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ドッペルゲンガーにアイはない  作者: 氷雨 ユータ
アイを知りたい神の子

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ウツセの嫁入り

 いつの間にか眠っていた様だが、恐れる物は何もなかった。

 ゲンガーとして追われていた時も外で呑気に昼寝していたが、あれはゲンガーとの戦いに疲れていたからで、今回とは訳が違う。何処が違うかと言われたらここは立ち入り禁止の場所ではないし、外の世界とはルールが違う。

 死の概念が存在するくらいでルールが違うなどとは大げさな。半年ほど前の俺ならそう思ったに違いない。実際はそれ以上に大袈裟というか馬鹿げてる死の否定が蔓延った事でこの村の外は大変な事になっている。出会った中の住人は誰も彼もその価値感に染まっていなかった。出稼ぎに行くなら嫌でも触れてしまうだろうに、よくもまあ染まらない。

 それとも自己像信仰に異端の自覚があるからこそ他の価値感には慣れ合わないという確固たる意思でもあるのか。

「ああ、やっと起きた」

 アイリスを股の内側に抱きしめながら眠っていた俺を見つめていたのは、まだ記憶に新しい顔だ。その目付きはどこぞの青義先生を彷彿とさせるが、何故そうも鋭くなっているかと言えば隈が原因なので、目付きというより寝つきが悪い可能性が浮上している。

「えいゆうさん」

「ははは。そう呼んでくれるか。うんうん。私は鳳先生やひーちゃんと違って活力がないけどね。名前くらいは強気でいたいものさ」

 その緩慢な喋り方を聞いていると二度寝をかましそうだ。暮れなずむ空を見るに今は夕方。下手すると次寝たら一日経過している可能性がある。この村における三大ルールを初日から破るなんて論外だ。名莚以前の問題である。

「歓迎会とやらに鳳先生が来てくれたから私達も同伴出来たよ。それで聞けたんだけど、君は元々この村の出身なんだって?」

 飽くまでアイリスを無視するのは、彼女が見るからに眠っているからだろうか。少し狡さを感じているが、最高の抱き心地とトレードオフだと思えば許せる。

「そうですけど、そこにいたなら分かるでしょ。俺は嫌われてるんですよ。名莚家で男として生まれたせいですけどね。だから俺なんかと仲良くしたら嫌われるかも」

「それは問題ないよ。私達は所詮部外者だからね。嫌われても仕事が出来ればそれでいいさ。今回は鳳先生の密着取材でここに来たけれど、記者としての性なのか管神について知りたい気持ちもある。どうだろう。教えてはくれないかな?」

「他の人に聞けばもっと詳しく教えてくれるでしょ」

「仕事上、どうしても突っ込んで聞きたい事だってあるんだ。私達はここに三日ほど滞在してるけど、ウツセミ様への信仰を毀損しかねない様な質問には良い顔もされないし答えてもくれない。君はどうだろうね。名莚匠与君」

「その名前で呼んでいいのはお姉ちゃんだけです。お願いですから名前だけで呼んで下さい」

 しかし、この人の着眼点には目を瞠る物がある。俺とお姉ちゃんは一度この村を出てウツセミ様への信仰心を捨て去っているから、信仰心に関わる様な質問やウツセミ様の存在そのものを否定する様な質問にも抵抗はない。何せここは科学なんぞよりも沼の水面に映る自己像が崇められる場所だ。ゲンガーの影響がなくとも、こっちはこっちで異常が蔓延っている。

 アイリスはまだ眠っていた。起きている時間を少々長引かせたのが原因だろう。不自然に軽い彼女を真上に投げ飛ばしてみるもやっぱり起きなかった(体感四キロくらい)。

「……いつまで滞在するんですか?」

「鳳先生の気が済んだら引き上げるよ。良い返事は期待しても大丈夫かな?」

「良い返事と言うか。知ってる事なら話しますよ。ただ―――」

 もう一度空を見上げる。



 ()()()()()()()()()()()()()()()()()



「こんな所に居ましたか。英雄さん」

 軽く息を切らせながら現れたのは噂の鳳鳳先生だ。廊下が狭いから大きく見えるだけだと思っていたが、勇に負けず劣らずの長身は遠近感を加味しても作家とは思えない威圧感がある。全くの偏見だが作家というよりはスポーツ選手と言ってくれた方が納得のいく精悍な顔立ちだ。

