タダ働きなので待遇改善を求めて抗議したら、精霊達から「破壊神」と怖れられています。
「国を出るだと!? この恩知らずがっ」
「そうよ! あなたは黙って今まで通り、結界を維持してればいいのよ!」
「わたしはもう、聖女じゃありませんから」
そう言った瞬間、言い募っていた大神官や新たな聖女が青ざめた。その様子に、アガタを馬鹿にしていた面々が戸惑う。
今までなら残るよう言われたら、むしろありがたく思って頷いただろうが――前世の記憶が戻った今となっては、頷く理由も義理もない。もう故郷に両親はいないが、逆に心置きなくこの国を出ていける。
……前世の記憶が甦るくらい、辛い目にあったのは今から少し前のことだ。
※
聖女とは精霊の声を聞き、その力を借りて結界を張り巡らせ、国を守護して精霊の加護を示す存在である。
そしてこの国では、聖女が現れたら王族と結ばれることになっていた。それは、平民から選ばれた聖女・アガタも例外ではなかった。
……宰相の娘が、新たな聖女として認められるまでは。
「聖女アガタ……貴様との婚約を破棄し、新たな聖女・マリーナを我が妻とする!」
この国に、誕生日はない。新しい年になると、一つ年を取るという考え方だ。だからこそ毎年、年が明けた日は家族で祝い合い、翌日に身分によって規模は違うがパーティーが開かれる。
それ故、王宮でも今夜、新年を祝うパーティーが開かれていたのだが――国中の貴族が集められた場での、婚約破棄。しかし王太子・ハーヴェイの発言に対して会場内は驚きではなく、やはりという雰囲気になった。いや、雰囲気だけではなく実際、口に出していた。
「よし、認めよう」
「マリーナは、侯爵家の令嬢ですもの。次期王妃の座も、安心して任せられるわ」
事前に話が通っていたのか、国王と王妃は王太子の突然の宣言に白々しく頷き。
「多少は精霊の加護があるようだが、その声を聞けぬ出来損ないなど、聖女にも殿下の婚約者にも相応しくない」
「マリーナ様がいるのなら、もう平民など必要ないだろう。さっさと城を出ていけ!」
「まあ、皆様。流石に、追い出しては可哀想ですわ……わたくしの従者として、これからも共に国を守りましょうね」
「ええ、僅かとは言え、精霊の加護を受けていますからな」
貴族達の嘲りに対して新たな聖女であるマリーナと、マリーナを聖女として任命した大神官が恩着せがましくそう言った。
肩書きこそ『聖女』で『王子の婚約者』だったが、アガタは国を守る結界こそ張れるが、精霊の声が聞こえない『出来損ない』で。仮にも婚約者なのに、貴族としての教育も受けず。ただ城の奥で、結界を張り続けるだけだった。
もっとも、それは当たり前だとされていた。本来ならアガタが聖女に選ばれることなどなかったが、先代の聖女が急に亡くなったのでたまたま、次の聖女が現れるまでの繋ぎとして選ばれたと聞いていた。この国では、十六歳になると精霊の加護を得ているか調べられる。大抵は神官となるのだが、宰相家からは以前も聖女が出ていた。万が一を考え、表立っては口にされていなかったが、マリーナが聖女になるのはほぼ確定と言われていたのだ。
……そこまで考えて、アガタはふと引っかかった。
(えっ? 白々しく? 恩着せがましく?)
出来損ないの平民と馬鹿にされ続け、魔物や敵が入って来ないよう結界を維持しても感謝などされず。逆に出来損ないだから、出来ることをするのは当たり前だと言われた。
だが、今までならただただ申し訳なく思い、むしろ僅かでも出来ることがあるのなら喜んでいた筈だ。それが今は、全くそう思えない。
(……これって昔、ブラック企業に勤めて罵倒されながら酷使されて、体壊した時と同じじゃない)
そう、茶番劇で晒し者になったショックからか、今のアガタには前世の記憶が甦っていた。
主の人格は変わっていない。けれどその記憶のおかげか先程、少なくとも二人がおかしいことを言っていると気がついた。
(マリーナ様と大神官様……何でわたしをまだ、この国にいさせようとするの?)
