257話 氷の怪鳥
五十五階層の階層主は、氷の身体を持つ鳥。翼を広げれば、十メートルはあろうかと言う巨体だ。
ボス部屋は氷の神殿のようで、左右に氷の柱が一定の間隔で立っている。
祭壇には翼を丸め、眠るように氷の怪鳥が佇んでいる。
レインたちがボス部屋へと入った瞬間、敵を感知した怪鳥が翼を広げ、威嚇する鳴き声を上げる。
「クエエエエエエエエエエッ!!!」
バサッバサッと羽ばたかせ、上空へと飛び上がる。その時、氷が塵のように舞い、幻想的な光景が広がる。
「雪那とハクは手を出すな」
「分かりましたぁ」
「承知」
この怪鳥の相手をレインは一人で相手をすることにし、雪那とハクに手出しを禁じた。二人はレインの邪魔にならないように、壁際に寄り、座り込んだ。そして、怪鳥の意識が二人に向かわないように、雪那は隠蔽効果のある結界を張った。
雪那とハクが下がったのを感じたレインは、不知火を抜いた状態で顕現させる。鞘は腰に差さっている。
レインが武器を手にした瞬間、室内を猛吹雪が襲った。レインは自分の周囲の温度を上昇させ、不知火の刀身に蒼炎を纏わせる。
怪鳥がホバリングしながらその場で一回転する。と同時に、圧縮された薄い氷の刃が飛んでくる。レインは薄氷の刃を不知火で斬り払いながら、飛び上がる。そこへ狙い澄ましたかのように、氷の礫が無数に飛んでくる。レインは空中に足場を作り、横に飛ぶ。
だが、怪鳥は身体の向きを変え、避けたレインへ、再度氷の礫を発射する。
レインは不知火に魔力を流し込み、炎刃を飛ばす。
氷が一瞬にして蒸発し、辺りを水蒸気が包み、視界が白く染まる。
「風……」
水蒸気に紛れ、怪鳥の姿が見えなくなり、少しした後、風の流れが変わった。
吹き荒れていた猛吹雪が渦を巻き出し、竜巻へと姿を変える。鋭く削れた氷の破片、肺まで凍る程の冷気を内包した竜巻が、レインへ迫る。
レインは氷柱の所まで走り、柱に隠れる。
だが、砕かれた氷が風で巻き上がり、レインの顔横を過ぎていった。
「あの速さで来られたら傷付くな」
ステータスでは、怪鳥の方が高い。
普通の攻撃もレインが防御しなければ傷を負う程の威力がある。舞っている氷の破片さえ、高速で飛来しており、レインの体を容易に抉るだろう。
「クエエエエエエエエエエッッッ!!!」
「チッ、バレたか」
レインの隠れている氷柱へと竜巻が迫る。
暴風と冷気が更に強くなり、レインは地面に不知火を突き刺して耐える。
「走れ」
そう呟くと、不知火の刀身が纏っていた蒼炎が地面を伝っていく。一筋の線となって竜巻まで近付くと、竜巻を取り囲むように炎が広がる。そして竜巻を囲むと、炎が吹き上がり、竜巻を包み込む。
温度が急激に上昇したことで、空気が膨張、大爆発を起こした。
爆風を結界でやり過ごしながら、爆炎を目くらましに怪鳥の真下へ回り込む。
完全にレインを見失った会長は、その場を離れるように上昇する。しかしレインは、怪鳥が飛べないように翼の付け根目掛けて不知火を投擲する。
「キエエエエッ!?」
直前で迫る刃に気付いた怪鳥は、体を捻ることで避けるが、翼の中心に突き刺さった。蒼炎を纏った不知火は、怪鳥の氷の翼を溶かし始めた。
怪鳥は一生懸命翼を羽ばたかせ、不知火を抜こうとしているが、柄まで突き刺さった不知火は簡単には抜けない。しかし、刀身の周りが溶け始めたことでスルリと抜け落ちた。
重力に従って落ちる不知火は途中で消え、レインの手の中に納まる。
穴が開いた翼は、周りの氷が補修し、瞬く間に治っていく。だが、痛みを与えたレインを完全に敵と認識した怪鳥は、本気になった。
天井付近まで浮かび上がった怪鳥は、氷柱を縫うように跳び回る。
高速で飛び回っている怪鳥が、急激に高度を下げ、鉤爪でレインを引っ掻く。その攻撃を不知火で受け止めるが、突進の威力は凄まじく後退させられる。踏ん張ることで耐えようとするが、地面は凍っているため、あまり踏ん張りが効かない。
レインは足に炎を纏わせ、踏みしめる。
ジュウゥと氷が溶け始め、徐々に踏ん張りが効き始める。しかしその時には、怪鳥の左手の鉤爪が迫ったいた。
「フッ!」
不知火に込めていた力を抜く。すると、勢いに押されるが、その勢いを利用し後ろに倒れ込む。仰向けになったレインの鼻先を左の鉤爪が過ぎ去る。レインは、怪鳥の股下をスライディングしながら通り過ぎると同時に、脚と腹を斬りつける。
「キエエエエエエエエエエ!?」
左脚を斬り飛ばし、腹部を深く突き刺し、斬り裂いていく。
通り過ぎると、地面を蹴り飛び上がる。そして怪鳥の背に飛び乗り、不知火で斬りつける。二の太刀、三の太刀と斬りつけるが、怪鳥は痛みで暴れまわり、レインを振り落とそうとする。
レインは怪鳥が暴れ始めると、その背から飛び降りる。その際、片翼を斬り飛ばす。
