225話 雪那の報告とレインの人気
「さて、報告を……と言いたいが、食べながらにしようか」
「分かりましたぁ」
レインは、戻ってきた雪那にそう声をかける。
レインが初の序列戦を行った翌日の朝。
時間にして、四時十七分。まさに早朝だが、そんな時間に起こされレインが気分を害することはない。そもそもが、睡眠を必要としないのだから。レインの睡眠はただの時間潰し、または娯楽でしかない。
いかにレインと言えど、与えた任務から戻ってきてすぐの雪那に朝食を作れ、とは言わない。
ならば、誰が作るのか。一人しかいないだろう。
十分程して、キッチンからレインが料理を運んできた。
「あ、あのぉ……これは主様がぁ?」
「そうだが?」
しかし、自分らの主が、料理を作るとは思ってもみなかった。というよりも、見たこともなかった。
それもそうだ。自炊すらレインは自分でしたことなど、長い人生(神生?)の中で数える程だ。
「まぁ、多分美味いだろうが、あまり期待はするな」
そう言ったレインに雪那は、いえいえと慌てたように顔を横に振り、目を下へ落とす。
そこには、家庭料理と言えるものがあった。配下の料理人が作る豪華料理には遠く及ばない。普通の庶民が食べるようなものだ。敬愛する主の手料理と言う贔屓目で見ても、見た目美味しそうに見えるが、豪華とはとても言えない。
雪那はゴクリと喉を鳴らし、ナイフとフォークを手に取り、ナイフでステーキを小さく切り取り、フォークで刺し、口に運ぶ。口に入れた瞬間、肉は蕩け、肉汁が広がる。
「美味しい……」
手を口に当て、そう呟く。
意図せずして口を付いた言葉だった。
「そうか」
レインは喜びもせず、自分の分の料理に手を付ける。
「肉は基本的に焼いておけばいいからな。後は味付けか……」
料理人からしたら侮辱としか受け取られないようなことを言いながら、しかし、レインはそうとしか思っていなかった。食事が必須ではないため、料理過程よりも味そのものが大事だ。
半分程食べ終わったところで、レインは集めた情報を話すように言う。
「まず、神の塔ですがぁ、討伐者ランク第七級以上でなければ最下級の神の塔にも入れない見たいですぅ」
「ふむ。確かDランクだったな。一番下の神の塔は……。七級以上と言うことは、それなりに経験を積み、実力がなければ危険と判断された結果か……」
「主様の仰る通りかとぉ」
「……で、行ったんだろ?」
雪那は、主語の抜けたその言葉の意味をしっかりと理解していた。
どこに行ったのか、それは、『神の塔』へ、だ。
「正直ぃ、思ったより低かったですぅ」
本当につまらなそうに言った。
「行ったのは、Bランクの神の塔ですけどぉ、攻略不可能とまでは思いませんでしたぁ」
「ほう?A、Sとまだ上はあるが……まぁ、それは自分で確かめるか。それで、討伐者の基準値は分かったか?」
「第十級討伐者がレベル二十から三十と言ったところでしたぁ。第一級討伐者も見てみましたがぁ、五百以上……もしかしたら、千以上にも到達している者もぉ、いるかもですぅ」
「前の世界より、平均レベルは高い、と。それは、神の塔のレベルもあるか。レベルを上げるのは、より強い敵を殺す方が効率がいい。その強い敵と言うのが、たくさんいるこの世界では、高レベルの者も多いと言うわけか」
レインの考えは、その通りと言える。
ゲームでも敵を倒すとレベルは上がる。だが、自分より強い敵の方がレベルがより上がるだろう。
「それでぇ、神の塔が攻略出来ない理由ですけどぉ、ある階層から急激に強さが上がるようでぇ……」
「ああ、攻略不可能には設定されていない、しかし、高難易度には設定されているわけか。やはり、神の試練か遊びだな」
結果、そう言う結論に至った。
ダンジョンに似ていると言うことは、階層を進むごとに強くなっていくと言うことだ。それは、仕方ないとも言える。迷宮主と言えば分かりやすいだろう。ダンジョンマスターは、迷宮に人を誘い込むため、財宝や武器を餌とする。だが、最初から攻略不可能にはしない。なぜか、人が来なくなるからだ。それじゃあ、本末転倒だ。そして、神の塔が試練だとすれば、その仕様も納得がいくと言うものだ。
「討伐者になると言うことは、戦いに身をやつすしかない者か、戦いが好きな者、だろうな」
残りを食べながら、考えを纏める。
「しかも、基本的に冒険者、こっちで言う討伐者は、実入りいいからな」
「そうですねぇ……魔物を狩るのも簡単ではないですしぃ、危険も伴いますからぁ」
「そう、討伐金が少なくなれば、やる者が激減する。そうしたら、国が危ない。いくら、軍でも全域をカバーしきれない。いや、対応は出来るだろうな。それだけの力はあるだろう。でも……」
「他国からの攻撃に対応できない……」