現世でも、出来損ないだ繋ぎだとずっと貶められていた。
だから、先程の貴族達のように追い出そうとするのなら解る。現に体調を崩して入院すれば、下手に騒がれて訴えられたくなかったのか、退職手続きを取ることが出来た。
……結果、地元に帰って家の定食屋を継ぎ、明るく優しい妻子を得て大往生したのは余談である。
話を戻すが、労働力というメリットより訴訟というデメリットが勝ったので、無事退職出来た。
けれど新たな、しかも他の神官のように貴族の血を引く(そもそも、精霊の加護を得るのは貴族なのが一般的なのだ)聖女が現れたのに尚、引き留めるとなると――アガタが、まだ必要だということだ。
(もしかして……)
ふと、ある考えが浮かぶ。
無事に国を出る為にも、確かめておこう。そう思い、アガタは口を開いた。
「……いえ。わたしのような出来損ないはこれ以上、皆様のお目汚しにならないようこの国を離れることにします」
そう言って踵を返し、パーティー会場を後にしようとして――結果、冒頭の状態になり。アガタは、自分の考えが正しかったことに気づいた。
(わたしが出来るのは、結界を張って維持すること……今までは散々、馬鹿にされてたけど。もしかして、一人で結界張り続けたのって結構、すごいことなんじゃない?)
……考えてみれば、精霊の声が聞こえないのに結界だけ張れるのはおかしい。
そもそも平民で、精霊の加護自体がよく解っていなかったので、出来損ないと言われたのを素直に信じていた。だが精霊の声が聞こえる二人が、あれだけ動揺するということは。
「だったら、今までの報酬を払って貰えますか?」
「えっ?」
「今までは、最低限の衣食住を保証されていましたけど……本来、国防を担っていたのにそれだけなのっておかしいですよね? だから今までと、これからの報酬を下さい。まずは今までの報酬を、今すぐ払って下さい」
「……これだから、平民はっ!」
「金の亡者なの!?」
「平民ですし、霞を食べては生きられませんから……でも、駄目なら仕方ないですね」
大神官とマリーナは今までのように馬鹿にして、言うことを聞かせようとするが――今のアガタには、痛くも痒くもない。
そして正直、頷かれるとは思ってなかったのでこれは単なる時間稼ぎだ。
(結界……壁が出来るんなら、精霊で乗り物を作ることも出来るんじゃないかな?)
そう思っていたら、アガタの横に前世の物語で見たグリフォンが現れた。地面を走ったら遮られそうなので、空を飛ぶものを考えたらこうなった。
「愛し子様、お乗り下さい。我々は、愛し子様に従います」
「え? 精霊? へぇ、こうすれば話せるのね……あ、交渉決裂なので失礼します」
「ま、待てっ……いえ、お待ち下さいっ」
「あなたがいなくなれば、結界が……この人でなしっ、破壊神ーっ!!」
「何だと、どういうことだ!?」
「大神官に、聖女……マリーナ! 説明しろっ」
グリフォンの背に乗り、一応は気を使って窓と壁を壊して飛び去ると、パーティー会場は阿鼻叫喚となった。
※
「破壊神とか、言われてるけど?」
「あれは、愛し子様の力を恐れた下級の者の悪あがき故、お気になさらず。愛し子様は我々の声など聞かず、ただそのお心のままに」
「そう? ……うわぁ」
グリフォンと話していたアガタは、パーティー会場から興味を失って顔を上げ――途端に、目に飛び込んできた満月に見惚れた。
……かつて、皆に馬鹿にされながらも結界を張り続けていた時。
そして、現世の両親が流行り病で亡くなったのに帰れなかった時も、窓の外の月だけはアガタの心を慰めてくれた。
(もっと近くで、あの月を見たい)
そうアガタが思った瞬間、彼女の願いに応えるように結界は消え失せて――夜空を高く高く上昇したグリフォンの背で、アガタは月光の眩しさと美しさに目を細めた。