242話 学院長の力
数分後、レインは影の中に気配が戻ったのを感じた。
(どうだった?)
『やっぱりぃ、他も同じようでしたぁ』
(そうかグレイはどうだった?)
『学院長は自分の部屋の中にぃ……攻められていましたぁ』
その報告を聞き、レインは納得した。同時に、襲撃者の目的も凡その見当がついた。
(強者の内二人がグレイのとこに行ったんだろ?)
『その通りですぅ』
(残り一人は、地下か……これで目的がハッキリしたな)
『禁忌魔導書……』
(そう。と言っても、その禁書すらも人間が作った物だろうがな)
この際、誰が作ったかなどは関係がない。
『死者蘇生』『死霊魔法』と言った魔法は、誰しもが欲しがる魔法だろう。禁書は読んだからと言って、習得できるものではない。しかし、適正があれば、出来なくはない。
(と言うか、禁書って言うのは、持つだけでも、見るだけでも精神の弱い奴は死ぬがな)
故に禁書。
その内容だけが問題ではない。その魔導書に込められた魔力も脅威なのだ。
「そろそろじゃないか?」
「もうそんな時間か?向こうは終わったってことか」
「連絡は?」
「まだない。終わったならあるはずだが、なら終わっていない」
「まじかよ……まさか負けたりしないよな?」
「いやいやいや、そんなわけないだろ?」
と言う風に、小声で話している。
そんな話し声をレインは盗み聞きしながら、思考する。
(思った以上に時間がかかっていることに焦っている?)
襲撃者の顔に戸惑いが浮かんでいる。
(さて、いつまで待っておくか。そろそろ飽きて来たぞ。人質ごっこ)
レインは呑気に欠伸をしながら、そう思う。
所変わって学院長室。
時間は、レインの教室へと襲撃者が来たところまで遡る。
「いや~よく来たねえ」
軽薄な笑みを浮かべながら、自分の部屋の扉を開けて入ってきた者に言う。
「今日こそ貰っていくぞ」
「それは困るねえ?私の財産だよ?やるわけにはいかないね」
「元々は我々の物だ!」
「そうだ!貴様が奪っていったんだろうが!!」
怒りを感じ、怒号を浴びせる。
殺気が学院長室を包み、グレイイースへ叩きつけられる。
常人ならば、死んでしまう程の殺気だが、飄々とした態度で受け流す。
グレイイースの許を訪れた襲撃者二人が、己が武器を手に取り、構える。
「やめてほしいねえ?私の部屋を荒らさないんで欲しいんだけどね?」
「それは出来ない相談だ。貴様が返すと言うならば、考えんでもないが」
「いや、こいつは殺す。シルグ、そう決めただろうが!」
「争わないに越したことはない。超越者『幻神』グレイイースを相手に戦闘は避けたい」
「あ!?なら、何のためにここに来たってんだ!」
「はぁ……それーー」
「喧嘩するならお帰り願いたいねえ」
武器を構えられても、椅子から立ち上がる様子さえ見せない。
「アルフ、目的を忘れるな」
「うるせえ!こいつはここで殺す!」
「アルフ」
「お前は手を出すーー」
「アルフレッド。俺にもう一度言わせる気か?」
「くっ……チッ、わぁったよ。くそが……」
「おや?漫才はもう終わりかい?」
「どこまでもふざけた奴だ」
シルグと呼ばれた男は、ダークブラウンの髪に青色の瞳。腰には一本の剣。
アルフレッドと呼ばれた男は、くすんだ銀髪に灰色に近い瞳。腰のベルトには短剣が計十本差さっている。
「飛べッ、剣たち!」
アルフレッドがそう言うと同時に、腰に差さっていた短剣が四本、ひとりでに鞘から抜かれ、浮かび上がる。
アルフレッドの頭上まで浮かび上がると、一斉にグレイイースに向け、発射される。
グレイイースは、迫りくる短剣を一瞥する。
すると、グレイイースの目前三十センチでピタリと止まる。
「先走るなアルフ。奴の力は知っているだろう」
「分かってる。試しただけだ」
アルフレッドは短気だが、愚かではない。
「あまり時間をかけたくないんだがねえ?」
グレイイースは、机を指先で二度叩く。
シュウゥゥッと音を立てながら、景色が変わる。
「アルフッ、ここは、奴のフィールドだ!気を抜くなよ!」
「分かってる!」
まず景色が変わる。
室内から室外へ。そして、木々が生える。
「見た目に惑わされるなよ」
「これが幻術……なのか?」
アルフは、見た目そして感じる匂いまでも、本物だと認識している。
シルグから聞かされていたとは言え、どこから見ても幻術だと思えない。
グレイイースは姿を消すのではなく、いつの間にか立っており、二人から十メートル程離れた所にいる。
「さぁて……始めようか」
グレイイースの前に一つ、いや一冊の本が浮かんでいる。
シルグはその本を見た瞬間、警戒度が跳ね上がった。
「飛翔せよ!」
残りの短剣を全て浮かせる。
弾丸以上の速度でグレイイースへ向け放たれる。縦横無尽に飛び回る短剣は、様々な方向からグレイイースを襲う。
