260話 報告と望み
sideダーキンス
ダーキンスは、ある姉妹の借金を返して貰うために行かせていた男からの報告を聞いていた。
「も、申し訳ございません……」
「貴方は、たかが小娘にも後れを取ったと?」
「ち、違います、ダーキンス様!」
「それに、任務中に居眠りをしていたと?」
ダーキンスは、手元にある報告書に目を通しながら言う。
報告している男の名は、ジーゼン。ハクからの殺気を受け、哀れにも気絶してしまった男だ。
「そ、それは……っ」
ジーゼンは反論しようにも、自分が眠っていたーー気絶ーーことは事実であるため、強く否定できない。出来ることは、言葉を濁すことだけだ。
「……」
ダーキンスは、頭を深く下げながら謝罪するジーゼンを見ながら考える。
(確か名は……ジーゼンでしたね。彼は嘘を言っていない)
ダーキンスは、相手の嘘が分かる。と言っても、能力やスキルとして『嘘探知』系の力があるわけではない。人と関わるうちに身に付いた力だ。そのため相手が何かしらの能力で隠していた場合は、看破することは出来ない。しかし、ジーゼンにはそう言った能力を持っているとの報告はない。つまり、自身の感覚を信用できると言うことだ。
(つまり、これにある通りに、突拍子もなく倒れたということになるわけですか……つまり、考えられるは……)
今度は、ジーゼンに与えていた任務の対象。姉妹についての書類を取り出し、目を通す。
そこには、姉妹の事細かな情報が書かれていた。
ダーキンスは、力がある。それは、物理的な力もそうだが、権力的にもだ。だからと言って、行き当たりばったりなことはしない。
まず、相手の情報を手に入れる。家族関係、友人関係と言ったものから、コネや好き嫌いに至るまで詳細にだ。ダーキンスは強いが、最強ではない。それを自分でよく理解している。そのため、敵対しない方がいい相手と言うのも、必然的にいる。爵位の高い貴族や王族などがそうだ。
裏にそれらの者がいないかどうかは、よく調べた上で行動するようにしているのだ。
そして今回の相手、姉妹には、そう言った相手がいなかったと分かっている。
(一つに、姉妹のどちらかの能力、または魔法により気絶させられた。しかしこれは、人一人を完全に気絶させる程の力を持っていることになる。つまり、あり得ない。この姉妹にそんな力を持つと言う報告はなかった)
姉妹の報告書の能力欄には、そのような力は書いてない。
低レベルの家事スキルに、少しした生活魔法しか載っていない。戦闘に使うことが出来るようなスキルは何もないのだ。
(次に、第三者からの攻撃。私の予想としては、これだと思いますが……厄介ですね。なぜ、全員ではなく一人だけだったのか……それに、この姉妹との関係も気になりますね)
ダーキンスは、頭を下げたまま震えているジーゼンから目を外し、少し考え込む。
ハクがジーゼン一人しか気絶させなかったのは、全くの偶然だが、ダーキンスは知る由もない。
(背後関係は調べ尽くしましたし、考えれることは、本当に完全なる偶然……ですか)
手持にある情報のみで、ダーキンスは答えに辿り着いた。しかし、それだけで納得しない。他にも考えられる要因がないか、思考を巡らせる。
(もし、もし私でも調べられない相手だった場合、手を引くことも考えなければいけませんか)
姉妹は平民だ。貴族ですらなく、何かしらの能力を持つ強者でもない。そんな少女たちに手を貸す者がいるとも考え辛い。
この国にダーキンスに調べられないことは、当たり前だがある。しかし、それなりではなく信を置ける存在を諜報員としてダーキンスは持っている。
その諜報員の情報に正確性があることは、今までの実績から証明できる。そしてその諜報員は、背後には力を持つ者はいないと断言している。
(やはり、偶然と捉えることが正解ですか。それでも一応監視は付けておきましょうか。再度現れる可能性もありますからね)
