完璧な母親の矛盾
「正人に嘘はつけない」
その言葉に優和は驚いていないようだった。
また言葉を選んでいるのか。
その姿にも腹が立っていた。
まるで自分にちゃんと伝わっていないからとでもいうような態度だ。
完全に明美を馬鹿にしている。
腹が立つ。
「何て言えばいいのかな」
優和は、どんな時も冷静だ。
でもそのいつもの態度が明美のことを馬鹿にしているようにしか見えなかった。
明美は腹が立ってしょうがなかった。
「正人はそんなんじゃないと思うよ」
明美はできるだけ穏やかに言ったつもりだった。
優和は微笑んでいる。
明美の気持ちを宥めようとしているのか。
まるで子どもをあやしているようだ。
馬鹿にするな。
明美は気持ちを宥めようと、先ほど飲み終わったカップを洗い場に持って行った。
優和のせいだ。
明美は確信した。
優和のせいで、正人は父親としての自信をなくしたんだ。
「明美の気持ちはわかるよ」
分かったようなこと言うな。
明美は優和のまるで調子を崩さない大人な振る舞いに余計馬鹿にされているような気がした。
「勇君が可哀そう」
しばらく部屋の中に沈黙が続いた。
明美は無言でカップを洗っていた。
洗い終え、ダイニングテーブルの先ほど自分が座っていた席に座った。
目の前に座る優和を見た。
優和も明美を見た。
「正人が可哀そう」
優和は自分の荷物を持っていたが、まだ勇が寝ていたため、帰るに帰れないようだった。
明美は勇を起こして帰ればいいと思っていた。
それも完璧な母親である優和にはご法度なのか。
でも明美は優和の言動に矛盾があることに気づいていた。
子どものためといいながら、なぜ正人に連絡をしていたのか。
「なんで正人に連絡したの?」
優和の目が泳いだ。
明美はその姿を見て、一瞬のうちに優和の気持ちを見抜いた。
優和はまだ正人のことが好きだ。
無理やり子どものことで理由をつけて諦めようとしているだけなんじゃないか。
というよりも本当は子どものためというよりも、全部自分の正人への気持ちを隠すためなんじゃないか。
「それは勇が」
優和が言いかけた言葉に明美の言葉が被さった。
「それだけじゃないでしょ」
優和は本当に驚いているという感じだった。
明美が優和の気持ちに気づいていないとでも思ったのか。
それとも優和自身が自分の気持ちに気づいていなかったのか。
そこにいるのは完璧な母親ではなく、一人の女だった。




