『あの子の知らない物語』
空を闇が覆い、大雨が降っていた日。
雨音に紛れるように黒いローブを着て走っている男が一人。
男は大きな袋を背負い、必死な様子で港へ向けて走っていた。
港についた男は端にある小さな船の呼び鈴を二度鳴らす。すると、一人の大男が出てきた。
大男は男の持っていた袋を受け取ると、直ぐに船の中へと戻っていく。
男はそれを確認すると、船を見送る事なくそのまま何処かへ去っていった。
それから数十分後。
大雨の中、人知れず一隻の船が出港した。
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少年は理解していた。自分が売られたのだということを。
だが少年は絶望していなかった。
家に帰ると決めていた。それに何より、少年にとって唯一の守るべき子を見つけたから。自分より幼いその命を守ると誓った。
だから奴隷船が嵐で沈没した時もその子を抱きしめて必死で泳いだし、自分が死ぬと思ってもその子を助ける為の方法を必死で考えた。
まあ結果的に、今の自分の力ではどうしようもないと思い知ったが。
少年は今でもその光景を鮮明に思い出せる。力及ばず失いそうになった自分の小さな主が、何か恐ろしい力で守られていた光景を。
でもその光景に少年は畏怖は抱けど、恐怖はしない。
するのは弱い自分に対する失望だけだ。
だから少年は何時までも待ち続ける。
風の都のスラムへと辿り着いて一週間。何時までも目を覚まさない、自分の小さな主を。