248話 レインの暗躍?
グレイイースは、キールに質問し終わった後、シルグが捕らえられている牢へと向かった。
学院にある地下牢は広くはない。
それも当たり前だ。学院は、そもそもが犯罪者を捕えておくための場所ではないのだ。子供を育成するためにあるのだから。
それでも、地下牢があるのは、犠牲魔法の生贄を入れておくためである。
グレイイースが闇夜の銀糸団を国に引き渡さなかったのも、それが理由だ。
「やあ……一昨日ぶりだねえ?」
シルグが捕らえられている牢に着いたグレイイースは、捕まっているシルグへ声をかける。
「何をしに来た?」
「話を聞こうと思ってね。なぜ今になって来たのかい?」
グレイイースが闇夜の銀糸団のものだった『天の知識書』を奪ったのは、今から五年も前の出来事だった。
「ふんっ。貴様にあの書の価値が分かっていないだけだ」
「君たちの盟主がそう命じたのかい?」
「盟主は関係ない!」
「ふぅむ。それは、君たちの独断……と言うことだね?」
「くっ」
言うつもりのなかったことを言ってしまい、口籠る。
乗せられたと分かり、カッと頭に血が上るが、無理矢理抑えつける。
「それにしては、団員を使いすぎじゃないのかね?まぁ、それは君が慕われているから、と言えるのかな」
「……俺たちをどうするつもりだ」
これ以上情報を渡さないため、そして逆に情報を得るためにシルグが質問する。
「どうしようかねえ。特に決めてないんだよねえ」
「……ふざけた奴だ」
確かにグレイイースの態度は飄々としており、相手を馬鹿にしたような喋り方と雰囲気だ。
グレイイースのその態度を知っていても、シルグはふつふつと怒りが湧き上がり、我慢しようと努力しなければならなかった。
(こっちは誰かが接触した形跡はないねえ)
世間話でもするかのようなノリで話しかけるグレイイースの馴れ馴れしさは、シルグでも思わず殴りかかりそうになるが、その態度は狙ってやっているわけではない。素でその性格なのだ。だが、その間にも観察すべきところは観察している。
地下牢の存在を知っているのは、限られた者だけだ。
学院長であるグレイイースの他に、一部の教師のみしか知らない。
グレイイースは、キールに力を与えた存在が闇夜の銀糸団の幹部であるシルグとアルフレッドにも接触した可能性があると思ったのだ。
「シルグ君はキールと言う団員を知っているかね?」
「キール、だと?それがどうした」
「ただの団員、幹部ではないのだろう?」
グレイイースの問いかけに、シルグは何を馬鹿なことをとでも言いたげな表情でグレイイースを見る。
「やっぱり、元からというわけではないようだね」
「何を言っている?」
「いや、こちらのことだよ」
それじゃあ、と言い踵を返す。
シルグも話すことはないと言うように、俯き目を閉じる。
次にグレイイースが向かった先は、アルフレッドが入れられている牢だ。
鎖に繋がれたアルフレッドが顔を上げ、入ってきた人物がグレイイースだと分かると、ジャリッと音を立て、勢いよく立ち上がろうとする。
「グレイイースゥッッ!!!」
「元気そうだねえ」
目が覚めてから暴れ出したアルフレッドは、動けないように鎖で雁字搦めにされていた。
魔封じの鎖により、魔力を封じられているにも関わらず、ギチギチと鎖を破壊しようとしている。グレイイースを前にしたことにより、益々怒りを増したアルフレッドの表情は、まさに鬼の形相と言うにふさわしい。
「疑問だったのだがね?なぜ、君はそんなにも怒っているのか、分からないんだよ」
「ッ!?き、貴様ァ!!!覚えていないのかッ!?」
アルフレッドがグレイイースと顔を合わせたのは、二年前だ。
その頃、闇夜の銀糸団の幹部ではなく、ただの団員だったアルフレッドは、任務の最中でグレイイースと出会った。
元々好戦的な性格だったアルフレッドは、グレイイースの名声や噂を聞き、戦いたいと思っていた。それは、今のような恨みではなく、純粋な思いだった。
