228話 禁忌の動力源
さっさと戻って寝ようと思い、エレベーターへと向かおうとした。
だが、振り返る途中、奥へと続く扉を見つけた。
近くに行き、確かめると、大きさは人が一人通れるくらいの小さな扉。
スライド式なのか、開き戸なのか、それさえも分からない。
レインが扉だと思ったのも、長方形の形に線が入っているのを見て、思った感想だ。
レインは右下へと目を向ける。
「これは、パネル?手形、指紋、なわけないか……」
そこには、高さ一メートル程、一辺二十センチ程の正方形のパネルがついていた。
これを使って開いて下さいと言っているようだ。
「魔力認証が妥当なところだな。いや、待てよ。手を乗せるのは、やめた方が……?ああ、なるほど」
そこで、レインは、パネルの中心部分に細い線が入っているのが見えた。
横に五センチ程の溝。
その溝を見て、レインは何を鍵とするのか思いついた。
それは、この学院の者なら誰でも持っている物。
そう、カードだ。
「まぁ、だからと言って、誰のカードでも解除出来るわけじゃないだろうが……」
問題はそこだ。
レインの持っている生徒カードは、あくまで全生徒に配布される生徒手帳のようなものだ。
隠されているこの場所の解除キーになるとは、思っていない。
そこで、思い出したのは、学院長グレイイースが持っていた黒色のカードだった。
「あのカードは確実に生徒のものとは違う。教員用か、あいつ専用なのか……こんなことになるなら、視とけばよかったな」
仕方ない、と心の中で呟き、手をパネルに乗せる。
「……」
意識を集中し、この台の情報を読み取っていく。
パネルに蓄積された情報から、キーとなるものを拾い上げ、解除するために必要なものを読み取る。
「……やっぱあのカードが鍵か」
読み取るのにかけた時間は僅か一秒未満だった。
思ったより早く読み取れたが、早いに越したことはないと思い直し、解除しようとした。
「複製……って、言ってもな。現物がなければ……って、段々とめんどくさくなったぞ」
レインは自分がマニュアル通りの方法で解除しようとしているのに気付き、途端にめんどくさくなってきた。
相手に合わせる必要もないと言うのに、荒立てないようにと慎重になっていたのだ。
いつの間にか、レインの右手に黒色の拳銃が現れた。『黒式・椿』だ。
椿の銃口をパネルではなく、扉に向ける。
「『魔法破壊』そして『復元』っと」
扉を護っていた魔法を破壊し、扉が開き中へ入ってから、破壊した魔法を元に戻す。
『分解』ではなく、『魔法破壊』を使ったのは、分解の場合だと粉々にしてしまうからだ。例えるなら、パズルの完成品をまっさらな状態にするのが、分解。パズルを上から衝撃を加え、バラバラの状態にするのが、魔法破壊。分解の場合は、一ピースすら残っていないが、魔法破壊は、ある程度残っている。復元するなら、どちらがより楽か分かるだろう。
「これはっ……ははっ、確かにこれは……」
レインはこの部屋に入ってから、この学院に来てからの疑問の一つが解消された。
疑問の一つ。
それは、動力源をどこから持ってきているのか、と言うもの。
この世界は、確かに魔力が豊富だ。そして、技術力もある。魔力を溜め、効率よく使うことも出来るだろう。しかし、この学院の設備を賄うには、圧倒的に足りない。
まず、訓練室だ。
あの数の訓練室の壁の強化、結界、その他諸々と、教師で補うにはあまりにも足りなさすぎる。
「負の遺産みたいな感じだな。だが、実にいい方法だ」
レインの目の前には、カプセルに入れられた人が数人ではなく、数十人規模でいる。
再生槽に似た形体のカプセルに入れられ、一塊に中央に寄せられ、その地面には、大きな魔法陣がある。
その魔法陣がどのような効果のものか、視た瞬間、分かった。
「犠牲魔法……だな」
禁忌魔法とされる魔法の一つだった。
人から魔力を搾り取るだけならば、命を消費するとしても、たかが知れている。しかし、犠牲魔法により、増幅するのならば、大量の魔力を得ることが出来る。
「人は資源だからな。いい活用方法だ」
カプセルに入れられている人間は、若くそれでいて魔力が豊富な人間だろう。若い人間なのは、生命力の問題だろう。
魔法陣の効果は、対象の生命力を魔力に変換すると言うもの。そして、カプセルは、消費された生命力を死ぬギリギリで回復させるためだろう。
「死ねば、また次の人間を、か。確かにこれだけの人間なら足りるだろうな」
レインにとって、犠牲となるのが、善人か悪人かなど、どうでもいい。
この光景に心を痛めることもない。
「まさかここの生徒なのか?……うーむ」
悩んだところで分からず、視れば分かるが、そこまでする必要もない。誰が生贄となっていてもレインには関係ないからだ。
この学院の暗部らしきものを見れたことでレインは満足していた。
「さて、戻るか」
魔力の残滓を計測できる機器があるのならば、誰かがこの部屋へ侵入したとバレるかもしれない。そのため、ここへレインが来た証拠を一つ残さず消していた。
「この世界、嫌に発展しているところがあるからな」
そう呟きを残し、地下部屋を脱出した。
翌日。
レインは微かな期待と共に登校し授業を受けていた。
期待と言うのは、昨晩、地下へ侵入したのがバレないかどうかだ。
午前の授業では、音沙汰なく、午後も特に何もなかった。
期待一%程だったため、落胆はしなかった。
まぁ、こんなものか、程度だった。
「にしても、強くなったな」
「ありがとうございます!」
放課後、いつものように、システィナに魔法を教えていた。
しかし、今や魔法を教えると言うより、戦い方を教えると言った方が適切だろう。
