227話 禁忌魔導書
レインは、学院長室から出た後、まっすぐ自分の寮室へ戻ろうとした。だが、まだ時間があるのを確認し、図書室へと寄ることにした。
この学院に生徒会があるのは、知っている。
なぜなら、レインも序列一位になった時、生徒会からの接触があったからだ。用は分かるだろう。勧誘だ。
しかし、生徒会があることは知っているが、他の委員があるのかは知らない。ただ、少なくとも図書委員なるものはあるのだろう。
図書室の入り口付近のカウンターにいるのが、生徒だったからだ。
特に入室するのに、必要な手続きはないようだ。
チラリとカウンターを見るが、二人の生徒がいるだけで、他にはまばらにいるだけで、そこまで多くはない。それらを無視し、レインは近くにある本棚から見ていく。
(魔法関連……他は……歴史か。どこにでもあるってのは、違うかもしれんが、まぁ、普通の図書室だな)
図書室に来たのは、情報収集の面が強い。
雪那に行かせたとしても、歴史は分からない。今の情勢しか。
(ここか……)
歴史関連の場所を見つけ、まず手近にある本を手に取り、パラパラと捲っていく。
(違う、これも違う……)
速読と言うには速すぎるが、レインの頭には情報が蓄積されていく。
次々と読み終わり、読めば次に、それも読めば次の本を読んでいく。
(違う違う……十三冊目、これも、違う……やはり、汚点となるようなものは記載されていないな。能力は避けたい……が、致し方ない……ん?)
最後と思い手に取った本を元の場所に戻しながら、能力を使おうとしていた時、不意に地下から何かを感じた。
(地下か……木を隠すなら森の中かと思ったが、どうやら違ったか)
レインが探しているのは、通常の本ではない。
と言っても、生徒でも読むことが出来る図書室にあるはずもないことは分かっていたが、もしかしたら、と言う思いは少なからずあった。
(……また、後で、だな)
レインは図書室を後にし、今度こそ寮へ戻る。
戻ったレインは、汚れを吹き飛ばし、ベットにダイブする。
ゴロンッと寝返りを打ち、目を瞑る。
「電子マネー、カード、その機能。中途半端に進んだ文明。くふふ、分からないことがあると言うのは、こんなにも面白いものか……!」
人の前では決して表に出さないような笑みを浮かべて笑う。
レインは楽しいと言う気持ちが沸き上がり、堪えきれず耐えきれず、笑い声は大きくなる。
「一つの能力をほぼ制限すると、ここまで不自由なのかっ!」
「あらぁ?お帰りになっていたんですかぁ?」
その時、自室のドアが開き、タオルを肩からかけた状態の雪那が現れた。
「ああ、ただいま」
「おかえりなさい……何か面白いことでもありましたかぁ?」
「ああ、見つけた。夜に行ってみるつもりだ。お前も来るか?」
元々、レイン一人で行くつもりだったが、雪那がついてくると言うのなら、連れていってもいいと思っていた。
「うーん……やめときますぅ」
「そうか」
予想とは違う答えが返ってきたが、戸惑うことなく、そう返した。
「十二時以降出かけ」
最後まで言うことは出来なかった。
雪那が覆い被さるように、ベットに上がり、レインの上に乗ったからだ。
一応補足しておくと、雪那の恰好は風呂上りであり、タオル一枚をを首から掛けただけで、それ以外には何も着ていない。
「……まだ時間はたっぷりと……」
「分かっている。今はあいつらがいないからな」
あいつらとは、五帝の女性陣のことだ。
この世界には、レインと雪那の二人しかいない。もし、ここにアシュリーやクリスティがいれば、雪那を吹っ飛ばしているだろう。さすがに殺しはしない、だろう。
「……いただきます」
「…………おい」
真夜中、レインは寮から出る。
現在の時刻は一時を過ぎた所だ。一時間オーバーしてしまったのは、ご想像の通りだろう。
(さて、行くか)
生徒は十二時を超えて部屋から出てはいけない。
そのため、存在を消している。誰からも、監視システムからも認識されない。
学院内を移動し、目的の図書室の前まで来た。
もちろん、鍵は閉められているが、そんなものあってないようなもの。
扉を開けるのではなく、すり抜けるようにして中に入る。
(……あそこだったな)
迷わず奥へ進み、入口から対角線上にある角へ向かう。
お約束通りに規定の本を押すとか抜くとかして、隠し扉を開くわけではない。
(ここの下……開け方は、魔法でロックされているが……そもそもこの床に気付くことが出来ないよう魔法がかかっているのか。解錠自体は簡単だな)
座るように腰を下ろし、人差し指で撫でる。
一辺一メートルの正方形に魔力の線が入り、光を放つ。その上にレインが乗ると、そのままレインの体が下がっていく。エレベーター式になっているのだ。
(階段と言うわけではないのか。だが、すでに三十メートルは下っているぞ)
下降する速度はそこそこ速い。