ダーキンスは、相手が誰であろうと、過小評価しない。そして過大評価もしない。確実に正確に相手を判断する。それが、ダーキンスをここまで強くしていった要因でもある。慎重な性格だが、時には大胆に。それが出来るダーキンスは、傍から見ても魅力的だと思われている。故に慕われているのだ。
だが、忘れてはいけない。
冷酷な面もあると言うことを。
無言で立ち上がったダーキンスは、頭を下げているジーゼンの所まで行く。
ダーキンスが立ち上がった音を聞いたジーゼンは、ブルッと体を震わせ、今にも逃げ出したい気持ちになったが、グッと体に力を入れて我慢する。
「今回は許します。引き続き任務を続行しなさい。いいですね?」
「り、了解しましたっ……」
「しかし、失敗は失敗。罰は受けて貰います」
「ひっ……!がっ!?」
思わず漏れ出た悲鳴もすぐに違う意味での悲鳴に変わった。
ダーキンスは、ギュッと軽く握った拳を、ジーゼンの頭の上まで持っていく。そして軽く叩く。しかし、ジーゼンの頭は、鉄の塊でも落とされたかのような勢いで地面とぶつかり、盛大にキスをしてしまった。
前歯は折れ、鼻は潰れ、口の中に血が溢れる。どうやら舌を噛んでしまったようだ。
「ふーっふーっ……!」
「下がりなさい」
「も、申し訳っありませんでしたっ」
口を手で押さえ、頭をもう一度下げ、急いでダーキンスの部屋から出ていく。
ジーゼンが出ていった後、椅子に座り直したダーキンスは、再度報告書を見て、これからどうするか考えを纏め始める。
「ジーゼンは決して強くはない。しかし弱くもない。それでも、何をされたかさえ分からない攻撃……本当に厄介ですね。スキル、魔法、いずれにしても脅威と認識する必要がありそうです」
自分の能力や他人の能力を正確に判断して、答えを出す。
「……いえ、まだ敵と決まったわけではありませんね。どちらでもなければ、私の陣営に引き入れることが出来る可能性も……そうなれば……」
ダーキンスには、野望があった。
自身の持つ力を駆使すれば、叶えられない望みはないと思える程だ。しかし、そんなダーキンスをしても叶えることが難しく、決して一人では出来ない望み。
それは、
「『神の塔』……私は神の塔を攻略したい」
神の塔の攻略。
それは、ダーキンスの異常な力を持ってしても出来ないことだった。
ダーキンスの力を討伐者の等級で表すと、第一級討伐者だ。だが、超越者のように人の域を超えているわけではない。片足は踏み込んでいるかもしれないが。
「名声などどうでもいい。千金など尚更どうでもいい」
神の塔を攻略したことで手に入れることが出来る物のほとんどが、ダーキンスにとってみれば、必要のないものだった。金銭は、今でさえ使い切ることが難しい程持っている。名声もこれ以上必要がない。
「私が求めるのは、塔の最上階にあると言う力と知識。それだけです」
塔にはランクがあり、一番下のランクの塔でも、得られる力や知識は膨大だと言われている。ダーキンスは、それらが欲しかった。人間と言う小さくか弱い種からの脱却。子供の頃から人間が弱いことを知ったダーキンスには、大人になった今、その思いが強くなっていた。
自分が少し触っただけで壊れる種族。それが人間だった。
だが、人間を格下を見下すことはなかった。個の力が弱くとも群の力は強いことを知っているからだ。それが、国の力であり、その象徴である軍の力。いくらダーキンスでも単騎で国を相手には出来ない。
しかし、それだけの力を得ることが出来たら、どうなるのか。どのように思い、どのように感じるのか。得なければ分からないが、得ることが難しい。ダーキンスは、そのための力を蓄えているのだ。金を稼ぐのも、人材を発掘しているのも、全ては神の塔攻略のため。
「私自ら確かめるとしますか」
最近はめっきりデスクワークが多かったダーキンスは、鈍っていないか確認するため、屋敷にある訓練場へと向かった。
評価、ブックマーク登録、感想、ありがとうございます!
励みになりますので、入れて貰えると嬉しいです!!!