」

 互いの命を掛け金に。

 頼み込まれた彼女は、満面の笑みで親指の立つ拳を振った。



「おうさ! 山羊さんにまっかせなさい!」



 まずは合流しよう。

 二度目があれば三度目もある。何故次の声が聞こえないかは不安だが、それはチャンスだ。この狭い神社なら少し歩けば誰かは見つかるだろう。



「もういいかーい」





















「センパイ!」

「草延さん」

 二度目のかくれんぼをやり過ごしてから本殿へ向かうと、アカ色に染まった世界にこれまたアカ色の枠組みフレームで構成された二人―――千歳と明亜君を発見した。大量の椅子で入り口を塞いでいたが、壁越しに声を掛けたら千歳が反応して中へ入れてくれた形だ。不幸にもそれ以外の人物はおらず、二人はペアで行動しているようだ。

「い、生きてたんですね! 良かった……」

「あ、彼女を責めないであげてください。引っ張ったのは俺なんです。あれじゃ草延さんは助からないなって思って―――こっちも必死だったんです。すみませんでした」

「まだ何も言ってないし別に怒る程の事でもない。必要なら見捨てればいいさ。どうせ『他人事』なんだから、どうでもいいよ」

 冷めた対応で罪悪感を覚えさせないつもりだったが、形はどうあれ俺を見捨てた事に内心忸怩たる思いがあったのかもしれない。千歳は周囲も憚らず俺に抱き着いてワンワン泣きだしてしまった。本人が実際の罪以上に罪悪感を抱え込んでいると、最早許す許さないの権限はこちらにはない。自分が自分を許せなければ、どんな軽犯罪も終身刑に等しい苦しみを味わう事になる。

 ―――この責任感の強さが、トラウマを引き起こしたんだろうな。

 言うなれば善人であるが故の事故。詳細は知らないが、勝手にそう推測している。

「まあ泣くなよ千歳。無事に脱出出来たら一緒にスイーツ巡りでもしようじゃないか」

「う……ひぐッ…………は、はいッ」

 純真な後輩はハンカチで涙を拭きつつ離れた。何度か瞬きを繰り返して口元を解し終える頃には、すっかりいつもの千歳が帰ってきた。

「それで、センパイッ。このお化けの事なんですが―――」

「悪い。詳しい説明をしてるとまた割り込まれそうだからやめたいんだが、率直に言って俺はこいつの事を何も知らない。ぶっちゃけ対処法も手探りだ」

「草延さんが意図的に呼んだものではないと……?」


「その通りだ。それにしても同じ質問を返したいんだが明亜君。やけに冷静じゃないか?」


 彼はまた俺を疑っているようだが、俺は大人なのでそんな真似はしない。内ゲバに何の意味がある。そんな事をしても殺されてしまうだけだ。しかし声の調子を間違えたかもしれない。明亜君はいつになく声を荒げて、俺に詰め寄った。

「冷静ですかッ?。あんなの初めて見ましたよ……! ……でも、焦ったって仕方ないでしょう。死ぬよりはマシです。俺は一人でも生き残りますよ」

「他の皆は助けないのか?」

 ギリッ。という音を聞いた。

 推察するまでもなく、目の前で歯ぎしりをした彼の出す音だと気が付いた。




 

「全員生存は無理です。俺は聞いたんです。「ニ    』って。その時はもう火翠さんと一緒にここへ逃げ込んでいたんですが、その瞬間でした」

「秒数は数え始めたか?」

「いえ、全く。既にお気づきの通り、この怪異―――『かくりこ』と呼んでいいのかは分かりませんが―――は俺達にルールを提示してます。どんな発言にせよその後に秒数を数えるのは猶予でしょうから、そこにはきっと怪異なりのルールがあるんです。でも俺が聞いた声にそんなものはなかった」

「つまり?」

「逃げようとしてるのは全員同じとして―――誰かがルールを逸脱する行為に出たんだと思います。ルール違反だからレッドカードを出されたって事かなと」

 一見して、怪異の癖に公正公平なルールを持っているのだと思うだろう。しかしそんな考えはまやかし、または『他人事』として俯瞰から見ている存在にしか言えない言葉だ。先程も言った通りオカルト知識に精通している人物は存在しない。対処法も手探りで、間違えればその瞬間にどうにかなってしまうものと推察される。

 『かくりこ』は究極に不公平な怪異だ。ルールを決めている癖にちっとも説明してくれない。そもそも『アソボウ?』と言われて頷いた覚えもない。無理やり遊びに巻き込んだ上に遊びとして最低限のマナーもないルールの不説明。

 遊び相手の人間様に死ねと言っているようなものではないか。



「ぼくといっしょ」


「いーち」



「「は?」」

「「へ?」」

 男女それぞれの声が重なり、そして秒数が刻まれる。

「これは!?」

「分かりません!」

「お化けになれって事ですかね!」

「死んでるでしょーが!」

 例によって条件が分からず人数の増加に伴い口論していると、本殿の扉が激しく叩かれた。

  

 ドンドンドンドンドンドンドン!


「開けてくれ! 俺だ! 速水両太だ!」

「速水さ―――!?」

 千歳が駆け込もうとしたのを明亜君が抑え込む。彼は首を振って俺達にも付き合わないように指示してきた。 


「ごーう」

「ろーく」


「閉め出されたんだ! さっきの色の時だ! 時間がない! 開けてくれ!」 

『なんで入れてあげないんですか!? ここ広くて何もないから一人くらい入っても―――』

 無声音で抗議しながら千歳が咎めるように彼を見上げる。角度によっては睨んでさえいた。明亜君は努めて冷静に―――そう振舞えるよう深呼吸をして―――唇を噛んでから言った。

『俺が火翠さんを連れたのは偶然だよ。たまたま近くに居て、自分一人じゃ逃げられなさそうだったからだ。でもその時に視界の端っこに見えたんだよ、速水が横の獣道を抜けていくのを』

『それって、え? 戻ってきた? やり過ごしたって事じゃないの?』

『山羊先輩の言う通りです! 開けるべきです!』



『火翠さん。本殿の扉に鍵なんかつけられてないよ。だから椅子で塞いでたんじゃないか』



「じゅーう」




「ひっあ、ぎゃあああああああああああ阿ああああああああああああああああああああああ媾あああああああアアアアアアア!」



 密室は結界。

 悪しきモノを通さぬその内は、人間にとっての聖域。

 扉のすぐ傍で骨と肉とを潰し咀嚼するような音が聞こえても、俺達は決して扉を開けなかった。

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