乗ること数十秒。止まることなく下がり続けている。
その時、スッと急に減速し始めた。そして、衝撃も何も感じる間もなく止まった。
自動ドアが開くように、目の前の扉が左右に開く。
「これは……真っ暗だな」
光源が何一つない地下なのだから、闇に包まれているのは、当たり前だろう。
しかし、闇はレインの視界を遮る対象とはなりえない。
レインは、視界を切り替える。
「強力な認識阻害か……幻惑魔法と言うことは、グレイイースの魔法か」
幻惑魔法には大きく分けて二つ種類がある。
一つ、出会い頭にグレイイースがレインに対して使った幻惑だ。それは、レインの視界を惑わすためのものだ。実際何もないが、そこにあるように見せる魔法。
もう一つは、精神に干渉し惑わせる幻惑。それは、視界だけでなく、精神に働きかける。
エレベーター式となっている床も、そこに意識が向かないように魔法がかかっていた。そして、ここに降りてきてからも、耐性の無い者ならこのまま何もせずに帰ろうと言う意識になるよう、魔法がかかっている。
「それに、この結界に触れれば術者に伝わるようになっている……か」
だけど、と呟き、レインはそのまま結界をすり抜ける。
目の前には、侵入阻害の結界と言うより、封印としか言えない魔法が、扉にかかっている。
「特定の者しか開けられないようになっている……って、厳重過ぎるな。まぁ、見せれない、知ることすら出来ないようにしているんだろうが……これで、ただの学院って線はなくなったな」
扉には魔法的封印が加えられているだけで、鎖などで物理的に開けられないようになっているわけではない。
取っ手に手をかけ、ガッと開ける。
その瞬間、なぜこうまでも厳重にされているのか、理解した。
「なるほど……これを隠していた、と」
そこには、等間隔に設置された台が六つ。
その台の中心には、本があり、幾重にも鎖で雁字搦めにされている。
「禁書……と、人間が言う類の本だな」
禁書、正確には、禁忌魔導書だろうか。
一般的に、禁忌と称される魔法が書かれた本と言った所だ。
その代表的な魔法は、死者蘇生などが該当するだろう。実際、六つの禁書の中の一つがまさに『死者蘇生』の魔導書だった。
「死者蘇生、死霊魔法、犠牲魔法、精神支配、即死魔法……か。あと一つは、むぅ、分からん」
五つは分かったが、最後の一つは、レインの目を持ってしても分からなかった。本気で視ようとすれば、分かるだろうが、そこまでの必要性を感じなかったため、深く読み取ることはしなかった。
「確かに人の世には出してはいけないな」
人の世、と言ったのは、人間が決めた禁忌だからだ。
禁忌魔法とされている死霊魔法も、レインの配下であるヨルダウトが使っている。
「死者の冒涜、っていう建前だが、実際は、別の理由だろうからな」
死霊魔法には、殺せば殺す程見方が増える魔法だ。
戦争などでは、敵の兵士も自分の兵士とすることが出来る。それを、最もな理由として『死者の冒涜』と言っているわけだ。
「精神支配は……うーむ。確か、生徒にもいたな。精神干渉系魔法を使う奴が」
精神支配とは、対象を意のままに操ることが出来る。これは、人道に反すると言った所だろうか。
「即死魔法は人間が使うのならば、色々制限があるが、まぁ、使える奴はいないだろうな」
それぞれの台の前に立ち、じっくりと観察する。
一通り見てから、一息つく。
「学院が禁書の保管庫として創られたのか、後から付け足されたのか。それは、どっちでもいいか。しかし、歴史書はなかったな。文書には残ってないのか?」
生徒の目についてはいけない物がこの地下にあると思っての行動だったが、予想外の書物に出会えた。
「まぁ、いいか。これだけ厳重に封印までされている…………ん?」
ここでレインの脳裏に不吉な予測が過った。
「外部にこのことが漏れてるってことはないだろうな?」
物語ではよくあることだと、思い出し、もしかしたらこの学院にも同じようなことが起こるかもしれないと思ったのだ。
「そしてこれらを奪取しに来る、とか?」
ありそうなことだ。
どこの誰かは分からないが、この学院が狙われると言うことは大いにある。
しかし、実際起こる可能性があると言うだけであり、もし、そうなったとしても、特に対策する必要もない。レインはそれを、外野から見て楽しもうとしていた。
「まぁ、そうなれば、システィ辺りに頑張ってもらうか。あまりにめんどくさくなれば、出ていけばいいだけだからな」
レインに、この学院に通い続け、卒業する義務はない。
いつでも出ていけるし、その際何の痕跡も残さず、最悪自分に関する記憶と証拠を跡形もなく消せばいいだけだ。
「……っと、こんなことを考えていると、起こりそうなんだよな」
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