246話 キールの猛攻
キールの去っていった校舎裏。その隅からぬるりと影が現れる。
レインは、去っていくキールを見届けた後、虚空に声をかける。
「雪那。あいつを誘導してやれ」
「御意」
いつの間にか、レインの背後には控えるように雪那が立っていた。
「……それでぇ、勝てますかぁ?」
雪那の言っている勝てるか、と言う問いは、キールがグレイイースに勝てるかどうか、と言うことだ。
その問いにレインは、間髪入れずに答える。
「ま、無理だろうな」
レインの答えはいたってシンプルだった。
「出来る限りの強化……と言うより、潜在能力を解放しただけだからな。特別な力は上げてない」
「そうなんですかぁ?主様なら学院長にも勝てるように強く出来るはずですけどぉ……」
「出来なくはない……でも、あいつの魂少し変なんだよな。何というか摩耗し過ぎている。だから潜在能力を引き出す方法を取った。それなら、本来自分の力だからな。余分な、それでいて強力な力を与えたとしたら、多分あいつの魂が崩壊するか、自我が壊れる。どっちにしろ、終わりだな」
よくある異世界物で、神から力を与えられる、俗にいうチート能力という力は、何でもかんでも無条件で手に入れることが出来るわけではない。
才能、素質、その他様々な要因が関係する。強大過ぎる力は身を滅ぼすと言うことだ。
レインは、キールを視た時、驚いたことだある。
元々、キールには新しい力を後付けする形で与えようとしていた。しかし、出来なかった。魂が傷付き過ぎていたのだ。無理矢理付与することも出来るが、その場合キールの魂は更に傷付き、最悪壊れてしまう。それが分かったため、別の方法を取らなければならなくなった。
「あの感じ、薬でもやってんのか?」
レインは怪訝な表情をしながら呟く。
「肉体じゃなくて、魂にダメージがいく薬って……そんなんあるのか?」
「わらわがいた世界には、ありましたよぉ?魂と言うより、寿命を削るタイプですがぁ」
「なるほどな。そう言うタイプか。まぁ、大丈夫だろう。うん」
雪那がすかさずフォローする。
「それでぇ、正確にはどのくらい強くなったのですかぁ?」
「さぁ?」
「さぁ……って……」
他人事のように言うレインへ、白けた目が向けられる。
キール自身は、とてつもない力を手に入れた、と喜んでいたが、実際には違う。潜在能力を一気に解放したことで、桁違いの力を得たと勘違いしているに過ぎない。
もう少し時間が経ち、自身の力を把握する時間があれば、その勘違いにも気付いたかもしれない。
「人格にも多少影響があるかもしれんが、俺は知らん」
実際キールの人格は負の影響を受けていた。
「さて、見てみようか」
レインは、雪那と一緒に寮へと戻り、空中にホログラムを出現させる。
ソファーに座り、雪那がコーヒーを淹れ、スイーツを用意した。
見る準備が整うと、映像が流れ始めた。
キールは、突然得た力のお陰で気分が高揚していた。
今ならどんな相手だろうとも勝てる、と思っていた。
(今ならシルグ様にも勝てるっ!)
どんどん思考が逸れていっていることに、キールは気付いていない。
自分の力に酔いしれ、心臓は早鐘のように鳴っていた。
避けを飲みすぎ、酔った時のように気分がよかった。
キールは、校舎の中を歩き回り、勘に従い進んで行った。
「ここか……」
学院長室へと迷うことなく辿り着いたキールは、扉をノックする。
少し前までのキールならば、こんな堂々と正面から行くことは出来なかっただろう。
(そもそもグレイイースはここにいるのか?)
