236話 バレた
ある日。
昼休みの時間中、レインは教師から学院長室へ行くように言われた。
一度行ったこともあり、迷わず目的地へと向かう。
学院長室の部屋の扉をノックする。
すぐに、入室を許可する声がかかり、レインは中へ入る。
「いや~困ったよ。まさか無断侵入する生徒がいるとはね~」
「……」
笑いながら、特に叱責するような声ではなく、本当に面白いと思っている声で言う。
それに対してレインは、笑ってしまいそうになる顔を意識して抑えなければいけなかった。
なぜバレた?などと言う疑問はない。
バレた仕組みもレインは見当がついていた。
「カード……だろ?」
「すごいね。まさかそのことにも気が付くとはっ」
今度は嬉しそうに言う。
最初レインは学院長に呼ばれる理由が思いつかなかった。レインは思いつかなかっただけで、神の塔への不法侵入、魔術学院の機密だと思われる地下施設への不法侵入。その他にも、校内での無断魔法行使など、色々とやってはいけないことをしているが、そのことはレインの頭から抜けていた。
だが、学院長から言われたことで思い出し、ああ、そのことか、と言った思いだった。ただ、地下への侵入はバレていないようだ。
「このカードは、色々と機能が付いているみたいだからな」
グレイイースは、レインの言葉に拍手をしながら笑う。
生徒カードの機能の一つに、転移球の情報を記録するというものがあることにレインは気付いていた。転移球を解析した時に、カードについている機能についての予想もあった。つまり、転移する階層を個別に選べるのは、生徒カードのお陰でもあると言うわけだ。
「呼称は知らんが、よくある言葉を使うなら『転移石』と言った感じか」
「合っているよ。転移石、と言う鉱石があってね。それを加工したものがカードに組み込まれているんだよ」
「やはりな」
転移石……その名の通り、転移魔法の込められた石と言えば分かりやすいだろうか。
クレジットカードのような機能やステータスを表示する機能、学院内での表示機能(序列順位など)がある。
その中で、レインがグレイイースに、神の塔へ不法侵入したことがバレたのは、神の塔の転移球を使えば、その情報が学院へ行く仕様になっていたと言うことだろう。誰が使ったのか特定出来たのは、生徒カードにその機能があるからだ。
しかし、それらの機能は、この世界の文明としては行き過ぎている所がある。
それを成しているのが『神の塔』だと、レインは考えた。
『知識』や『技術』を人に齎すものが『神の塔』ということだ。
「それで、罰でも与えるのか?」
「いやいや、もし何らかの罰を与えたとしても、君に不都合があるわけでもないだろう?」
全くの的を射た言葉だった。
確かに、もし謹慎、停学、そして退学になろうともレインは少しのダメージも負わない。なぜなら、学院に通っているのもただの成り行きだからだ。
レインの思惑全てがグレイイースに分かっているわけではないが、それでもレインにとって退学などが痛手になることはないことと言うことは、理解っていた。
「それで、神の塔を登ることは止めはしない。でも、一応報告だけはしてもらいたいね~」
「了解だ。どうすればいい?担任教師にでも言えばいいのか?」
「うーん、そうだね~」
そこで、俯きながら少し考え込む。
だが、すぐに顔を上げる。
「うん。そうしようか。教師には言っておくから」
「ああ」
「じゃあ、話はこれだけだよ。時間取らせたね」
「ああ、またな」
それだけ言うと、退出する。
レインが呼ばれていたのは、昼休みだったため、残りの午後の授業がまだ残っている。
残りの授業は座学だったため、席に座っているだけで楽な授業だ。
こうやって積極的に出席しているのも、特に意味はない。
他にやることもなく、何となくだ。それに、あえて理由を言うならば、魔法の改良と効率のいい魔法の創作だ。今まで魔法のレパートリーは多かったし、魔力に制限されて使えない魔法なんてなかったのだ。
異空間すら創れないと知った時、驚いたくらいなのだ。
しかし、一から魔法を作るのも、既存の魔法を改良することも、面白いと感じるようになり、今ではむしろ積極的に行っている。
(バベルには、文明の利器というやつがあるってことだろうな。今日、見てみるか)
レインはまだ、『神の塔』二十三階層の遺跡で手に入れた魔導書の中身を見ていなかった。
何が書かれているのか、魔法なのか知識なのか……実に楽しみにしていた。
五十階層あると言う学院内の神の塔の二十三階層と言う、半分も言っていない階層の物だが、それでも初の入手物だった。
神の塔には、迷宮にあるような宝箱としてあるわけではない。
レインが今回見つけた遺跡の中などにある。レインも下の階層でそれらしき物を見つけたが、無視していた。
(さて、今からシスティの訓練か)
そんなことを考えている内に時間が経ち、授業が終わった。
レインの通う魔術学院は、HRなどはない。SHRすらないのだ。授業がすぐに始まり、終われば帰れる。
何か報告などがあれば、授業前、授業終わりに教師から話があるだけだ。ないと言うことは、そのまま帰ってもいいと言うこと。
通常、授業終わりから一時間後に訓練室へ集合と言うことになっている。
友人との交わりは学生なら当たり前だからだ。話す時間、遊ぶ時間くらいは、と思ってのことだ。
だからと言ってレインは、強制はしていない。
友人との関わりを減らせともやめろとも言っていない。遊びたければ遊べばいい。レインは、無理矢理教えようとは思っていない。だが、システィナは、無断で休むことも遅くなる時も、かなり前もって報告したりしている。
そして一度も理由なく休むことはなかったのだ。
