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『始まりの鐘は突然で』

 終わりと始まりは、どちらも突然に訪れる。その理不尽に愚痴を言いながらも、受け入れるのが人間だ。


 斯く言う私もその一人。


 でも、それにも限度と言うものがあると思う。流石に問答無用で異世界に飛ばされるのを受け入れるの無理だろう。




 まあ私が何故こんな話をしているのかと言うと、


――遡ること今から四日前




「う、うぅーん?」


 顔に当たる太陽の光。いつもと違うその感覚で、私は薄く目を開けた。


「んぅ?…まぶしぃ」


 てか私の部屋カーテン閉めてるから太陽の光とか当たるはずないんだけど。


 ――ん?私の部屋にカーテンってあったっけ?


 ふと頭に浮かんだ疑問。


 それについて考えようとした私は、次の瞬間もっと重要な事を思い出す。

 

(あ!今何時?学校遅刻する!)


 これで遅れたら、高校入学一ヶ月にして遅刻回数十回目になってしまうのだ。今でも十分悪いのに、二桁じゃもっと内申に影響する。


 私は慌てていつものように枕元のぬいぐるみを退けて、スマホを取ろうとして、ふと視界に入った光景に身体を強張らせる。 


(やばいわ。ここどこ。)


 私は寝起きでよく働かない頭を使って、この状況の答えを探す。


 寝ぼけすぎていて気づけなかったが、私が寝ていたのは大人が三人は入ったらぎゅうぎゅうになるような狭い部屋だった。


 しかも壁も床も板張りで、所々にはよく分からない汚れやシミが目立っている。窓も一つだけあるが、閉まっていて外が見えない程に汚れている。


 そんな部屋の中央に薄い布を敷いて、その上に私は寝ていたらしい。


 唯一の救いと言えば、埃が見当たらない事だろうか。見た感じ、誰かが掃除しているらしい。



 まあそれはありがたい。ありがたいのだが、この際はっきり言おう。


 埃なくてもめっちゃ汚い。


 私は基本的に虫は平気だが、Gが付くアイツだけは駄目なのだ。


 だからこんな、いかにもいそうな所でいつまでも寝てられない!


 私はやっと回り出した頭でそう結論付けると、慌てて立ち上がった。


 いや、立ち上がろうとした。


 けれど思うように身体が動かない。今ここに至ってその事を認識した私は、恐る恐る自分の身体を見下ろした。


(え、やっぱり身体が縮んでる。何これ!?)


 あまりの衝撃に呆然と立ち尽くしていた私の耳は、外から聞こえてくる足音を捉えた。


(やばい。こんなことしてる場合じゃなかった!誰か来たよ!どっかに隠れなきゃ!)


 私は慌てて部屋を見回す。


(って、ここに隠れるとこなんてあるわけ無いじゃん!馬鹿かわたしは!!)


 私がそんな風に一人であわあわしていると、部屋の中に小さな男の子が入ってきた。青色の髪と瞳をした美少年だ。


 その姿を見た私は、つい正直な感想をもらしていた。


「うわあ。きれい」


 言った後にはっと口を押さえる。

 やばっ!心の声が口から出た!今の聞こえた!?

 私はドキドキしながら男の子の様子を伺う。だが予想に反して、そこにあったのは輝かんばかりの笑顔だった。


「目が覚めたんだね!」

「えっ」


 男の子はそう言うと私を突然抱き上げた。流石にいきなりの事で、反応できずに私は目を白黒させる。


「心配したんだよ?ずっと目を覚まさないから。」


 男の子は私の様子など目に入ってないらしい。


 心配したんなら、今の私もちゃんと見てよ!


 私はそう思ったけど、口には出さず心の中に押し留めた。今はこの状況を把握する方を優先したかったから。


「あの、ここは?君は誰?」


 私はずっと気になっていた事を最初に聞いてみる。そしたらまるで、記憶喪失の人みたいな聞き方になってしまった。


 あれ、この質問の仕方はおかしくないか?

 私は未だ抱き寄せられたままの体勢から、男の子の顔を見上げる。


 あ、大丈夫っぽい。


 満面の笑顔を浮かべている男の子を見て、私はそう判断する。


「ここは僕らの家。僕はアレクだよ。よろしくね。」


 アレクは私の質問に短くそう答えた。


「あ、はい。よろしく。」


 私も咄嗟に挨拶を返す。


「あ、そうだ。君の名前を教えてもらってもいい?あと、まだ寝てなきゃ駄目だよ。ほら、横になって。」


 男の子―アレクは突然そう言い出した。

 というか、抱き上げたのはアレクでしょ!

 私は少し納得いかない気持ちになりながらも、嫌だと突き放すような事ではないので、言われた通り大人しく横になる。


 寝る場所に関してだけは少し抵抗があったが、それは直ぐに変えられるものではないだろうから仕方ないと諦める。


「えっと、アレクくん?だよね。私はね、私は………あれ?私はなんだっけ?」


 私は隣に座って何かしているアレクに話しかけるが、途中で自分の名前を思い出せない事に気づいてしまう。

 私の言葉に、アレクも作業の手を止めてこちらを見た。


「え?なんで?私、わたしは……」


 混乱とショックで回らない頭を必死に回らせて記憶を思い起こす。


 普通、自分の名前がわからないなんて有り得ない。不意に湧き上がった恐怖に私は震えた。


「お、ぼえてるんだよ?」


 誰に言い訳しているかも分からないまま、必死に記憶を探す。でもどの記憶でも、私の名前は靄がかかったように思い出せない。しかも自分だけでなく、家族や友人の名前、顔や姿も思い出せない。


 これは普通じゃない。


 私は自分の身に起こっている何かに恐怖を感じて、更に酷く震え上がり、ついには泣いてしまう。


 だが、ここにはそんな恐怖に震える私を抱きしめる存在がいた。  


「大丈夫。大丈夫だから。君には僕がいる。」


 怯える私を包み込むように抱き締めてくれるアレク。私はその温もりに、必死になって縋り付く。


 そんな私を安心させるようにアレクはゆっくりと話しだす。


「僕はずっと一緒にいるから。絶対に離れないから。」

「うん…」

「ずっと守ってあげるから。」

「うん」

「名前が思い出せないなら僕が名前をあげる。家族が欲しいなら僕と家族になろう。」

「うん」

「本当にいいの?いらないって言われても、絶対に離れてあげないよ?家族になるんだから。」

「ふふ。うん、いいよ」


 私は全力で私を励ましてくれるアレクに温かい気持ちを抱く。


 まだ整理はしきれないし、少し怖い気持ちもある。だけど、こんなに必死になっている子供がいるんだから、精神年齢(多分)大人な私が流石にこのままではいられない。


 ああ。でも、今だけは。


 精神年齢はともかく、見た目は子供なのだから暫くは幼女として過ごすのも良いかもしれない。


 私は心の中でそんな事を考えながら、襲ってきた睡魔にそのまま身を委ねた。


 明日からは頑張るから。今日くらいはこのままで。




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