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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
狂真サークル

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30/173

器と印


『レイナ、大丈夫なのか?』

『うん。平気』

『あまり無理はしないでほしいな。風紀管理部の部長は私達には務まらないから』


 協力関係を悟られる訳にもいかないので適当にデートを切り上げた俺達は家でレイナを巻き込んでのグループ通話で暇を潰していた。厳密には朱莉と二人きりで他愛もない話をしていた所に飛び入りで参加した形だが、ついさっき傷ついた友人を邪険にする程俺達の仲は険悪ではない。

 むしろ人数が増えた分使える話題が増えて単純に盛り上がったまである。レイナにとって今度の事件はトラウマになったのだろう、言葉の端々から触れたくなさそうな雰囲気を感じたので努めてそこには触れないようにした。


『しかしずっと思ってるんだけど。レイナはどうして教室じゃ無口なんだ?』

『喋る相手が。いないから』

『僕だって匠君が居なかったら地蔵だったと思うね』

『お前は喋るの好きだろうが』


 少し会話のテンポは遅いものの至って普通の女の子なので、もっと会話するようになればモテるのだろう。生粋の恋愛脳たる俺だから一々気にするのであって、或は本人にとってモテなどどうでもいいのかもしれない。


『聞いて良いか。分からないけど。匠悟』

『俺?』

『美子とは。何処まで。したの?』


 とぼけるのは無しか。

 銀造先生が参加してくれたら俺の味方をしてくれたかもしれないが、女性二人に男性一人。多勢に無勢。朱莉も少し気にしている風だったし、ここで俺が口を噤んでもそれは問題を先送りにしているだけでいつかは吐かされる可能性が高い。

 

 ―――『他人事』だからって割り切るのは無理だよな。


 俺は、この考え方が特別なものだと知っている。それこそ他人にまで強制する気はない。


『デートは結構したし、間接キスもやったな。それ以外は何も』

『清廉。潔白』

『なんか冤罪でもかかってそうな言い方はやめろ。確かに俺はがっついてるって言われても仕方ないが、三年生の春になってようやく交際出来たんだぞ。単純に期間が足りないと思わないか? 俺はステップを飛ばせるような肝の据わった人間じゃないしな』

『でも君、僕の記憶が正しければ昔は胸の大きな女性が好きじゃなかったっけ。お世辞にも美子はその……大きくなかったよ』

『好きなタイプと恋って違うんだぜ? お前達も恋をしたら分かるよ。自分が好きな範囲から外れてても、例外的にその人の全てが愛おしくなる。俺の場合はほぼ一目惚れ……ノート貸してくれたのが原因だったっけ。まあ何でもいいんだ。これは感覚でしか理解できないと思ってるから』


 それにお前よりは絶対にあったぞ。

 想像で言っておいて、衝動を抑え込む。


『私も、恋したいな』

『したいって言って出来る物かどうかは議論の余地があるな』

『ソースは君』

『あー……一本取られた。まあ最初は気持ち悪がられたっぽい俺よりもお前は美人だからそう思えばすぐ出来ると思うぞ』

『はぅッ。そんな。簡単に行くとは。思えないわ』




「弟君。出かけるよ~」



 うまくターゲットを俺からレイナに誘導出来たと思った瞬間、部屋の外から姉貴が声を掛けてきた。今日が外食という話は聞いていないが、無視するのは良心に響く。通話のマイクをオフにしてから壁越しに返答した。

「何?」

「救世人教をどうにかするなら今の内から動く必要があるの。だから一応誘っとこうかなって。来たくないなら勝手に行きますよー」

「あー」

 楽しい時間は終わりか。

 レイナを助ける為に必要なのは雑談ではなく行動だ。再びマイクをオンにすると、申し訳なさそうな声音で二人に発信する。


『すまん。抜ける』

『君、予定ないでしょ』

『誰かと。デート。だったりして?』

『ああ、姉ちゃんと外食。つまりレイナは半分正解だ。すまんな』


 引き止められてやいやい言われるのも困るので直ぐに通話を終了させた。部屋から出ると、薄い迷彩の入った外套を羽織りながら伏し目になって俺を待っていた。

「何処に行くんだ?」

「それはお楽しみ。オカルトライターとしての仕事も兼ねてちょっと気合い入れたんだ。危ない事は何もないと思うから弟君も巻き込んじゃう。それにしても弟君は嘘が下手だよね」