今日も特に何も言われなかった。と言うことは、通常通りに行われると言うわけだ。
ただ、始まるまでに一時間程の時間がある。それまで、レインは先日システィナと行ったカフェに向かうことにした。
歩くこと十分程。
目的地へと着いたレインは中に入り、コーヒーとチーズケーキを頼んだ。
「うむ。美味い」
認識阻害の結界を張ることで、無駄に注目されることを防ぐ。だが、校内での魔法使用は、特定の場所以外では禁止されている。しかし、魔法を使用したことを隠せばいいだけであり、レインにとってそれは簡単なことだ。
「しかし、ケーキにしろ、飲み物にしろ……食に関して言えば、日本と同じくらいだな」
レインはこのカフェが完全に気に入っていた。
コーヒーの味もレイン好みであり、デザートも美味しく、コーヒーによく合うため、次も時間があれば来ようと思っていた。
「……今度はこれを食べてみるか」
レインはメニュー表を眺めながら、次はどれを頼もうかと悩み、決めた。
板が三枚あり、その間にふんだんにクリームが乗せられたデザート、ミルフィーユだ。
「電話はないのに、写真はあるのか」
メニュー表には、文字だけでなく、そのメニューの画像まで添付されている。
それが、電子機器などを用いてのことではないと言うことは、見れば分かる。
「魔法で写し出しているんだろうが、にしても、ごちゃごちゃ感が凄いな。これも神の塔からの知識か?この歪な発展もそのせいか」
色々と疑問は浮かんでくるが、それ以上にチーズケーキが美味しくて、すぐにどうでもよくなった。
追加でミルフィーユを頼み、コーヒーのおかわりをする。
「ま、どうでもいいか。次の神の塔はいつだったか」
フォークで切り、食べながら考える。
「明日は訓練室での魔法実習……」
授業表は貰っているが、それさえも異空間収納の中だ。
貰ってからは、一度確認するだけで見ていない。
「ふふふ……ふぅ。美味しかったな。さて、いい時間だな」
店内に取り付けられている時計を見ながら、席を立ち、会計を終わらせ、予約している訓練室へ行く。
予定時間の二分前に到着した。
そこには、すでにシスティナが待っていた。
「あ、先生!」
「少し早いが始めるか」
「はい!」
レインを見つけ、元気よく返事をする。
タッタッタと駆け寄り、ニコリと笑う。
レインは、爪先で地面を二度突く。
地面が流動し始め、障害物が作られる。ハードルやデコボコの地面、筒状の空洞が現れ、その中には上下左右に出っ張りがある。他にもいくつかの障害物が、走るコース上に現れる。
「取り敢えず五周だな」
「分かりました!」
普通の少女ならば、一周すらも出来ないようなコースだ。
しかし、システィナは迷いなく返事をし、スタート地点に立つ。
そして五周を三十分以内にクリアした。
若干息切れをしているが、深呼吸をしている内に整えれる程度のものだ。
「もう一周だ」
「はい!」
レインはもう一周するように言ったが、システィナがスタート地点に行くまでにコース内容に少し付け足す。それは、罠のようなものだ。横から飛んでくる矢、落とし穴、足場の崩壊。
神の塔でレインの遭遇した罠だ。
ただ致死性のものはない。痛いだけの罠だ。
システィナは、最初こそ順調だったが、左右から飛んでくる矢に一本当たったことにより、その後の落とし穴にも落ちかかり、足場の悪い場所でも足を挫き、最後の障害物も何とかクリアは出来たものの、ギリギリだった。
レインが一周と言ったのは、こうなると分かっていたからだ。
矢を避けるには、周りを警戒していなければならず、同時に足元にも意識を向けていなければならない。少なくとも、二つのことに意識を向けなければならないため、身体能力やバランス感覚、五感など鍛えられていても、難しいと思っていた。
実際、致命傷ではないものの、ボロボロだ。
痛みに顔を顰めながらも、レインの前まで歩いて行く。
「一つのことに集中し過ぎるとそうなるぞ」
「……はい」
「神の塔の中では、特に洞窟型の階層で、壁から矢が発射されることもある。魔物にばかり気を取られていると、思わぬところで喰らうこともあるからな」
「はい」
システィナの長所は、自分の短所を分かっていることだ。
失敗したことを受け入れ、すぐに直すよう努力できる。失敗したなら、なぜそうなったかを考えることができる。
それはシスティナの美点だ。
「もう一周やるか?」
「お願いします!」
グッと目に力を入れて、レインを見る。
レインはそんなシスティナの意気込みに答えるように、怪我を回復させる。鏃を潰してある矢のため、打撲程度だ。しかし、他の怪我も合わせると、動きに支障が出る程だ。
レインから回復してもらい、感謝を述べてからスタート地点へ行く。
それからは、一度失敗したことは二度はしない、とでも言うように、実際に失敗しなかった。最後まで完走し、一度の被弾も許すことなく、走り切った。
三度目ともなると、タイムも縮まり、更に速くなったりしたため、妨害を増やすこともしたが、それでも走り切った。
吸収速度が速く、レインとの組み手をやっているせいで、身体制御はもはや学生レベルではない。
飛び、弾き、しゃがみあらゆる回避を駆使して駆け抜けていく。
レインも感心したほどだ。
「次は組み手だな」
「はい!」
休憩などほとんどないにも関わず、休ませてほしいと言う言葉は言わない。
レインも無常に強いているわけではなく、一応限界を見ながらやっているため、いきなり倒れることはない。
「じゃあ、最初は魔法無しだ」
「……行きます!」
覇気のある声で、システィは拳を構える。
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