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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
ヨミ返る犠牲

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醜い実在証明

 正直、無茶ぶりだった。

 当初の予定では俺が一人で突入してレイナが居なくなったと騙る事で同じ展開に持っていくつもりだったが、思ったより武闘派だった菊理のせいでこの路線は失敗している。結果論としては大成功だった。何故かレイナが本当に消えた事により、衆目に無人の状況を知らしめる事になったのだから。


 ―――多分、畳から床下に逃げたんだろうな。

 

 実際逃げられるかどうかはさておき、それくらいしか自発的に姿を消す方法がない。このまま成り行きに身を任せれば誰かが気付く―――特に明亜君が言い出しかねないので、先手を取って焦らせ続けなければ。


 ザッ、ザッ、ザッ。


 再びの足音。外に誰かが居るのは明白だ。それが何より俺の理屈を補強する。

「な、内通者? 俺はそんなのしらないっすよ!?」

「じゃあ君は違うのかな。いや、分からない。怪異と前々から繋がっていたなんてあり得ないだろうから、考えられるとすれば肝試し感覚だった時だな。あの時誰かが協力者になった。考えてもみろ、朱斗が外へ出て何で狙われたのか。それは内通者が外出のタイミングを教えたからじゃないのか?」

「それはおかしくないですか? なら最初に野ションしてた草延さんが狙われなきゃ」

「そうだね。有難うアクア君。お蔭で進行役を務めてる俺に内通者の疑惑が晴れた。皆も内通者かもしれない人に場を任せるのは嫌だったろうから助かるよ」

「ん? どうしてセンパイの疑惑が晴れるんですか?」

「内通者と言うからには集団の中に居ないといけないが、あの時俺は外に出てただろ。さっきまでなら俺が偽物という可能性もあったけど、『子』の方は外に居るのは間違いない。俺が狙われないとおかしい状況は。裏を返せば他の人の動向を知らせる状態じゃなかったって事」

 つまり俺は、人確定。

 そう締めくくると、集団の何処かから安堵するような声と舌打ちが殆ど同時に聞こえた。やはり一番警戒すべきなのはアクア君だ。彼はこの状況でもまだ理性を失っていない。自分が消えてなくなる状況下で良くもまあ冷静で居られる。当たり前の疑問を当たり前にぶつけてくる、それが今、一番恐ろしい。

 何せ怪奇現象など本当は起きていないのだから、こちらで理屈をつける必要がある。彼は知らないかもしれないがこれは人対人の騙し合い対決で、怪異は飽くまで舞台装置。多少粗が出ても良い様に、心理的焦燥に付け込んで畳みかけているが、こういう冷静な人が居る限り俺だけは慎重にならないと。

「匠ちゃん。そのチクり魔についてはどうするのさ」

「判明次第拘束とかでいいんじゃないか? どうせ『子』を見つけたらこっちの勝ちだし」

「じゃあ探しに行こうよ! あたしはこれ以上人同士で疑いたくないしッ」

 薄々気付いていた事だが、菊理は無根拠に説得力のある人間だ。

 その世話焼きな気質は時にお節介ともなれば己に返る刃ともなるが、だからこそ誰かに判断を委ねたい人間は彼女を信用して納得する。だから俺も彼女がゲンガーだと信じたくないし、断定出来る材料が揃うまでは信じてあげたい。確かに俺はこの場の主導権を握っているが、心の主導権の大半を握っているのは紛れもなく彼女だ。つくづく味方で良かったと思っている。

 『他人事』として言わせてもらえば、この世話好き山羊さんはコミュニケーションゲームの場においてアクア君以上に厄介だ。

「俺も賛成ですよ。慧もいいな?」

「分かったわよ」

「一先ず倣おう」

「ぼ、僕も……」

 全員の賛が得られた所で、密室を解除。足音がしきりに聞こえていた戸の方から開けるも、そこには誰も居なかった。会話を聞いていたか。

「朱斗もレイナもまだ死んでない可能性はある……信じたくないんだけど。どうだろう、内通対策でチームを作って探そうじゃないか。未確定者は九人だし、三人一組でグループを作れるな」

「匠悟さんはどうするんすか?」

「俺は確定してるから一人で大丈夫だ」



「それ、変じゃないですか?」



 何事も上手くはいかないようだ。どうもアクア君は俺を疑っているらしい。一足先に家を出てから身を翻し、『他人事』として淡白に尋ねた。

「何がだ?」

「確定だからって孤立したら狙われますよ。誰かにくっついてた方がいい。それか二人一組の五グループとか」

「残念だけど二人一組にはメリットがない。片方が内通者だったら相方を『子』に差し出して『消えた!』とか騒げばいいし、それを疑うなら結局二人組には保障機能なんてない。忘れてるかもしれないけど内通者は内通者でしかないんだ。たまたま『子』に見つかって本当に消えてしまった時、相方はどう弁明するんだ? 例えば君は、絶対に疑うだろう」

