240話 雪那の一日
雪那の朝は早い。
主であるレインより先に起き、準備をする。
準備とは何か。
それは、まず自分の装い。朝風呂に入り、毛並みを整える。いつでもレインに触られてもいいよう、洗い、乾かし、ブラッシングする。
その後は、朝食の準備だ。
雪那が早く起きるのは、レインがいつ起きるのか分からないからだ。朝早くと言っても、四時かもしれないし、六時かもしれない。または、八時かもしれない。起きる時間と言うのは、決まっておらず、レインもそれを伝えない。
配下として、主より後に起きるのは許し難いこと。と言う思いがあるため、朝がとても早い。それは、どれだけ疲れていても、だ。何のせいとは言わないが。
朝食は一度作ってしまえば、魔法で保温しておける。
朝食を作り終われば、再度布団の中に入り、レインの横に寝転がる。
そしてレインの寝顔を眺める。
これは、雪那の日課だった。
睡眠時と言うのは、無防備な姿を晒すということだ。
そんな姿を晒すことが出来ると言うことは、それだけ信頼されていると受け取れる。そのことが分かっているため、雪那は嬉しいと感じているのだ。
まぁ、実際のところレインは、睡眠している時でも、害意や敵意と言ったものには気付く。当たり前だが、雪那は一切害あることは考えていないのだから、快眠出来ると言うもの。
だが、安心して眠れると言う点は間違っていない。
レインは通常自分で起きる。
雪那は、時間を設定して、その時間に意識が浮上するようにしている、と思っているが、実際の所は分からない。
もし、八時になっても起きない時は雪那が起こすことになっている。
そして今日は、八時を過ぎてもレインが目を覚ます気配はない。
「主様ぁ?」
「……」
「朝ですよぉ?」
「……っ」
雪那は、レインの体を揺らしながら声をかける。
数回揺らしてみるが、レインが起きる様子はない。
(そう言えばぁ、バベルに行ってたんですよねぇ?ふふ……)
お疲れ様です、と心の中で呟き、それとこれはとは別です、と再度レインを揺さぶる。
「……後五分」
「ダメですぅ……!」
バサッと布団を取り、強引に起こす。
今回は特別寝起きが悪いレインに、雪那は困ったような楽しそうな表情で起こす。
そこまですると、レインも目が覚め、一度覚めると意識もハッキリし出したのか、伸びをしてシャワールームへと行く。
その間に雪那は作っておいた朝食をダイニングへと運ぶ。
十分後、ほんわかと湯気を立ち昇らせたレインが来て、一緒に朝食を取る。
朝食を取った後、食後のコーヒーを淹れる。
時間になったら、レインを玄関まで見送る。
「いってらっしゃいませ」
一礼し、扉を閉める。
その後は雪那の個人時間だ。
「さてさて、お掃除をしないと……!」
レインが学院に行っている間、雪那のやることと言えば、部屋の掃除くらいだ。
魔法を使えば一瞬だが、雪那は自分の手でやっている。
「ふふふ」
鼻歌でも歌い出しそうな雰囲気で、汚れている場所を拭いていく。と言っても、汚れている場所なんてほぼほぼない。キッチンや風呂場、そして寝室くらいだろう。
ダイニングのディナーテーブルは、汚れが付着した場合、一拭きすれば綺麗になる。
キッチンは、調理器具や食器類。そして台所の掃除。
洗剤なんてものはいらない。スポンジでひと撫でするだけで、油でさえスルリと取れる。主婦なら手に入れたいものだろう。スポンジに魔法がかかっているのだ。
風呂場は、軽く拭くだけで十分だ。
魔法がかかっているため、カビなどの心配もない。
レインと雪那は、この寮に来るなり、色々と改造していた。付与をかけ、より楽により綺麗にするための魔法を。
しかし問題は寝室だ。
二人の色々な体液が飛び散っている。何のせいとは言わないが。
『清浄』をかければ、それさえも綺麗に出来る。
魔法とは、戦いだけでなく生活にも便利なものなのだ。
シーツのしわと整え、掛け布団をかけ直す。
一通り部屋を掃除し終わり、一息つく。
「……ふぅ。これからどうしましょう?」
淹れた紅茶を飲みながら呟く。
レインが基本的にコーヒーを好んで飲むので、雪那も合わせることが多いが、雪那自身の好みとしては、紅茶の方が好きだったりする。
一人の時は、紅茶を飲むことが多いのだ。
「主様の姿を見に行きましょうかぁ……!」
特に何も思いつかず、レインの授業姿を見に行こうと決意する。
寮を出て、レインのいるAクラスの教室へ行く。