()()()()()()。もう部屋に戻ってください」

「何だって? 予報では数日雨の心配なんて」

「密着取材の条件は僕の言う事に従う、でしたよね。詳しい事は雨が上がった後で。明日の朝には間違いなく止むでしょう。今はとにかく猛ダッシュです」

「……ふむ。気になるなあ。でも、私は失礼するよ。じゃあね匠与君」

 二人は間もなく引き上げてしまった。雨に浴びてはいけないという決まり事はないが彼の言う通りだ。俺達も避難しよう。ただしアイリスは全く起きる気配がないので、このまま運んでいくしかない。隣同士の住居で良かったとこんな事では思いたくなかったのだが。

























 雨が降りだすまでには猶予があったものの、何とか準備も済ませて、俺はベッドに倒れ込んだ。一体誰なんだウツツセ沼の水を桶で組んで内側に置けなどと言った輩は。ランタンはその場にあったから何とかなったが、本当に大急ぎで二人分を汲んできて……零さなかった俺は天才かもしれない。

「…………荷物」

 車に置いてあった荷物が届かない。仕方ないのだが、どうしたものか。ここでは携帯も使えないからお姉ちゃんに話を通すのも不可能。というか全員、家の中に閉じ籠って今日は出て来ない筈だ。

 雨の降る日はウツセミ様が沼から動き出す日。

 だから引き籠って、邪魔をしない。雨が止めばウツセミ様は満足してまた沼に帰る。幽閉されていた頃、俺はそんな風に教わった。鏡の前に立って髪の毛を整えると、じっと己の瞳を見つめながら俺は声を発した。



「そうですよね、ウツセミ様」 


 

 そこに映るのは俺一人。ギリギリ顔が映るくらいの鏡にそれ以上の何を求めようか。しかし鏡の俺はにやりと笑って、愉しそうに己へ語りかけてきた。

『ようやくお気づきになられたか、名莚の子よ』

 俺が嫌われている理由は。名莚家の長男だからという理由の他にもう一つある。


 名莚匠与はウツセミ憑きだ。


 お姉ちゃんも含めて管神の住人はウツツセ沼に映る像をこそウツセミ様だと思っているし、何かお願いをしようとする時はやはりあそこに足を運ぶ。しかしウツセミ様に憑かれた俺だけは鏡があれば何処でも会話が出来る。それは管神に限った話ではない。あっちの家でも可能だった芸当だ。記憶を封印されていたお陰でそんな日は来なかったが。

 凄く、懐かしい喋り方だ。神様の癖に何故かこちらを敬ってくれるから、当時の俺はそれだけで心を許していた。

『六年と少しばかりの歳月は、中々退屈でありましたな』

「名莚の名を捨てていたもので」

『では致し方なしと。して、此度はどんな用件であらせられましょうか』

「この雨は貴方が関わっているんですか?」

『愚問であらせられよう、名莚の子。()と蜜月を重ねていながら、その物言いは不敬にあたりますぞ?』

 この神様は、本当に不思議だ。自分が崇められていると自覚しているのにこちらを敬ってくる。鏡に映る自分は紛れもなく名莚匠与だが、決して俺ではない。



 なんか、ゲンガーみたいだな。



 自分だけど、自分じゃない。

 本物だけど、本物じゃない。

 偶然だろうか。

『雨が上がれば嫌でも理解する事になられましょう。それまではどうか何も聞かずに。代わりに色々と手助けさせて頂きましょう』

「貴方にそんな事が出来るんですか?」

『我は人ならざる人の影法師ですぞ? まして此処の住人の行いであれば不可能もございませぬ。さあ、今は床に就かれよ。その夢見は決して邪魔はさせませぬ。我だけが、我だけのモノゆえ』 

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― 新着の感想 ―
[気になる点] 人ならざる人の影法師...ねぇ? [一言] わーい。おそらまっかっかだ
[良い点] 赤い空に雨、もしかして:siren 鏡の人ゲンガーの元締めかと思いました [気になる点] さりげにアイリスといちゃついてますね 山羊さんはどうするんだよ!
[気になる点] 「人ならざる人の影法師」ってゲンガーの表現じゃ... [一言] 天倉鳳鳳、村にいたらはぐれそうな名前ですね。 全然田舎ラブコメできそうにないのは気の所為ですか...?
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