234話 発情狐
何とかレインが寮室へ戻った時、深夜四時を回っていた。
肉体的な疲労はすでに回復しているが、気持ち的に疲れていた。
怒涛の神の塔攻略で、色々な階層を渡り歩き、果てにはいきなり上階層へ飛ばされると言う悲劇が起きた。そして、白獅子などと言う強魔物が現れ、撃破したものの、その後の転移球を見つけるのに時間がかかったのだった。
文字通り跳び回り、やっとの思いで戻ってこれたのだ。
扉を開け中に入り、寝室へと行く。
寝室の扉を開けると、ベットの上がもぞもぞっと動いていた。薄手の毛布からふさふさの尻尾がちょこんと出て、レインを誘うように左右に揺れている。
耳を澄ませば、すぅすぅと言う規則正しい寝息が聞こえるため、起きてはいないと分かる。
誰が寝ているのかは、分かっている。
元々、レインと雪那は同じベットで寝ていた。その理由も、この寮室は確かに広いが、一人用なのだ。寝室はもちろん一部屋しかない。ならば、一緒に寝るしかないだろう。
レインは雪那を起こさないよう慎重にベットに近付き、中へ入る。
精神に引っ張られるように、レインは眠くなり始め、目が閉じていく。
その時、ふぁさふぁさと雪那の尻尾がレインの頬を撫でた。
思わずレインはぎゅっと握り締め、ふさふさの尻尾を抱き枕に寝てしまう。
「んっ……ふぇ、主様ぁ……?」
突然の刺激に微睡みの中から引き起こされる。
寝惚けたままなため、呂律は回っていない。
大きくはだけた服のせいで、肩から胸にかけて露わになっている。目を擦りながら、主の帰還を感じ、意識が覚醒へと導かれる。
しかし、意識は急激に覚醒へと向かわされた。
レインが無意識にもみもみと尻尾を揉みだしたせいで、快感により起きたのだ。
「え、えっ……こんな真夜中からやるんですかぁ?」
雪那は大いに勘違いしているが、今雪那がレインからされていることを思えば、勘違いしてしまうのも無理はない。
尻尾をにぎにぎとされ、その後雪那がレインの方へ寄ったことで、身体をホールドされていた。完全に抱き枕状態だ。
しかし、すぐに勘違いだと気付いた。
レインの目が瞑られているのを見て、そっとレインを抱き締める。
「お帰りなさいませ」
そう挨拶を言いながら、レインの髪を梳くように撫でる。
それだけを見ると、包容力のある女性と言う感じだが、雪那の顔はだらしなく歪んでいた。今にも、うへへと笑いそうな感じだ。
朝起きたレインは、雪那を抱き枕にしている状態だと気付き、ゆっくりと腕を解いていく。
「ふぁ……んんぅ」
大きく欠伸をした後、背伸びをしてベットから降りる。
その時、左腕をスルスルとふさふさの何かが巻き付いてきた。
「あん?……しっかしよく寝てるな」
巻き付いてきたのは、雪那の尾の一本だ。
九尾とは言え、常に九本と言うわけではなく、そして常にふさふさのボリューム満点の状態ではない。今の雪那の尾の数は、四本であり、一本一本の長さと太さは縮小されている。だが、いつでも伸ばすことが出来る。寝るに邪魔になると言う理由で、本数を少なく、大きさを小さくしているのだ。
レインは雪那の寝顔を見ながら、そう呟く。
ピコピコと狐耳が動き、レインはそれを撫でる。そのまま頭を撫でると、雪那の寝顔が安らかなものから危なげな顔へと変わる。
「おい、起きてんだろ?」
「むにゃむにゃ」
「寝てる奴はそんなこと言わん」
漫画でもあるまいし、と呟き、頭をポンポンと軽く叩く。
これは、早く起きろと促しているのだ。
しかし、スッと伸ばされた腕に絡めとられ、巻き戻されるようにベットへと倒れ込む。
「むぐっ」
ぎゅっと胸に抱き込まれたレインは、雪那の胸に顔を押し付ける形となる。
豊満過ぎるその双丘に顔をうずめながら、もがいて抜け出ようとするが、万力のような力で抑え込まれる。
普段ならば、この程度の拘束を解くことなど造作もない。しかし、完璧にキメられていた。力尽くで解こうものなら関節が折れるだろう。
「ステータスと言うのはこんなにも厄介なのかっ」と心の中で言いながら、雪那の背中へ腕を回し、タップする。
「むがぁっ!むむむぅっ」
解け、寝たふりするなと言う言葉を込めて言うが、レインの視界は真っ暗に染まっているため、雪那の表情を確認することが出来ない。
そして雪那はすでに起きていた。
夜中起こされたかと思えば、焦らすような触り方にムラムラとさせられた雪那は、今発情中だった。
