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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
狂真サークル

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34/173

予想は嘘よ 

 屋上は恋人関係にある男女が使うだろうから、空気を読んで二階の空き教室へ。もしかしたらデリケートな話をするかもしれないので、誰も入ってこないように鍵を掛けた。最もここは二回の突き当たりにある部屋で隣が物置と化した別の教室なので平時は使い道がないどころか文化祭くらいしかこの教室が使われる日は来ない。それも出し物を作る時のスペースだし。

 外側の窓を開けて換気を済ませると、俺達は窓の近くにあった椅子に座った。向かい合うようにお弁当を開き、少し遅い昼食をとる。

「千歳。おま……君はもう一人の自分の存在を信じるか?」

「お前、でも結構ですよ。もう一人の自分って何の話ですか? 私、そういうのあんまり詳しくないんです」

「や、俺も詳しくない。悪かった、質問を変えよう。もう一人自分が欲しいって思った事はあるか?」

「心理テストみたいなものですか? うーんそうですね…………無い、と思います。もし自分と全く同じ自分が居たなら、どうにかして遠くに追っ払っちゃうかもしれません」

 共犯者としての脈はアリかと思ったら、何やら話が続きそうだ。弁当の中に何度か箸を運ばせながら続きを促す。心なしかいつも明るかった千歳の表情に陰が差した気がする。トラウマに触れてしまったのか。

「それは何でだ?」

「私がもう一人居たら、何も出来なくなりそうじゃないですか。弓道で結果を残しても、もう一人の自分が手柄を主張したら取られそうだし。私、自分の努力を他人に奪われるのは嫌なんです。部活とかしてて凄く辛い時とかありますけど。誰かに押し付けるのは違うと思うんです。それって『自分じゃなくてもいい』って認める感じがするじゃないですか。一回でもそういうのを認めたら他の物もどんどん取られちゃう気がします」

 およそ高校生らしからぬ、あまりにも真面目で、芯の通った理屈。彼女は俺よりもずっと立派だ。こういう人間が蔓延ってくれればゲンガーが取り入る隙はないだろう。朱莉がどうかはさておき、俺は彼女を信用出来る。


 ―――教えるべきか?


 出来れば彼女にはこんなバカみたいな話に付き合わず普通に生きていて欲しいが、そういう人間に狙いを付けるのがゲンガーだ。朱莉がテンプレートとして挙げたやり方では千歳になり替われないが、山本ゲンガーみたいな未熟なやり方であれば可能だ。人はああいう魂胆も何もない手法を力ずくと言う。何故か俺をターゲットにしてきたが、本来は適当に本物を襲ってなり替わるつもりだったのではないだろうか。

「そういうセンパイはどうですか? もう一人の自分、欲しいですか?」

「んー。俺もちょっとな」

 ゲンガー狩りに協力している手前、肯定するという選択肢はない。が、それを抜きにしてもやはり俺はもう一人の自分なんて欲しくない。自分が面倒だと思う行動を全て引き受けてくれるのは嬉しいが、それだと俺には全てが『他人事』になってしまう気がする。想像出来ないが、それはとても怖い。自分じゃない自分なんて、存在を認めたくない。

「知らない内に変な人と友達になってたり既存の関係を壊されたりされたら嫌だからな。お前ともせっかく知り合ったのに、偽物に掻っ攫われるのは困る」

「一緒ですね! センパイとお話ししてる時間、結構楽しみなんですッ。センパイ、他にご友人が居るのに時間を割いてくれるじゃないですか。言い方は悪いかもしれませんがセンパイを独り占めしてるみたいで…………ふふふ!」

 その笑顔を見ていたら、共犯者として勧誘する気概が一気に失せた。やはり彼女には今まで通り普通に過ごしてほしい。次に誘う時があるとすれば何事かの因縁で千歳が巻き込まれてしまった時だ。そんな日が来ない事を願うが、ゲンガーの侵略が進めば遅かれ早かれ訪れるか。