「そう言うことだ」
魔物の襲撃と言うのは、気を付けていても起こる。
それを起こさないためにも、国の周辺の安全を期す必要がある。そのための討伐者でもある。
魔物相手に手をこまねいては、他国に付け入る隙を与えることになる。その均等を保たなければならない。
「国を挙げて、神の塔を攻略しているのか?」
「訓練をするより、レベルを上げた方が強くなれますからぁ」
「確かにな。レベルの、ステータスの暴力というのは、楽な戦いを出来るからな」
レインと翔太の戦いがいい例だろう。
武術を会得していなくとも、ステータスの差が圧倒的ならば、格下に勝つことは容易とまでは言わずとも難しいことじゃない。
翔太もレインが相手でなければ、勝っていただろう。
それに、レベルが上がると言うのは、それだけ修羅場を乗り越えていると言うことにもなる。技術と言うのは、そこで磨かれる。殺しに特化したものとして。
「その点、今回は劣勢に強いられたがな」
「……」
雪那の視線が呆れたものとなる。
どうせ、遊んでいたんでしょう?、とでも言いたげだ。
「国の力とは、強大な力を持つ一個人か、強大な軍事力。まぁ、他にもあるが……」
「話を逸らしましたねぇ」
「……むっ」
雪那にそう切り返され、口を噤む。
「……ご苦労様。さて、もうひと眠りするか」
「主様ぁ?」
強引に話を終わらせようとしたレインに、雪那の流し目が射抜く。
その目は、「ご褒美はないのですかぁ?」と言っている。
現在の時刻、五時を僅かに過ぎた頃。
登校までの時間はまだまだある。多く見積もっても、三時間弱はあるだろう。雪那がご褒美としてナニを望んでいるのか、考えずとも分かる。
「さっ、行きましょう?」
音もなく立ち上がった雪那は、尻尾を器用に使い、レインを立ち上がらせた。
雪那本来の姿、獣人としての姿になっているため、九本の尾が嬉しそうに揺れている。レインが抵抗しないと言うことは、そう言うことだからだ。艶やかな笑みを浮かべながら、レインの手を引き、寝室へと歩みを進める。
れいんが廊下を歩けば、今まで以上に見られた。その多くは、女子生徒からのものだったが、男子生徒からの視線も同等数あった。それは、レインの今の髪形によるものだ。
普段レインは、ストレートに流している。結ったり、纏めたり、縛ったりといったことをしていない。しかも、レインの長髪は、床にまで届く長さなのだ。ただし厳密には触れていない。床に付かないように、ふわっと浮いているのだ。まぁ、床(地面に)付いたからと言って汚れるわけではないが、精神的に汚いと考えてのことだが、ならば、切れ、と思うかもしれない。しかし、レインはこの髪型を気に入っているのだから仕方ない。
そして現在の髪形は、胸辺りで縛り、右肩から前へ流している。
この髪型は、レインが自分でいたわけではない。雪那が色々とレインの髪で遊んでいたのだ。巻いたり、結ったりとその長髪で遊んでいたら、思いの外時間が経ち、しかもその時の髪形がツインテールと言う、いくら中世的だったとしても、男の状態でそれは、容認できるものではなかった。故に、簡単に素早く出来のが、この髪型だったと言うわけだ。
つまり、今レインを後ろから見れば、完全に女子生徒に見えるだろう。
そのせいもあり、普段よりも格段に視線が多いのだ。
たかが髪型、されど髪型。
髪型で印象が変わるなどざらにあるのだ。その人にあった髪型なら、美しさかっこよさが倍増以上だろう。それが、美の結晶のようなレインが少し髪型を変えただけで、この反応。レインと目が合った女子など、今にも鼻血を噴き出しそうになっている。
と、そこで、レインは面白いことを考え付いた、見たいに心の中でニヤッと笑い、思いついたことを実行する。
それは、微笑みながら片目を閉じたのだ。要するに、ウインクをしたのだ。
すると、至る所で黄色い悲鳴が上がり、失神する者まで現れた。
それを見たレインは、ふふっと笑い声を漏らして自分の所属するAクラスへと足を進めていった。
一時限目の授業が終わった後、孤高の美女ウインク事件などと言われるようになった朝のことを、レインは後悔しそうになっていた。一時の気分で、犠牲者を出してしまったことで、教師から特に何かを言われたわけではないが、咎めるような視線を向けられた。別に悪いことは何もしていない。レインがしたことを言葉で表すなら、「目を合わせ」「ウインクし」「微笑んだ」この三つだ。普通の人なら何もなかっただろうが、レインがしたことで威力が格段に跳ね上がっていた。
教師の咎めるような視線と言うのも、授業中、レインの方をチラチラと見る生徒が多くて、授業内容をほとんど聞いていない生徒が出たからだ。
だが、レインが何か害のあることをしたわけではない。