 それに二人組だとドッペル団と連絡が取れなくなるばかりか、組み合わせによっては菊理か千歳のどちらかが役割を果たせなくなる。それは避けたい。


「ああ、俺を狙うとは思えない。だって俺を消してしまったら、内通者は自分を絞り込まれるから」


 これだけ言ってもあまり納得された雰囲気ではなかったので、仕方なく多数決を採ったところ、やはり俺の方針が採用される事になった。

 今のデタラメは流石に厳しかったか。

 


  


















 憶測で話せる部分は無限に肉付け出来るとしてもにわか知識は無用に出し過ぎれば自滅する。敢えて範囲は限定せずに『子』の捜索は始まった。


 ―――絶対、俺と組もうとしただろうな。


 明亜君は特別洞察力が高いとかそういう訳ではないが、平静状態なのが厄介だ。彼がもし潜伏ゲンガーなら殺すのに一苦労するだろう。

 因みに彼さえ居なければとっくにこの話は終わっていた。慧ちゃんがドツボにハマってどんどん立場を悪くした時、あのままの流れなら彼女が内通者という事になって拘束されていただろう。無力になった人間ならなり替わるのは容易で、或はそこで潜伏者を割り出せるので、適当に怪奇現象を終わらせてゲームセット。俺達の勝ち。

 ハッピーエンドは容易に到達できないという訳か。

 あまりにも捜索個所が少なすぎるという理由から本殿に行く人間は居なかった。他の建物や外を探した方がいいというのはその通り。ご神体と椅子以外存在しない本殿の何処に『子』が隠れるというのだろう。敢えて行くが。

 レイナの発狂や大神君の乱心のせいで気付けなかったが、ここにある御神体には首がなかった。だからどうしたという話だが、こういった節々の違和感は今も続いている。明亜君もあの様子なら気付いていそうだ。手水舎に綺麗な水が溜まっている事とか。

「ネームレス」

 その名前を何処からか呼ぶ声がした。声の曇り具合から壁越しだと推測する。何度かの繰り返しを経て一番近い壁を特定すると、入り口を監視しつつそこに凭れかかった。

「そっちの状況はどう?」

「取り敢えず分散に成功したが、失敗した事がある。誰も気づいてないけど、『鬼』だ」

「鬼?」

「『子』は俺達を身代わりにしたい。鬼は『子』を食べたいが見かけたら俺達も食べたいって話だった。あの時の争点は『子』と内通者だったからまあ話としては出しようがないんだが、一人になるには理由が足りなかっただろうな」

 そしてあの冷静なアクア君がそこを見逃しているとも思えない。泳がされている可能性がある。とはいえ、鬼も『子』も俺達を狙っているならやはり二人組に安全を保障する力はないので考えすぎだろうか。


 

「邪魔な人が居るなら、殺そうか?」



 壁越しに悪魔の誘惑が囁かれる。倫理とか道徳とかを無視すれば、それは名案なのだ。人を襲うと分かれば焦燥は尚引き出される。失踪という形だからまだ正気を保っている可能性は確かにあって、実際に死体を見せてやればまともな人間なら発狂間違いなしだ。

 少し目を瞑って考えを巡らせる。そしてきっぱりと断った。

「人を殺せば、俺達の大義名分は使えなくなる。本当の悪党になるぞ」

「君と一緒なら私は構わないよ」

「ゴーストが可哀想だ」

 それが気休めの偽善でしかないと分かっていても、人は正義を掲げなくてはならない。正気を保つ為に、ゲンガーに勝利する為に。 

「ゴーストと一緒に怪奇現象の方を適当に頼む。ただ一つだけ。明亜って男子が血痕小屋の外を探索してる筈だ。えーと、確か千歳が同じグループに居たか。千歳って分かるよな。清掃の時一緒に居たし。あそこはまだやめとけ」

「何で?」

「冷静な人間に客観的な判断材料は与えない方がいい」

 『正義』側に支障はない。判断材料はどうあれ潜伏ゲンガーが居るならそれを割り出すのが仕事であり、いずれにせよ時間が経てばボロの一つや二つ出てくる。あの二人はこのインチキ怪奇現象解明に協力する必要はないのだ。

「分かった。それとゴーストから伝言」

「ん」

「替え下着。持ってきてない。どうしよう。だって」







 俺にどうしろと?

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