 それまでは、俺も普通に。先輩として接そう。

 袋詰めにされたクッキーを一つ受け取り、窓の外から何の特別感もない山を眺めながら二人で食べる。

「……美味しいな」

「有難うございますッ。男性の方にあげるのは初めてだったので緊張してました!」

「あーうん。好みとかって話なら気にしなくても大抵の男子は喜んでくれると思うよ。そういう人多いだろうし」

「そうなんですか? でも一人で作ってるのでそんな全員配る訳には……ああ、私がもう一人居たら解決しますね!」

 満面の笑みを浮かべながら千歳が渾身のゲンガージョークを披露した。言っててつまらないと思ったのか恥ずかしそうに笑っている。真面目に切り出した筈の話題だったが、つられて俺も笑ってしまった。

 こういう生活が、毎日続けばいいのに。






















『恨』

『怨』

 携帯から呪詛が漂ってきた。送信者は朱莉で、見捨てられた事に少なからず文句が言いたいらしい。『何があっても許さない』と怒りに満ち満ちた文章を現在進行形で送られて、たまらず埋め合わせを約束すると上機嫌になった。

 切り替えが早すぎる。

 昼休みにリフレッシュしたから午後の授業は真面目に受けてくれるのかと言われたらクラスの雰囲気による。ウチは駄目だ。主に運動部所属のクラスメイトは端から昼寝の姿勢を取っていた。進学校なら許されないだろうが、この学校暗黙の方針として『点数が取れるなら昼寝してようが別の科目を勉強しようが構わない』というものがある。無論平常点は加算されない。なので赤点間際の科目がある連中はその科目だけは取り敢えず起きているのだが、成程。六割弱が縛りプレイをお望みらしい。怒った先生がテストの難易度を上げてきても知らないぞ、と。

 どう考えても真面目に受けてる側が損を被る陰惨な構造を『他人事』のように語りつつ、ぼんやりと外を見た。


 ―――スナイパーが俺を狙ってる。


 ゲンガーの存在はそれと同じくらいの可能性しかない、妄想か空想か精神疾患かと思っていた。こうして代わり映えのしない街並みを見ていると、今までの戦いも見聞きした光景も全部嘘だったのではないかとさえ思える。

 でも美子は、もう居ない。

 それがゲンガーの存在を何よりも証明している。


 キーン、コーン、カーン、コーン。


「あー授業は終わりだが席は立つなよー。これ写し終わった奴から片付けろ」

 六時限目が終わった。暫くは簡易掃除でいいらしいので、クラスに数人は居る真面目組が率先して箒を使っていた。俺は怠いのでサボっている。めぼしいゴミはそれとなく一か所に集めておいたので勘弁してほしい。

 注目を浴びていない事を確認してから携帯を開くと、姉貴からメッセージが入っていた。



『弟君。残り二日間友達の監視しといて。こっちは任せてくれていいよ』



 朱莉を?

 と思ったが、レイナの事だ。事情を聴きたい所だがその前にこの幸運に感謝して彼女にも協力を求めよう。

「朱斗ッ」

 彼女の机をドンと叩いて顔を近づけると、脊髄反射で顔が下がった。

「な―――何ッ?」

「三人以上で遊べるアプリ」

「え?」

「かつ、直ぐに飽きないもの」

 言いつつ、中学校の頃に二人で作ったオリジナルの手話で含意を伝える。


『昨日から三日目、明後日に決行するならそれまでの間に攫われる可能性が高い。レイナを守りたい』


 本来は悪戯で連携を取る為だけの手段だったが、彼女はまだ覚えていたようだ。一見デタラメにも見える(手話としてはデタラメだ。分かるのは俺達だけ)手話を使って返答する。


『それはいいけど、私達の目的を忘れてない? 偽物を狙うって事』

『誘拐を安全に行う方法がある。ゲンガーを使えばいいんだ。取り抑えられても元々の頭数は変わってないから人的損失もない』

『成程。それは名案だ』

 齊藤ゲンガーが出張ってくれるならそれに越した事はない。彼だけは確実にゲンガーがついているので朱莉も納得してくれるだろう。



 俺はレイナを守りたいだけなのに、何でこんな孤独な戦いを強いられなければならないのか。

 

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