いきなり片方の翼がなくなり、重心がズレた怪鳥は倒れ込む。
レインはそんな怪鳥の首に不知火の刃を当てる。
「終わりだ」
一瞬だけ『中火』を発動することで、火力を上げ、溶かし斬る。
一瞬の抵抗もなく、怪鳥の首を切り落とす。
「ふぅ。結構面白かったな。まぁ、相性もよかったからこんなに簡単だったと言えるか」
氷には炎。
そこに力の差がなければ、氷が勝ることはほぼほぼない。能力のレベルで言えば、怪鳥よりも不知火が勝っている。そのため、氷を溶かすことも容易だったのだ。
「もういいぞ」
不知火を消しながら、壁際に下がっていた雪那たちに声をかける。
「終わりましたかぁ?」
「……寝てたのかよ」
目を擦り、口に手を当て欠伸をしながら返事をする。そんな雪那に呆れた目を向けながら、ハクに視線を向ける。
「お前もか」
ハクは体を横たえ、目を閉じ眠りについている。
スゥスゥと気持ちよさそうに眠っているハクに、レインは近付いていく。
「環境が影響を与えないからこそ、素で眠れるってことか。にしても、気持ちよさそうに寝てるな」
「そうですねぇ。もふもふで暖かかったですぅ」
「そうか」
レインはハクに手を向け、魔法を発動する。
徐々にハクの身体が小さくなっていき、普段のぬいぐるみサイズにまで小さくなった。
ハクを持ち上げ、左手に抱く。
「さて、進むか」
怪鳥が落とした魔石を拾ってから、上へ続く階段へ向かう。
「五十六階層、到着っと。一日でここまで来れたか」
「そろそろお風呂入りたいですぅ」
肉体の汚れは魔法で消せる。
戦闘後でも雪那の身体は綺麗なままだ。だが、それとこれとは別だ。常に寒々しい光景と冷気を感じているのだ。暖かい湯に浸かりながら、ゆっくりしたいと思うのも無理はない。
「まぁ、それは否定せんが……火山でもあるまいに温泉が湧き出ている場所とかないだろうし」
「わらわが創りますぅ」
「なるほど。なら、そうするか。また、下行くぞ」
レインは色々制限しているが、雪名は全く制限していない。
つまり、能力をフルで使えるのだ。温泉の一つや二つすぐに作れる。
レインたちは、五十六階層へ上がったが、風呂に入りたいと言う雪那の願いを聞き、再度五十五階層のボス部屋へと戻った。
ボスを斃し、ガランと空いた部屋には、魔物が湧くこともない。と言うか、ボス部屋にボス以外の魔物は湧かない。つまり、斃してしまえば、そこは安全な領域となるのだ。
「じゃあ、よろしく~」
雪那に手を振り、ハクを抱えながらレインは氷柱に近付き、背を預ける。
完全に温泉作りを雪那に任せるつもりだった。
そして約十分後。
ボス部屋の中心部分をほぼ全て使った、贅沢な風呂が出来上がった。
湯の温度により、氷が溶けないよう魔法で固め、そして逆に氷や気温によって湯が冷めなように魔法で温める。
湯気が立ち昇り、ほんわかとした熱気が少し離れた場所にいるレインにも届いた。
「おお……んじゃ、入るか」
「早く入りましょう!」
「ハクは、桶にでも入れておくか」
ハクが入るくらいの桶を創り出し、その中に入れる。
レインと雪那は、服を脱ぎ、早速中へ入る。
「はぁ~~~~~」
「はふぅ~~~~」
「気持ちいな……」
「そうですねぇ~」
レインは目を閉じ、雪那は目を細めながら言う。
体の芯まで温まるようで、自然と体から力が抜ける。
ずる……ずる……と、力が抜け、湯に首まで浸かる。このままいけば、頭まで浸かりそうだ。
「ふぅ……景色だけは、寒々しいけど……」
「ですねぇ……」
温泉は少し熱いくらいで気持ちがいいが、視界に入るのは、凍った冷たいボス部屋だ。
「ん……主人?ここは……」
「温泉だ。ふぅ……気持ちいぞ」
「我も……」
浮いていた桶の中から飛び出て、温泉に飛び込む。
ザブンッと沈み、浮かび上がってくる。毛が湯を吸い、ピタッと張り付いている。
ぐでーんと伸びており、レインたちと一緒で力が抜けきっている。
「ハク、こっちに」
ちょいちょいと手招きし、ハクを呼ぶ。
犬掻きしながらレインの所まできたハクを、レインは胸に抱く。もふもふの毛は水分を吸収し、もふもふではなくなっている。それでも、湯の温かさではない生物の体温の温かさを感じ、息を吐く。
「むぅ」
ハクを抱くレインに、雪那は尻尾を伸ばす。
ハクと同じように尻尾の湯を吸って萎んでいるが、尾をレインの腕に絡ませる。そしてギュッと巻き付け、自分の方に軽く引く。
「どうした……」
「わらわもぉ……」
嫉妬心を出す雪那を抱き寄せ、その頭を撫でる。
レインの肩にしな垂れかかりながら、頭を乗せる。
その後、三時間にわたり、温泉で色々と楽しんだ。
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