「何ッ?」
短剣はグレイイースをめった刺しにした。が、その身体からは血の一滴も流れていない。
「いや~痛いねえ?」
「効いていない!攻め立てろ!」
「ああ!」
シルグが駆け出す。
剣に魔力を注ぎ、一閃。
グレイイースの首を落とす。
「あっはっはっは!」
「は?なんで生きている?」
「馬鹿野郎!攻撃の手を緩めるな!!」
「あえ?」
グレイイースは首を落とされても笑っている。
そこに、シルグの追撃が突き刺さる。振り上げ、逆手に持った剣を落ちた頭へ突き刺す。
だが、その時、アルフレッドが足元から崩れ落ちた。
「あ、足に力が……?」
「クソッ!もう幻術の中かッ!?」
「ふふ、長々と漫才をしてくれている時に仕掛けさせて貰ったよ」
グレイイースの体と頭がスッと消え、いつの間にアルフレッドの後ろに立っていた。
「馬鹿な……そんな気配は」
「ここは私のホームだ。君たちの力は私に通用しない」
「糞っ!」
倒れたアルフレッドを横目に見て、シルグは剣を構え、突撃する。
「はああっ!!!」
グレイイースの魔導書がパラリと一ページ開かれる。
氷の槍と炎の槍が五本ずつ現れる。
シルグの右から氷の槍が左から炎の槍が飛ぶ。
「ッ!」
当たる寸前、軌道が分かっているかのように最小限の動作で避ける。
「天眼、衰えていないようだねえ?」
「当たり前だ!貴様を斃すために今まで鍛えてきたのだからな!」
『天眼』。
簡単に言えば、知覚力強化能力だ。一瞬だけ思考を加速させ、視野を広くする能力。
相手からすれば、未来が分かっているかのように感じるだろう。
もちろん代償もある。それは、脳に負荷がかかることだ。だからこそシルグは、攻撃を受ける瞬間に発動している。
「剣よ、応えよ」
シルグの持つ剣が光を放ち、グレイイースとの距離はまだ三メートルはあるにも関わらず剣を振るう。
光の斬撃が飛び、グレイイースへ飛ぶ。
一度ならず何度も飛ばす。
その攻撃を、グレイイースは障壁により防御する。
一撃、二撃、三撃……その全ての攻撃を弾く。
「くっ……さすがは超越者……っ!」
グレイイースは軽薄な笑みを浮かべたまま、右手を掲げる。
魔導書がパラパラと開かれる。
グレイイースの右手に光が集まっていく。
そして右腕を振り下ろす。あたかも剣を振るうように。
「こんなもの!……うがああッ!?」
腕を振り下ろすと、光の斬撃が飛ぶ。
シルグと同じ光の斬撃だったため、真似と感じ、剣で斬り払おうとする。しかし、グレイイースの放った斬撃は、シルグの剣を透過し、その身で斬撃を喰らう。
左肩から左脇腹にかけて斬られた痛みに、叫ぶ。
思わず、右手で斬られた箇所を触る。
しかしそこには血の一滴も流れておらず、傷もなかった。
「うわあああああ!?なんで俺の体がッッッ!?」
突如シルグの背後で絶叫が上がった。
この場にいるのは、三人だ。必然的に誰の声か分かる。
シルグもその絶叫に顔を向けると、そこには足元からドロドロにされているアルフレッドがいた。
「『幻刃』……初めて見る技かな?」
ご丁寧にグレイイースは、先程の魔法の名前を言う。
だが、シルグはグレイイースの言葉を聞く余裕はなかった。
「おい!アルフ!しっかりしろ!!!」
「し、シルグッ!助けてくれぇ!?か、体が言うことを聞かないんだッ!?」
アルフレッドは、体が溶ける痛みに絶叫を上げているが、それでも口調はしっかりとしており、シルグに助けを求めていた。
「あ゛あ゛あああああ!も、もう首まで、でで、でぇ?」
「おい!アルフ!アルフレッド!!!」
すでに体が溶け、首まで溶けていたが、すぐに顔まで溶け始め、全身がドロドロに溶けた。
シルグは、アルフレッドに何も出来ず、見ているしか出来なかった。
ガンッと地面を殴りつける。
「まだかね?」
「糞っ!」
悪態を吐き、立ち上がったシルグは、すぐに構える。
グレイイースは隙だらけだったシルグには攻撃を仕掛けずにいたが、急かすように声をかける。そんなグレイイースへシルグは一息で距離を詰める。
「糞ッ!糞ッ!糞ッ!!」
「あっはっはっは!効かないねえ?」
グレイイースの体を何度も斬り裂くが、その剣は、グレイイースの体を透けるように通り過ぎる。まるで、空を切っているようだった。
「がっはっ!?」
突如右胸に殴られたような痛みを感じ、剣を取り落とす。
続いて左胸を殴られる衝撃。足を斬られる痛み。頭を鈍器で殴られる激痛を感じ、シルグの意識は闇に呑まれていった。
それから数秒後。
学院長室には、二人の体が傷一つない状態で倒れていた。
「……私も行かないと行かなければないないねえ」
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