その途中、教師と廊下ですれ違ったが、誰も雪那のことに気付かない。それも、隠密しているからだ。レインと違い雪那は、能力を少しも制限していない。雪那の隠密を破れる者など学院にいるはずもなかった。例え、グレイイースだとしても無理だろう。
(お、主様ですねぇ……ふふ)
レインが真面目に授業を受けている様を見て、微笑む。
チラリとレインの視線が廊下から中を覗き込んでいる雪那へと向けられるが、すぐに窓側へ向けられる。
(気付かれましたぁ)
雪那が学院内へと人知れず赴くのは、何も今回が初めてではない。
レインと一緒に学院へと来て、早二ヵ月を超える。その間、雪那は一人で寮室にいるのかと言うとそれは違う。
レインから、「部屋から出るな」という指示を受けているわけではなく、むしろ「好きにしていい」と言われていた。だが、一つ条件があり、雪那の存在を学生教師問わず知られてはいけない。認識阻害や隠密を使っているから、バレる心配はない。
だからこうして廊下を歩いても、教室の中を眺めても、その姿を認識できる者はいない。
(いえ……あれは寝ていますねぇ……)
雪那は眉を顰め、困ったように、そう呟く。
雪那の目には、目は開いているが前を向き、意識を閉ざしているレインの姿が映っている。
(まぁ、授業を聞く限りつまらないようなのでぇ、仕方ないですねぇ)
苦笑を漏らしながら思う。
聞こえている内容からレインには関係ないとさえ言えるようなものばかり。
(さてとぉ……主様がよく行くと言うカフェに行ってみましょうかぁ)
レインが美味しいと言っていた学内にあるカフェへ行ってみることにした。
雪那は少しした対抗心を燃やしていたのだ。レインの世話をするのは自分だ、と言う。
それから十分後。
学院内は移動するだけでも結構な時間がかかる。授業で使う教室や訓練室は、比較的近くにある。それは、授業が終わって始まるまでの小休憩と言える時間内で移動しなければいけないからだ。
だが、喫茶店類は、授業とは無関係であり、少し遠い所にある。
校内地図は、所々に貼ってあるため、迷うことはない。
「ここですかぁ?」
『ルゼリア』と書かれている看板を見つけ、中へ入る。
隠密をやめ、認識阻害の効果を少し変える。姿と声音を変えるのだ。
今、店員には雪那の姿が学生に見えていることだろう。
「いらっしゃいませ」
丁寧な対応だが、今の時間生徒は授業を受けている。つまり、サボって来ていると思われているわけだ。
それでも、教師に扮すれば、すぐにバレるため生徒に化けるしかなかった。
店員の胡散臭そうな顔は、すぐに客を対応する顔へと変わる。認識阻害の効果が浸透してきたのだ。最初から強く変えるのではなく、徐々に認識が変わっていくという風な効果だ。
「コーヒーを一杯お願いしますねぇ」
「かしこまりました」
レインが頼んだコーヒーを頼む。
ちょっとした対抗心ーーと嫉妬心ーーを抱きながら、待つこと数分。
頼んだコーヒーが来てから、一口。
「む……これはっ」
その後の言葉は出なかった。
最後まで言わなかったのは、認めたくなかったからだ。それでも、内心では美味しいと呟いており、二口三口と進んでいる。
「……今度はこれをぉ……!」
メニュー表のデザートコーナーを見ながら決める。
頼んだのは、パフェ。女子が頼むのはパフェと決まっているのだろうか。
更に数分。
「これがぁ……美味しそうですねぇ」
スイーツーーと言うより甘味ーーが好きなのは、女子の共通点だろう。全女子が好きとは限らないが、雪那は好きだった。
フルーツが添えられており、輝きを放っている。
雪那の顔も緩んでおり、笑みを零している。
「主様は食べるんでしょうかぁ?」
パフェを食べ始め、そう言えばと思い出す。
レインは、ケーキやクッキーと言ったスイーツは食べているが、パフェだけは食べたところを見たことがない。
雪那が作るのもクッキー類が多いからだ。
「今度作ってみましょう……!」
見たことないならば、作ってみればいい。
今度レインにパフェを作ると決意を決める。そのためにも、きちんと食べて調べないといけない。
「次は…………」
それから一時間程。
食べて食べて食べまくっていた。
デザートは別腹とでもいうように、雪那の腹の中へ吸い込まれるようになくなった。
そして、
「来ましたね」
その呟きを残して、雪那の姿は消えていた。
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