245話 汝、力を求めるか
男子生徒が去ってから、一人取り残された形となった黒ローブ。
レインは、じっと見ながら考えていた。
(うーむ……ここで、力やっても面白くなさそう)
と、割とどうでもいいことを考えていた。
(いや、待て……そもそも、与えてもそれを脱出のために使ったら意味なくない?)
問題はそこだ。
力を得て、気が大きくなり、暴れるのはレインの望むことだ。しかし、力を得て、逆に冷静になり一旦退いてしまうようなことになれば、それはレインの望むこととは違う。
(ああ、でも『契約』と言う形にすれば、いい、か?)
『契約』。
それは、力を得る代わりの対価を払わなければならない、と言うこと。
『一定以上の殺人』や『一定以上の破壊』と言ったものを契約に含めれば、レインの望みは達成されることになる。そして、期限を設ければ、一度退いてからと言うことも出来なくなる。
(……と言うか、俺も知らないんだよな)
レインは、ふと思い出していた。
それは、レインも捕虜となっている闇夜の銀糸団の団員の居場所を知らないことだ。
まず、自分でも確かめた方がいいか、などと考えていると、黒ローブが動き出した。
(ちょい、待て……そっちは)
レインは、小道から出て歩いて行く黒ローブの行き先に見当がつき、思わず足を止めていた。
黒ローブの行き先、それは、
(俺がいつも行っているカフェじゃねぇか!)
この学院で食事や買い物をする時に必要な物。それは、学院で使えるカードだ。
クレジットカード(のような)機能があり、それにより支払いをする。つまり、そのカードを持っていると言うことは、生徒または教師と言うことになる。
そして、黒ローブは席に着くとローブを脱いでいた。
そこから現れたのは、中年に差し掛かったであろう男性だ。
(……教師?)
まず、疑うは教師だ。
生徒がこんなに老けているわけがない。
だが、生徒が持つカードは、個人登録がなされている。指紋などではなく、魔力による登録。指紋と同じように、人それぞれ魔力が違うからだ。
レインは一度試していたから、確実に違うと言える。
(雪那が試して反応しなかったからな。一度登録した奴しか反応しないようになっているんだろうが……だから、奪っても意味がないはず)
もし、先の襲撃の時、教師の一人からカードを奪っていたとしても、それを黒ローブが使えるわけがない。
(まぁ、何かしらの細工をしたと考えるのが、妥当か)
レインは、黒ローブが中に入り、席に着いたのを確認して、カフェの中に入っていく。
そして、いつも通りの注文をする。
「ふぅ」
三分程待ち、注文したコーヒーが来てから、一口飲み味わう。
(……って、いつの間にかデザート頼んでるし)
チラリと視線を向けると、デザートが三つ、テーブルの上に置いてあった。
女子受けが良さそうな、クリームたっぷりのケーキが二つ。甘いのが苦手な者なら、見ただけで吐き気を催しそうだった。
そんなケーキを中年のおっさんが微笑みながら食べていく。
(おい、何呑気に食べてんだよ。仲間はどうした。助けるんじゃないのかよ……)
レインは、呆れながらその様子を見ている。
そして待つこと更に十数分。
その間、レインもスイーツを一つ頼み食べ終わり、二杯目となるコーヒーを飲んでいると、黒ローブを再度着てから立ち上がる。
着ることにより発動する認識阻害は、着られたことで再度発動。客や店員の認識を狂わせる。
だが、そこにいる事実まで書き換えるような強力なものではない。つまり、飲んだり食べたりした料金は払わなければならないのだ。
(やっぱ、カード出すよな)
懐に手を入れ、一枚のカードを出す。
そして何事もなく会計を済ませ、店から出ていく。レインもその後を続くようにして、会計を済ませ、出る。
(とにかく、もう少しついていくか)
ただ、一息入れただけだとは思っていない。
男子生徒にボロボロに言われたことに怒りが湧いたがその場で暴れるわけにはいかないため、怒りを鎮めるために、カフェに行ったのだ。
人は正論を言われると怒りが湧く、そんな生き物だ。
ローブを纏った男は、誰にも認識されることなく、歩いて行く。
男子生徒の言った地下と言う言葉。
それは、何の確証もないことだった。ただ、捕らえたのなら地下牢に入れるだろうと言う思い込みから出た言葉だったが、黒ローブはその言葉を頼りにするしかない。
(地下って言ったらあそこだろうが、そこには牢とかなかったぞ?)