そして、遊ばれた。
任務を邪魔されただけでなく、プライドを粉々にするような戦い、いや戦いですらない訓練のような戦闘で、遊ばれたのだ。
だがグレイイース本人は、そのことを全く覚えていなかった。
うーん、と首を捻り、思い出そうとしているが、やっぱり思い出せない。
「すまないねえ。全く覚えてないよ」
「ッッッ!!!」
顔を真っ赤にし、血管が破裂しそうな程だ。
声にならない声を上げ、暴れ出す。
「さて、この様子なら何もないようだねえ。戻るとするよ」
「待てェ!!!このっクソ野郎がァ!!!」
踵を返し出て行こうとするグレイイースに怒号を上げ、呼び止めようとするアルフレッド。しかし、そのようなことで歩みを止める相手ではない。
「クソがぁぁぁあああああああああああああッッ!!!!」
鎖から脱出しようとするアルフレッドに、眼もくれず牢から出ていく。
扉を閉めた後もアルフレッドの叫ぶ声が地下に響いていた。
学院長室へと戻ったグレイイースは、部屋の整理から始めた。
「本当に……私の部屋に恨みでもあるのかね?」
二度の戦いが行われた学院長室は、無残なものになっていた。
書類も吹き飛ばされ、壁には戦闘痕。床や天井には、亀裂が入っており、次に衝撃が襲えば崩れてしまうだろう。
奇しくもレインと同じようなことを思ったグレイイースは、まず部屋の状態から直し始めた。
床に設置されている魔法陣へと魔力を流す。
すると、壁の傷、天井の亀裂が次第に直り始める。
続いて指を鳴らすと、飛び散っていた書類が机に向かって飛び、纏められる。
「大事な書類があるんだけどねえ」
困った困った、と苦笑しながら呟く。
「どうしようか」
グレイイースが悩んでいるのは、書類や部屋の惨状のことではない。
闇夜の銀糸団。裏世界で知られている戦闘集団。元討伐者で構成されている。
犯罪者に落ちた討伐者のことは、裏討伐者などと揶揄されるが、実力がある者が多い。
そして闇夜の銀糸団盟主は、超越者である。
巨大組織であり、盟主が超越者である闇夜の銀糸団と真っ向から戦うのは、グレイイースも望んでいない。
幹部の暴走が盟主の耳に入るのも時間の問題だろう。
そして奪還しに来る可能性もグレイイースは否定出来ないでいた。
そのことがグレイイースを悩ませている。
一対一で戦えるのならば、いい。だが、必ずしもそうではない。生徒が危険に晒されることは、避けなければならないと思っている。
そのために、
「捕虜の引き渡し……まぁ、実際に奪還しに来るとは決まっていないからねえ」
そう言ってはいるが、高い確率で盟主が来るとは限らずとも、シルグたちを奪い返しに来るだろうと思っていた。
アルフレッドは新参の幹部だが、シルグは古参の幹部だ。その実力も折り紙付き。今回は、相手が悪かっただけで、超越者に近いと言われる実力は本当だ。
「その時、考えればいいかね」
楽観したような言葉だが、今やれることはないため、致し方ない。
やれることと言えば、学院を護るための防御設備を見直すくらいだ。
グレイイースは自分で淹れた紅茶を手に、机へと向かう。
椅子に深く腰掛けながら息を吐く。
「……レイン君が行ったと思っているんだけどねえ。証拠がない」
グレイイースは、レインが一連の事件に関わっていると思っていた。もちろん全てではない。闇夜の銀糸団が襲撃するための手引きをしているとは、考えていない。ただ、キールのことだけは、レインが関わっていると思っていた。
「聞いても素直に答えてくれそうにないしねえ」
確かにその通りだろう。
レインは面白いと思えば、率先して手を貸したりするが、そうでないなら何もしない。
「一応聞いてみるとしようか」
それでも、レインが答えないときまっているわけではない。なら、本人に聞いてみた方が早いだろう。
もう一度悩んだ末、レインを呼ぶことにした。
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