レイン自体の授業態度に問題があるわけではないのだから、責めるわけにもいかず、目で抑制するだけにとどまった。
授業が終わると、
「あ、あの……っ!」
と、声をかけては、レインの瞳を見て、キャーーーを走り去る。
めんどくさいことになったと、感じていた。もう、むやみに微笑まないようにしようと、考えるくらいには。
しかし、二時限目の魔法実習では、真面目に取り組んでいた。
魔法使う時、余計なことを考えていると、危ないと知っているからだ。暴発、または、暴走。魔法を制御できない時に起こる現象だ。そのため、魔法を使う時は、精神を集中させないといけない。
今回の実習内容は、ゴーレムを破壊すること。
木製で出来ており、極めて人に似ているため、木人形と言った方がいいかもしれない。この木人形は、自律しており、魔力さえ込められていれば、自動で動く。そして、戦闘の訓練用に開発されているため、戦えるようになっている。
生徒は、木人形に魔法を放ち、動けなくする。
木人形には身体強化のように、身に魔力を纏っているため、しかも意外と俊敏なため、簡単には当てることも出来ず、当たったとしても一発二発では止まらない。
そして、この実習は、一人でやらなくてもいいのだ。
仲が良い友人と連携を取りながらでもいいが、というか、そうしなければ、難しい難易度なのだ。
レインはさっさと破壊し終えて、システィナの方を向いた。
両腕両足を吹き飛ばされた木人形が、無残にもレインの足元に転がっている。
「私とナトラさんで動きを止めます!システィナさんは、止めをっ!」
ファルナが水弾の弾幕を張り、木人形の動きを制限する。
ナトラが風刃を狙いをつけて放ち、右腕を切断する。そして、木人形の重心が傾いたところへ、システィナの炎の鞭打が叩きつけられた。
木人形が砕け、破片が燃え上がる。
「やりました!」
システィナは、今にもジャンプしそうなくらい喜んでいる。
しかし、ファルナとナトラは、表面上では喜んでいるが、奥歯に骨が引っ掛かっているような気持ちだった。
理由は分かっている。システィナの魔法の威力、発動スピードが格段に上がっているからだ。それに、魔法制御力も前までとは、明らかにレベルが違う。
「システィナさん、また強くなりましたか?」
「え?えへへっ、そうなんですっ。先生から教えて貰ってから、魔法の使い方?というのが分かりまして!」
システィナが気分良さげに、そう説明する。
確かに、出会った頃より、魔法の腕は上がっている。桁違いと言ってもいいくらいに。魔法のレパートリーこそ、極端に増えはしないものの、手持ちの魔法の運用、イメージの強度、魔力制御、そして一番は、炎の鞭打だろう。炎で出来た鞭を操る技能がかなり上達しているのだ。きちんと鞭全体を操っているのが、傍から見ていたファルナには分かった。
その後、レインの方へと視線が向けられるが、その視線に込められた意味には気が付かないふりをした。
自分も教えて欲しいとは、言えないのだろう。
そもそも、レインはシスティナのことも友達とは思っていない。システィナの友人に対しても何も感じていない。
システィナに対しては、教える者と教えられる者の関係だ。それ以上の関係になることは、ありえない。いつでも教えることをやめることも出来る。続けているのもレインの単なる気まぐれによるものだ。
二限目も続けて実習だった三限目もつつがなく終わった。
その後の授業も何事もなく、序列戦前までは、敵意を向けていた翔太も時々視線を感じるものの、今までよりも軽度になっている。
それでも、嫉妬心はまだあるようだが。
人気が上がり、レインが移動する度に、特に食堂で昼食を食べる時などが多すぎる。
最近では、レインを一目見たさに食堂で食事を摂る生徒までいる始末だ。そこに『悪意』がない限り、レインは見て見ぬふりではなく、意識から外していた。
最初から分かっていたことだ。
それも承知でこの学院に来ていた。学院に来るのは、授業を受けるためではない。卒業するためでもない。自分からは行動を起こすつもりはない。しかし、向こうから来る場合は別だ。火の粉は払う。どれだけ小さな火種であろうと。大きな火柱へと変わるならば、手助けするかもしれないが。
そんなこんなで一日が終わり、放課後になった。
ショッピングモールにより、色々見て回るつもりだったが、教室を出る前に教師から呼び止められ、学院長室に連れられた。
学院長室だと思われる部屋の前に止まり、レインの横に立っている男性教師がノックをする前に反応があった。
「入り給え」
扉越しのくぐもった声がかかった。
男性教師が、扉を開ける。
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