と言う至極当然の疑問が浮かんだが、中から声がかかったことで、解消された。
「誰かね?この時間の訪問はなかったはずだが……」
アポイントもなく、突然やってきたキールに、グレイイースは訝しげな声をかける。
キールはその問いに答えることなく、扉を勝手に開ける。
扉を開けた先で、グレイイースは突然の来訪に、しかも黒ローブを着た不審者が入ってきたと言うのに、笑みを浮かべている。
キールはフードを取り、話し始める。
「シルグ様たちはどこにいる?」
「シルグ……?ああ、昨日の……」
「どこにいると聞いている!」
ニヤニヤと笑いながら、自分で納得したグレイイースにキールは声を張り上げ、再度問う。
「どこにいる?国に引き渡したよ」
「は?」
グレイイースの返しに、キールはポカンッと口を開け、呆然とする。
しばらく固まった後、キールは俯く。そして、肩が震えだす。
「嘘を吐くなッ!!!」
「うん。嘘」
「は?」
バッと顔を上げ、怒鳴る。
イラつきながら、右足をダンッと床を踏みしめる。
しかし、グレイイースの言葉で一瞬で頭が真っ白になった。
「あっはっはっはっ!面白い反応をするね~」
「ふ、ふざけやがってッ!!!」
キールはグレイイースとの会話が無駄だと判断し、魔法で剣を作り出す。
簡単な初級魔法程度の知識しかなかったキールだが、自然といくつかの魔法の知識が頭に浮かんできたのだ。
キールの右手に濃い藍色の魔力を放つ剣が現れた。
一瞬でグレイイースの右に現れたキールは、魔法剣を横に薙ぐ。
「チッ!」
「うぅん……元気がいいねえ?」
キールの攻撃は、グレイイースの結界により受け止められていた。
攻撃が効かなかったことに舌打ちしたのではない。座ったままのグレイイースを立ち上がらせることも、動かすことも出来なかったからだ。
一度下がり、再度斬りつける。
「はああっ!!!」
ビシリッと鞭で叩いたような音が発せられる。
三度目の斬撃で、グレイイースの張っていた防御結界に大きな亀裂が走る。
「ほう?あまり散らかしてほしくないんだがね」
苦笑しながら、そう言う。
キールのステータスも跳ね上がっており、斬撃一つで結界に弾かれた衝撃が、部屋を襲っていた。
跳ね返された衝撃が、床を机を壁を斬りつけ、抉っていた。
机の上にあった書類も風に巻き取られ、吹き飛ばされている。
「それにしても……どうしたのかね?その力」
「うるさい!」
グレイイースの特殊な眼には、弱々しい波動が発せられると急激に膨れ上がる、そのように見えていた。
強者の魂の波動は、常に輝かしいばかりの波動を放っている。
闇夜の銀糸団幹部のシルグと相対した時も、強者たりえる波動を放っていた。そして、今のキールは、シルグに勝るとも劣らない力を持っていると、グレイイースは見ていた。
実際に肌で感じる力と眼による情報に違いがあり、面白そうな表情をする。
そして席をゆっくりと立ち、右手を開く。
そこへ、壁に立て掛けてあった杖が収まる。
「……本気ってわけかッ」
キールは、力を得たことによる興奮を感じながらも、徐々に冷静になっていた。
ただ、どこまでもふざけているグレイイースの態度にイラついてはいるが。
「まずは……」
クルクルッと杖を動かす。
幻惑魔法が発動され、キールの視界が切り替わる。
ふらっと体がぐらつき、魔法にかかる……寸前、
「効かねぇ!!!」
「ほう?」
「幻術は効かない!はあああああッ!!」
グレイイースは、幻惑魔法を破られたことで驚いた。
その隙をつくように、キールが突撃する。
両手で持った魔法剣を弓を引き絞るようにして、突き出す。
「盾よ」
サッと杖を振るう。
すると、グレイイースの眼前に盾が出現する。幻惑魔法によって作られた盾。だが、幻影ではなく実体を持つ盾だ。
キールの刺突を盾で受け止めるが、衝撃が軽いことに気が付いたグレイイースは、左側にも同じように盾を形成する。
「死ねぇぇぇええええ!!!」
グレイイースは、真上からの声に咄嗟に杖を掲げる。
「おおおおおおおおおおおおおおおお!!!」
天井を蹴り、加速し全体重を剣先に込めた一撃が、グレイイースの二重に張られた結界と衝突する。
キールが雄叫びを上げ、力を込める。
「ああああああああああああああああああ!!!」
ピシリと小さな亀裂が入り、徐々に大きくなる。
パキンッと一枚目の結界が砕ける。
二枚目へと激突し、一枚目と同じように亀裂が入る。
「ッ!」
これにはグレイイースも表情を変えた。
軽薄な印象は少しだが、鳴りを潜め、眉が顰められる。
「本当に桁違いだねえ?」
掲げていた杖をサッと引き戻し、後ろに大きく飛ぶ。
飛んだすぐ後に、結界は砕かれ、弾丸のような速度で剣先が床に突き刺さった。キールはそのまま床ごと斬り裂きながら、飛び退ったグレイイースへ追撃する。