「ほっといてくれ」

 半ば強引に俺の手を取って姉貴は外へ飛び出した。血の繋がった家族とはいえこの年齢で姉貴と手を繋ぐのは物凄く恥ずかしい。『他人事』と割り切ろうにも手を取って伝わる体温がどうしようもなく自覚させてしまい、割り切るのにも時間がかかった。

 変な事じゃない。『他人』から見れば仲の良い姉弟なだけだ。

「弟君、家に帰った時今日持ち帰った情報全部話してくれたよね」

「ん。そういう約束だしな」

「ゲンガーの件は触れないとして、気になった事がある。どうして今の教祖様は器だの印だのと言い出したのかって話」

 何が言いたいのか分からなかった。それを言い出した理由なんて俺達には関係ないし、ゲンガーに関与しているとも思わない。沈黙で答えを返すと姉貴が苦笑を挟んで続けた。

「分からないか。じゃあ敢えてゲンガーの話を絡めよう。もう一人の自分が正反対の事をしてるのは分かったけど、その理由は何だろうね」

「侵略の為とかだろ?」

「侵略に関係ある? もし信者を手駒にしてテロリストになりたいならもっと単純で良いんだ。器とか印とか、全く別の教義で自分たちを縛る必要はない。よね」

 ……そう言われると、確かにおかしな話だ。

 まるでなり変わりというよりも宗教の乗っ取り自体が目的になっている様な動き。何処からあの悍ましい教義を持ってきたかは定かじゃないが、ゲンガーの思惑は本当に読めないものばかりだ。しかしながら根本的な問題は何も変わっていない。

 

 何の意味があるのか。


「それとこれとどう関係があるんだ?」

 教義が変わりました。ではこれが救世人教を止める事と繋がるでしょうか。答えは否だ。オカルトライターとして起源は徹底的に調べたいのかもしれないが、姉貴の仕事に俺を巻き込まないでほしい。俺は飽くまでレイナを助ける為に関わるのであって、それ以外はどうでもいいのだから。

「残念ながら大いに関係あるよ」

 しかし、姉は頭を振ってそれを否定した。

「洗脳ってさ、万能魔法じゃないんだ。妄信と言ってもそれなりの筋がある。信者が教祖を信じるのは教祖に救われているからだ。その教義を取り下げて新たな教義を掲げるのは裏切りに他ならない。一貫性の原理と言ってね、やはりどんな人間にしても一貫性がない発言や思想は支持されにくい」

「だから一体何の関係が……」




「変わったのは、本当に教祖だけなの?」




 人気のない道を懐中電灯もなしに平然と突き進む姉貴は頼もしくもあり、ちょっぴり恐ろしくもあった。筋金入りの怖いもの好きなのは知っているが、それにしても動じない。暗闇は少なからず人が恐怖する根源であるというのに。

 姉貴の記事は読んだ事もあるが、そのどれもこれも現実的とは言い難く、悪い夢のような理不尽な話ばかりだった。昨今は真実であってもデマや捏造や陰謀論のレッテルを貼られる事が多いが、俺は姉貴を嘘つきなどとは思っていない。彼女がオカルトライターとして食っていけるのは俺みたいな人間が多いからだろう。

 体験した出来事は非現実的であっても事実ではある。例えばクラシックを聴きながら人を殺せる人間の存在が確定したように、時として現実は空想を上回る。姉の話は現実的ではない。何故なら現実そのものでしかなかったから。

 普通の人間にしてはあまりにも修羅場を潜り過ぎた結果がこれなのかと思うと、やはり恐ろしい。きっとそれは、俺には理解出来ない領分だから。

「心当たりがあるんだよね。その教義に。調べたら、十年以上前に死んだ凶悪犯罪者がそういう信条を掲げてた」

「救世人教ってそんな前からあったのか?」

「無かったと思うよ。取り敢えず今向かってるのはその凶悪な犯罪者が使ってたとされる廃墟ね。『人食いハウス』なんて呼ばれてるから誰も近寄らないよ。だから幾らでも荒らし放題」

「え……それは危ないんじゃないか? 人食いハウスの由来は知らないけど、超常現象が起きたりしたら……いや、起きなくても廃墟は危険だけど」






「だから私が居るの。安心しなさい、お姉ちゃんが守ってあげるから」




 

 

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