地下と言う言葉から、レインは図書室の地下のことを思い浮かべていた。
しかし、その場所ではないと言うことは、考えずとも分かる。
それから黒ローブは、行ったり来たりと右往左往していたが、終ぞ見つけることは出来なかった。
何の収穫も出来ず、寮に戻ったレインは、ソファーに深く座りながらため息を吐く。
「全く……地下ってどこだよ」
レインも追跡している最中に、自分でも探してみたのだ。
しかし、どこにも地下空間などなく、ただの無駄足になっていた。
「はぁ、結局どこにもなく、本当に地下牢があるのかすら分からず仕舞い……か。こうなった直接聞くか……」
もう一度ため息を吐く。
「なんかため息を吐いてばかりな気がするが……まぁ、それは置いておいて、さて、どうするか」
いくつかの案が浮かび、そのどれにするか悩む。
まず、ただただ力を与える。
何の条件も付けずに、だ。
そして、『契約』を持ち掛け、力を与える。
これは、黒ローブの行動を制限しながら、レインの都合のいいように動かす方法。
次に、様々な情報を与えると同時に、知恵も授ける。
情報と言うのは、この学院の地図や教師の行動範囲などだ。つまり、動きやすいようにしてやること。
「さて……どれがいいかな?」
黒ローブ……名をキールと言った。
闇夜の銀糸団に入る前までは、第三級討伐者として活躍していた実力者だ。
だが、キールは世間に犯罪組織として怖れられる闇夜の銀糸団に入ったことを後悔してはいなかった。むしろ、恩すら感じていた。
「はぁ……」
キールは、何度目とも知れないため息を吐く。
事の始まりは、学院を襲撃したことだ。
学院と言うよりは、学院長であるグレイイース・フォル・レブンディースから奪われた物を取り戻すという目的があったのだが、グレイイースは超越者と呼ばれる人の域を逸脱した存在だ。真正面から戦っても勝てないことは分かり切っている。
キールも団員の一人として参加した。
途中までは順調だった。途中までは。
生徒を一ヵ所に集め、勝手な行動を取れないように監視する。その隙に、教師を足止めする者が数人。そして、グレイイースの足止めに二人。闇夜の銀糸団の幹部が当たった。
グレイイースに並ぶ脅威として知られていた天城翔太が学院にいないことは確認済み。つまり、万全を期していた。
「なのに……なのに負けた……」
敗因は何か。
それをキールは考えていた。だが、いくら考えど浮かばない。策は完璧と言えるものだったのだ。
「……グレイイース……奴だ。奴さえいなければ、勝てたんだっ……!」
グッと血が滲む程拳を握り締め、吐くように言う。
グレイイースの力が想定以上だった。それしか浮かばない。
キールは、グレイイースを足止めする役を担っている二人の実力をよく知っていた。
シルグは、超越者に近しい実力を持っている。一人だと超越者の荷は重いかもしれないが、超越者に近しい実力者が二人ならば、勝てるとまではいかずとも互角の戦いは出来るはずだった。
「超越者……くっ……!」
歯嚙みし、ギリッと奥歯を噛みしめる。
「もっと……もっとっ……力があればっ!」
キールは力を強く望んだ。
誰にも負けない力を。
誰が相手でも打ち破る力を。
だが、虚しく虚空に溶けていくだけだ。
その時だった。
『汝、力を求めるか?』
空間を震わせるような。
直接脳内へ語り掛けるような。
その声は、低くもなく高くもなく、中性的で男にも女にも聞こえた。
キールは、その声が聞こえた瞬間、腰を浮かし、戦闘態勢を取る。
「誰だっ!」
場所が場所だけに、声は抑えながら怒鳴ると言う器用なことしていた。
何の気配もなく声がかかったため、警戒抱きながら周囲を見回す。
『汝、力を求めるか?』
さっきと一言一句同じ言葉がもう一度発せられる。
その問いに、キールは戸惑いながらもしっかしと答えた。
「…………欲しい。力が欲しい!」
『ならば、与えよう』
キールは藁にも縋る思いどころか、胡散臭いとさえ思っていた。普段ならば、一笑にしていただろう。
なのに、姿なき声の言葉を聞こうと思ったのは、それだけ精神的に追い詰められていたからだ。
そして、謎の声がそう言った瞬間、キールの体を激痛が襲った。
「ああ、があ゛あ゛あああああああああああああ!!!!」
全身を針で貫かれ、内臓が捻れるような痛み。
骨が軋み、肉が弾け、血が滲んでいる。だが、藍色の魔力がキールの身体から吹き出し、傷を治していく。
キールに回復魔法の心得はない。
魔力による自己治癒の促進程度は出来ても、弾けた肉の再生など出来はしない。
キールの魔力が勝手に使われ、強制的に再生させられているのだ。
魔力が強制的に抜き取られる脱力感は、激痛により上書きされる。
「あ゛あ゛あ゛あ゛あああああああああああああああああああああああ!!!!!!」
どれだけ叫んだだろうか。
絶叫により、喉が裂け、血を吐き出すが、再生。
眼球の血管も弾け、目が吹き飛ぶが、再生。
キールは魔法師ではないものの、保有魔力は魔法師並みにある。半端な魔法師より多いくらいだ。
だが、再生に費やされる魔力は膨大だ。傷を負った端から回復するのだから。
時間にして十数分。
キールは、時間さえも分からなくなる程の激痛を感じ、耐えることは出来ず大の男が泣き叫んだ。声さえ枯れ尽くし、涙の痕が頬に残っている。
「ぁ……ぁぁ、あ……」
キールがいる場所は、校舎裏の隅。周りは壁で囲まれており、通路は一つしかない。
完全に包囲された場所となるが、モールよりは安全だ。休校と言うこともあり、校舎にいる生徒は限りなくゼロに近いだろう。
しかし、教師はいるのだ。
これだけ叫べば、教師の一人や二人来たとしてもおかしくない。だが、不自然な程の静けさを放っていた。
キールは激痛に耐えーー耐えきれず、泣き叫んだがーー、ようやく意識が戻り始めた。
意識を取り戻した時、キールは自身の身体に走る激痛が綺麗さっぱりなくなっていることに気付いた。
体を起こし、調子を確かめる。
「……力を与える……か。この力っ……この力さえあれば復讐を!」
キールは、自身の身体から溢れる力を感じていた。
絶大な力。激痛に耐えたーー耐えきれず、泣き叫んだがーーかいがあると。
そしてキールの精神は、力を得ることで異常を来たしていた。
当初の目的、捕虜となった団員の解放。それが、自分をこんな目に合わせたグレイイースへの復讐へと変わっていた。
そのことに疑問すら浮かばない。
「ははっははははははっ!!!」
哄笑する。
キールの身体から魔力が迸り、地面に亀裂が入る。
キールは、顔を歪めながら歩き出す。
行き先は、学院長室。
歪な笑みを顔に刻みながら、歩いて行くその様を見ている者がいた。
「盛大に踊ってくれよ?」
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