訓練より実戦。
戦いの最中で考え、応用する。または、別の魔法へと変化させる。
魔法は万能だが、全能ではない。しかし、限りなく全能ではある。イメージの違いだけでも、同じ魔法でも違う魔法となる。要するに発想の転換と言うやつだ。
「体力も身体制御もある程度出来てきたしな」
「はい!前のように、動いているだけで体力がなくなるなんてことはなくなりました!」
「うむ。命を懸けた戦いは、肉体的により、精神的に疲れるからな」
特に相手の方が強い時など、精神的消耗が激しい。
一撃喰らえばアウトのような攻撃をポンポン撃ってくる相手、と考えれば理解できるだろう。
レインはその点をより重点的に鍛えていた。
もちろん手は抜いている。魔法もほぼ使っていない。対してシスティナは、何でもありだ。レインを殺す気で、と言うか、殺すつもりで攻撃する。
だが、攻撃と回避はレインと戦っているうちに無理矢理習得させられたが、防御だけはまだ教えてなかった。
「次は、障壁だ」
「障壁?防御魔法ということですか?」
可愛らしく、こてんと首を傾げ、質問する。
「そうだ。確かに攻撃を受けないとなれば、避けることが一番いい。ダメージを喰らわないってことだからな。障壁は、相手の魔法の方が強ければ砕かれる。だが、敵の魔法によって障壁の効果を変えれば、より強固となる」
障壁にも色々種類がある。
例えば、対物理障壁。
例えば、対魔法障壁。
例えば、対熱障壁などなど。
確かに万能な障壁と言うのは、ある。
それは、レインたちがよく使っている魔力障壁だ。物理も魔法も等しく防御する。レインが魔力障壁を使うのは、その膨大な魔力に物を言わせているからだ。とにかく、魔力を込めれば受け止めることが出来ると言う、脳筋的考えだが、理に適っている。
だが、今のレインは魔力を制限すると言う縛りを設けている。
つまるところ、今までのように魔力だけで受け止めることが出来ない相手もいると言うこと。
前の言葉は、自分に向けての言葉でもあった。
「取り敢えずは、対物理障壁と対魔法障壁さえ覚えとけばいい」
「分かりました!」
「ってわけで、今から攻撃する。受けきれ」
「え……」
ポカンッとした表情を浮かべ、サァーッと顔を青くする。
言葉の意味を正確に理解したからだ。今までもレインは攻撃をしていた。しかしそれは、システィナが攻撃をして、隙が出来た時に少しの反撃をするだけにとどまっていた。だが、今からは、率先して攻撃していくと言うのだ。
さすがにステータスを大幅に下げているレインの攻撃が、一撃で肉体を消し飛ばす程の威力はない。しかし、それでもレインの戦闘技術は高い。フェイントは全然入れていないにも関わらず、システィナは、受けきる自信がなかった。
しかしレインは、システィナが覚悟を決めるまで待つつもりはない。そんな優しくはない。
一息で、距離をゼロにし、引き絞った右腕を放つ。
「クッ……!」
まず、いつものように障壁を張る。
しかし、レインは障害などないとばかりに障壁を無視し、拳で砕き割る。
張った瞬間、後ろに飛んでいたため、レインの拳は空を切る。だが、追うように再度地を蹴り、今度は左拳を握り締める。
「障壁の性質を変えろ。何を受け止めるのかを意識しろ」
ヒントを教えながらも、攻撃の手は緩めない。
「障壁以外の魔法は禁止だ」
今まさに攻撃魔法を使おうとしていたシスティナは、レインの言葉に一瞬動きが止まり、レインの突きを腹に喰らい、患部を抑え蹲る。
「かはっ……」
数秒程大きく深呼吸をしたシスティナは、痛みも治まり立ち上がる。
「一方的に攻撃するから、障壁を張ることだけを意識しろ」
「分かりましたっ」
行くぞ、と目で合図し、地を蹴る。
レインの攻撃速度は、目で充分追える。見てから反応しても間に合う。身体強化もなしに、素の能力だから当たり前だが。
レインの攻撃を障壁で受けるが、砕かれ、その繰り返しを幾度となく行った。
そしてついに、
「うくっ!」
レインの回し蹴りを障壁を張り、受け止める。
バシィィッと言う音が空気を伝い、両者の耳に届く。今度の障壁は、レインの蹴りを砕けず受け止めていた。
そのまま、足を下ろすのではなく、前に突き出す。
「ほう?」
しかし、それも受け止めていた。
システィナの展開した対物理障壁は、前方に縦一メートル、横七十センチの長方形、厚さは二センチ程。亀裂も入らず、完璧に止めていた。
伸ばしていた足を戻し、地面に下ろす。
「次はこのまま対魔法障壁だな。こっちは、普段使っているものに近いから簡単だろう」
「頑張ります!」
システィナは、ただの一度も泣き言は言わなかった。
黙々とレインの指示に従っている。
少女であり、しかも貴族の子女がやるような訓練内容ではない。レインが疲れを取るとはいえ、それは、疲れる程肉体を酷使すると言うわけだ。
覚えもよく、思った以上に才能があったシスティナに、教えるのが楽しかったと言うのもあるが、ハードな内容だとは、レインも思っている。
自分の今のステータスならば、本気を出しても殺すことはないと分かっているため、組み手も楽しいと感じていた。魔法を使わなければ、レインの身体能力も同年代の少年少女と同じくらいなのだから。
それから、今度は魔法攻撃を主体とした攻撃を、システィナが対魔法障壁を張ることで防ぐ。その反復して行い、練度を高めていった。
今日だけで二つの障壁を使えるようになったシスティナは、やはり才能があるのだろう。
時間いっぱいまで訓練室を使い、今日は解散した。
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