『後味の悪い事はしない主義で』
その日の休暇はアレクと一日家で過ごした。
私の為に買ってくれたらしい絵本を読んでもらったり、『ハレ』という、日本でのチェスと似た遊びを教えてもらい遊んだりした。この世界で、初めてのお菓子も食べさせてもらった。
それで私は思ったんだけど、遊び道具を買い過ぎでないだろうか。
多分?貧しい我が家でそんなにお金を使う余裕はないと思うんだが。しかも全部私のものだし。
これは本気で役立たずの穀潰しになっている。私の焦りは倍増した。
やばいよ!やばいよー!
という事で、決行しました!名付けて『アレクの後をつける作戦』!
現在尾行中です。アレクに気づいた様子はありません。
あの超絶有能アレクが、です!私、忍者に向いているのでは?
私がそんな風に一人で悦に浸っていると、アレクが突然角を曲がったのが視界に入る。
(やばっ!)
私は慌てて後を追いかける。
気づかれないように数十メートル離れているから、見失ったら大変だ。だって私はここの地理なんて知らないから。迷子になったら終わる未来しか見えない。
ドッ
「きゃっ」
慌てていて、よく足元を見てなかったのが悪かったのだろう。私は角を曲がった所で何かに躓いて、盛大にこけた。
体重の軽い私の体は、そのまま少し遠くまで飛んでいく。
「いたた」
立ち上がろうとしたら、両手と両膝に血が滲んでいた。そりゃあ、あんな盛大なこけ方したらこうなりますよね。
私は痛いのを我慢して、ゆっくりと立ち上がる。
一体何に躓いたんだ?
そう思って振り返ると、そこには布の塊が転がっていた。
私は首を傾げて、それに近づく。いや、流石に布に躓いたくらいで、あんな遠くまで飛ばないと思うのだ。
近くまで寄ると、今度はそれが人の形をしていると気づいた。うめき声も聞こえてくる。
私は慌てて駆け寄ると、その布の塊?をそっと抱き上げる、のは無理だから、近くにしゃがんで話しかけた。
「ねえ、大丈夫?」
「………うぅ。だ…れ?」
布の塊の正体はアレクと同じくらいの緑髪の子供で、見るからに飢えていると分かる見た目をしていた。
私は昨日アレクに貰ったお菓子がポケットに入っている事を思い出し、慌てて探す。
「私は、エミリーっていうの。蹴っちゃってごめんなさい。これ、食べて。お腹空いてるんでしょ?」
(せっかく貰ったのに、ごめんなさい。アレクくん。)
私は心の中で謝りながら、見つけたお菓子を差し出す。
見た目はチョコレートのようなそのお菓子は、アレクから元気が出る食べ物だから一日一個しか食べちゃ駄目だと言われていた。
この世界では初めてのお菓子だから、少しずつ食べれるようにと取っておいたのだけど、この際仕方ない。
「…………」
だが腹を括った私と違って、子供はだんまりで手を伸ばそうとしない。
何故だ?
「ねえ、食べて。お腹空いてるんでしょ?これお菓子だよ。あげるから。」
「………いらない。」
「え、なんで?」
私は驚く。見るからに飢えてるはずなのに、拒否されてしまった。
「…仲間が、…小さい…子…いる」
「え?他に子供がいるの?」
まじか。お菓子は四つしかないんだぞ。どうすんの。
「何人?」
「…三…人」
どうやらギリギリ足りそうだ。良かった。
私はホッと胸を撫で下ろすと、改めてお菓子を一つ差し出す。
「なら、一つだけ食べて。四つあるから大丈夫。」
「……でも…」
「でもじゃない!食べるの!食べないとダメ!」
私はいい加減煮え切らない子供に焦れて、無理やり口にお菓子を突っ込んだ。
え?短気すぎる?
いや、だってこれは仕方ない。自分が飢えてるのに、他を優先するとか私的には有り得ない。自分の身が一番大事に決まってるでしょ。
逆によく我慢したって褒めてほしいぐらいだよ。
私は心の中で誰かに言い訳するようにそう呟くと、改めて子供を見る。
突然口にお菓子を突っ込まれてビックリしたのだろう。固まっている。
私は今になって突っ込むのはやり過ぎたかもと、少し反省する。まあ後悔はしてないが。
さて、いつまでもここにいる訳にはいかない。
アレクは当たり前だがもう居なくなっているし、この子供を置いていくのも何か後味悪い。
てか回復早すぎでしょう。もう起き上がろうとしてるんだけど。
私はあまりの回復速度に驚きながらも、起き上がろうとしている子供の背中を支えて、これからどうするかを尋ねた。
「これから仲間の所に戻るの?それなら私もいくよ。」
「え?そのつもりだけど。……いいの?」
「うん。お菓子をあげたいんでしょ?私が直接渡す。これは私のだからね。」
私は頷くと、まだフラフラな子供を何とか支えながら立ち上がらせる。
お、重い。ねぇ、本当に餓死寸前だったの?体格が違いすぎるとはいえ、重すぎない?めっちゃ辛い。
「ありがとう。えっと、エミリー?」
「う、うん。」
「僕はグレイだよ。ごめんね?重いよね。体中が痛いんでしょ?」
グレイが苦笑いで謝ると、私にかかる体重量が少し減った。
え、バレてる。確かに転んだときの傷が痛かったけど。顔には出してないはずなのに。
私は何故バレたのかと少し驚く。
それが表情に出ていたらしい。グレイは少し笑って教えてくれた。
「だって、エミリーは顔に出てるもん。分かるよ。」
「え?うそ!」
前世では感情を隠すのは得意だったはずなのに、どうやらこの体では表情は隠せていないらしい。
それはめっちゃ不便すぎる。私は困ったなと思いながら、誤魔化すように笑った。
「教えてくれてありがとう。グレイくんは紳士だね。色々と精一杯なのに気を使ってくれるし。」
「え?そうかなあ。そういうエミリーはまだ小さいのに大人みたいだよね。」
ドキッ。
私はグレイの確信をつく言葉に、体を強張らせる。
流石に子供にしては不自然だよね?だってこの体、ニ・三歳ぐらいだもん。
私は自分のあまりの迂闊さに、自分自身を罵りたい気持ちになった。
そんな私をどう思ったのだろうか。グレイがフォローするように言葉を続けた。
「あ、でも小さいのにしっかりしているのはいい事だよ。特にここではね。小さ…子…は……でさ………にや…………か…ね」
「え?今なん」
「あ!家に着いたよ。」
最後の方が全然聞き取れなかったから聞き返そうとしたのに、もう目的地に着いてしまったらしい。
私は少し気になったが、それは後から聞こうと思い直し、アレクの家だという場所を見上げる。
「……うわあ。まじか。」
そこは家とは呼べないような、倒壊寸前のあばら家だった。
三・四歳→ニ・三歳に変更しました