気持ちよく寝ている主を強制的に起こすことなど出来ず、だからこそ数時間待っていたのだ。そしてレインが起きたのなら我慢しなくていいと、行動を起こしたのだ。
さすがに窒息と言う無様は晒さないが、それでも息苦しくはある。
そんなことをしていると、尾が体に巻き付いてきて、その代わりなのか、頭の拘束は若干緩んだ。その隙に、顔を上げる。
「ぷはっ……全く、寝たふりなどしやがって……」
「主様が悪いんですよぉ?あんな状態で放置されるんですもん……このくらいは正当な権利ですぅ」
「……ああ、確か寝る時ふわふわの何かを掴んだ気がするな。なるほど、それがお前の尻尾だったわけか」
朧げだが思い出した。
顔に当たっていた何かを思いっきり掴んだ記憶を思い出し、それでこうなっているのかと理解した。
俺のせいかと、ため息を吐く。
「まぁ、今日は休むつもりだったしな」
レインは授業を受ける気はなかった。
やる気がないとも言える。
自分で決め、神の塔へ侵入したとは言え、戦いの連続と想定外の事態が起こり、そのせいで神経を使うような戦いになった。
それに、子供と一緒になって学院の授業を受けることに、初めから好意的ではなかったのだ。
しかし、授業を正当な理由なく休めば、変な噂が立つことになるだろうと思い、出席だけはすることにした。
「それじゃあっ」
レインが休むと言った瞬間、雪那は顔を輝かせた。
レインは微笑を洩らし、指を鳴らす。
床に魔法陣が現れ、その中から人形が現れた。正確には、魔法人形だ。
その魔法人形に幻術と隠蔽をかける。
「これで『俺』として見えるだろうな」
レインに見えるように魔法をかけた。そして、魔法人形だとバレないように、隠蔽もかけた。学院長が見れば、バレるだろうが、ただの生徒と教師程度ならば隠し通せるだろう。
「会話機能も付けたし、今日一日程度大丈夫だろう」
「はぁい。ふふふ、では早速ぅむぐ」
ふへへと怪しい声を上げながら、ゴロンッとレインを抱き転がる。そしてレインの上を取り、事を始めようとしたが、レインが雪那の顔を押し返す。
「その前に朝食だ」
「えぇ……」
「えぇ、じゃない。とにかく朝食を作ってくれ。お腹すいた」
レインは、そのまま雪那の顔を押し返して起き上がる。
ぷくぅと頬を膨らませ、見るからに不満ですと言っている。
そんな雪那に笑いかけながらリビングへと行く。レインの笑みに雪那は機嫌を戻し、ついていく。
それから全ての授業が終わり放課後となった。
魔法人形から送られてくる情報から、レインはカフェへと向かっていた。
学院にある飲食店の一つだ。
レインの通う魔術学院は、全寮制。つまり、寮生活を強いられるのだ。
理由なく出ることは出来ないため、学院の中だけでも満足のいく生活が送られるよう、施設は整っている。
ショッピングモールもその一つであり、今向かっているカフェもその一つだ。
飲食店以外にもブティックや礼服などの店もある。
庶民も暮らしているが、貴族の割合が多いためだ。宝石店やアクセサリーショップ(魔道具含む)もあり、女子生徒に人気があるそうだ。
「ここか」
目的のカフェに着き、扉を開ける。
カランカランッと鈴のなる音がすると同時に、「いらっしゃいませ」と言う言葉をかけられる。そして静まり返る店内。
見慣れた光景に、レインは反応を示さず、店内を見渡し目的の生徒を見つけ歩いて行く。
レインがカフェへと来たのは、システィナに呼ばれたからだ。
一緒にお茶しませんか、と言うシスティナの顔を真っ赤にしたデートの誘いを受けたわけである。
緊張に舌をもつれさせながらも、一生懸命言葉を紡ぐ様を見て、不覚にも可愛いと感じたのだった。
「システィ」
「あっ、先生!今日はありがとうございます!」
「ふふ、取り敢えず何か頼むか」
面白いくらい嬉しそうな表情で、礼を言うシスティナに、軽く笑いかけ席へ着く。
喜びで顔を赤くしていたが、今度は羞恥で赤くする。
システィナの声はかなり大きく、店内に響いていたのだ。それに気付いたからこそ、頬を染めている。しかしすぐに、にへらと頬が緩む。
どうやら、来てもらえると思っていなかったようだ。
「先生は何を頼みますかっ?」
気を紛らわせるように、メニュー表を手に取り、聞いてくる。
レインはコーヒーを、システィナはオレンジジュースを頼む。
頼んだ飲み物が来てから、ゆっくりと話し始めた。
「実は……」
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