「終わりだァァアアアアア!!!!」
逆袈裟斬りに斬り上げられた魔法剣の攻撃。
グレイイースは、杖でコツンッと床を叩く。
キールの視界を青々とした木々が覆っていく。
しかし、次の瞬間には、掻き消える。
幻惑も搔き消され、グレイイースとキールを遮るものは何もない。
掲げられた剣がグレイイースに振り下ろされる。
「なんっ……だと……?」
グレイイースは、肩からザックリと斬り裂かれた。しかし、血は一滴も流れていない。
「いや~ビックリしたねえ。焦った焦った」
あはははと言う笑い声が、キールの背後から聞こえる。
斬ったはずのグレイイースの身体は、スゥッと消えていく。
「……いつから……いつから幻を?」
「それを私が言うと思ったのかい?」
自分が幻術にかけられていたことに気付き、焦りを隠しながら、警戒した声で言う。
「これはっ!?」
だが、警戒するだけではいけなくなった。
部屋の床が急に燃えだしたのだ。
炎に包まれ、熱気が立ち込める。
「クッ!」
剣を振るい、剣圧で炎を吹き飛ばす。しかし、すぐに消された場所を埋めるように炎が押し寄せる。
「剣よ」
グレイイースがそう言うと、空中に剣が三本出現する。
行け、と言う言葉と同時に発射された剣は、まっすぐキール目掛け飛ぶ。
「この程度っ!」
一本目をサイドステップで避け、続く二本目を背を床スレスレまでに低くすることで避け、三本目を魔法剣で弾き飛ばす。
「はああああああああっ!!!」
上段に構え、振り下ろす。
振り下ろされた剣は、グレイイースの額に後少しと言った所で止まっていた。
「ぐっ!くそっ!」
キールの体を氷が覆っていたのだ。
首から下は全て覆われており、身動きが出来なくなっている。
全身を魔力で強化して、強引に脱出しようとしているが、ビクともしない。
そして徐々に奪われていく体温。
意識は朦朧とし、手足の感覚がなくなっていくのを感じる。
(く……そっ……超越者には……勝てないのかっ……)
霞みゆく視界の中で、ニヤケているグレイイースの顔を最後に意識を失った。
「おお!」
レインは、キールの動きが突然止まったところを見て、声を上げた。
キールの動きを止めたのは、氷魔法ではない。
幻惑により、氷を生み出したように見せていただけだ。
「それにして、グレイの奴全然本気でやらないな。遊んでいる感じだ」
「そうですねぇ……やろうと思えば、最初の一撃でやれてますからねぇ」
室内戦は、魔法師にとっては不利な場所だ。
なぜなら、魔法とは基本的に高威力の魔法程、範囲も大きく、使用できる魔法にも制限がかかる。
だからこそ、グレイは遊んでいると言ったのだった。
「潜在能力を引き出すってのは、引き出すものが少なければ、あまり意味がないからな。キールの場合は、ほとんど限界に近かった。よく鍛えたよな」
その点は感心していた。
潜在能力を引き出される前でも剣術も体術も一流を超えていた。引き出されてからは、超一流に足をかけていた。ステータスが跳ね上がり、その能力値を制御できるだけの能力もレインの気紛れで与えられていた。
「多分こいつは、自分の限界に気が付いていたんだろうな」
「だから、薬に手をぉ?」
そうだ、と言うように頷く。
「魔法は生活に使用できる程度しか覚えてない。要するに前衛ってわけだな。なら、魔法系の能力を与えるより、身体能力を伸ばした方が扱いやすいだろう?」
長所と短所があるならば、長所を伸ばすか、短所を失くすか。
キールの場合は、短所を失くすより長所を伸ばした方がより強くなるとレインは考えた。
潜在能力により引き出された力は、一つのスキルとして現れていた。
そのスキルの名は、『狂化』。バーサーカーと言う理性をなくす代わりに、ステータスが跳ね上がるスキルだが、キールが手に入れた『狂化』は少し違った。
理性を失うのではなく、負の感情が高まっていくと言う副作用だ。
元々強制的に潜在能力を引き上げたこと、そして魂の摩耗も相まって、人格に影響を与える要因が更に増えたと言うわけだ。
「……もって後一瞬間ってとこだな」
「何がですかぁ?」
「人格崩壊までが、だ」
「……死んじゃうんですかぁ?」
「いや、死ぬってわけじゃない……はず。ただ、怒りが湧きやすくなったり、いくつかの感情が抜け落ちたりって感じだ……と思う。実際どうなるかは、見てみないことには分からん」
要領を得ない言い方だが、レインにもどうなるのか分からなかった。
「とにかく暇潰しにはなるだろうな」
「ふふふ、それではわらわも見物させて貰うとしますねぇ」
部屋の中には、レインの楽し気な声と、雪那の上品な笑い声が響いていた。
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