220話 黒式・椿
時間帯は、夕方十六時。
場所は、貸し切りにした、第二訓練室。
第二訓練室にいるのは、レイン一人。ただ、人は一人だが、魔法により鍛錬用の敵が一体いる。
その敵は、影で出来ており、その姿はレインと酷似していた。武器は剣を両手に持っている。
対してレインの武器は不知火一刀。
「『黒式・椿』」
開いている左手の中に、黒い拳銃が顕現する。
銃身に真っ赤の椿の花弁を模った模様が刻まれている。
『黒式・椿』。それは、レインが使っている主武器の一つだ。
『黒式』と呼ばれる武器類。対を成す『白式』もある。
レインが銃である『椿』を使おうと思ったのは、この世界にも銃が生産されているからだ。だが、銃といっても魔法銃だ。魔力を弾丸として撃ち出す銃。しかし、魔法師でもない限り、魔力を使っての銃撃は魔力枯渇の原因になる。それに、魔法師ならば、魔法を使った方が早いし、威力も高い。
要するに、この世界の一般兵士が銃を使う場合は、実弾を用いている。
実弾銃と魔法銃ーー人によっては、魔銃とも呼ばれるーーの二つがあると言うことだ。
そしてもう一つ、魔法師専用の魔法銃がある。
まず、魔法師といったら、武器は何を使うだろうか。
剣士は剣を、拳士は拳を、なら魔法師は何か。代表的なのは、杖だろう。魔力増幅装置としての効果もあり、魔法威力強化の効果もあるからだ。魔法師に特化した武器と言える。しかし、もう一つある。それが、魔法銃だ。魔法補助装置が組み込まれた、魔法師が使う武器の一つ。
レインがいる魔術学院の生徒も、杖か銃のどちらかを使っている人が多い。中には剣を使っている人もいるが、レインもその一人だ。
最初はレインも不知火一刀だけを使うつもりだったが、銃が世間的にされているのなら、使ってもおかしくはない、ということで、使うことにしたのだ。
『椿』の能力、それは、『座標射撃』。
座標を指定し、直接その座標に射撃できる。距離も、対象との間にある障害物も関係なく、だ。ただ、完全に能力を引き出し使いこなせるには、特殊な知覚能力、または眼が必要だ。レインの場合はその両方を満たしている。創造者であるレインが自分のために創ったのだから当たり前と言えば当たり前だ。使えなければ意味がないのだから。
「条件、再生無し。身体機能四割低下で強制停止。使用魔力一万に固定……開始」
影と自分にいくつかの条件を課し、構える。
レインの戦意を感じ、影も構える。
「っ」
先に動いたのはレインだ。
一息に距離を詰め、椿の引き金を引く。
ーー座標指定、照準セット、右腕関節部。
照準をセットし、放たれた魔法は『部分破壊』。
直接腕に作用するため、避けることは出来ない。その場から移動したとしても、逃れることは出来ない。
しかし、レインの魔法が効果を及ぼすことはなかった。
(魔力に干渉、抜くことは出来るが、想定以上の魔力が必要になる。やはり一万は少なすぎるな)
影の纏っている魔力を抜くことが出来なかったのだ。
しかし、レインはすでに、影の懐へ入っていた。下から斬り上げるように不知火を振るう。影はそれを右腕の影剣で弾き、左腕の影剣で斬りかかる。
ーー座標指定、照準セット、左足首。
引き金を引き、『分解』の魔法を二度、放つ。
まず纏っている魔力を分解、そして曝け出された左足首が穿たれる。踝の上に、直径二センチの穴が開く。
バランスを崩した影が、そのまま倒れるように、右の影剣を地面へ突き刺し、逆立ちの要領で飛び上がり、傷を負っていない逆の足で蹴りを放つ。レインは不知火を持っている右手の甲で受け止めるが、そのまま三メートル程吹き飛ばされる。
(影の方がステータスが高い。単純な力比べだと押し負けるな)
レインは冷静に自分の力を把握していく。
今のレインのステータスは、レベル一で、能力値はオール千五百だ。数値で言うなら、影のステータスは五千。約五倍弱だ。
魔力も使用できる魔力に限りがあるため、魔法によるゴリ押しも使えない。不知火に蒼炎を纏わせていないのがその証拠だ。
(不知火の技は使えん……『部分破壊』と『分解』で六千弱も使ってしまった。被弾や受けることはまずしない。そして、一撃で決めるか、削っていくかだな)
久しぶりの力が足りないと言う状況に、楽しい、とはっきりと思う。口には深く笑みが刻まれている。
(影の損傷、7%といった所か……)
影は左足を引きずるように歩くが、無力化するとまではいかない。
再生も出来ない、と条件を付けたため、治ることはない。ダメージが蓄積し続ける。
(後33%……魔法はほぼ使えないな)
レインの残り魔力四割。影の纏っている魔力を突破するのに、かなり使ってしまうため、連発は出来ない。ならば、と、駆け出す。
影は体を支えるために、左の影剣を地面に突き刺している。
迎え撃ように、右の影剣を前に出す。一瞬で、黒い影が吹き出し、レインの視界を黒く染める。レインは目を閉じ、眼で見る。
レインの眼には、動く右足に力を込め、地面を蹴り砕きながら跳躍。レインの頭上を取り、重力に従い落ちながら、影剣を振り下ろすところが視えていた。サッと右に避け、影剣を避けると同時に不知火を水平に振るう。影の左肩から入り、右首から刃が出ていく。
首と胴体が離れた影は、スゥゥゥと地面に溶けるように消えていった。
「……ふぅ。一度も喰らうことはなかったが、魔力の問題が大きすぎるな」
いつの間に搔いていた額の汗を拭い、ぼやく。
「しかし、全然仕掛けて来ないな」
仕掛けて来ない、とは、転生者天城翔太のことだ。
すでにレインが編入してから一週間が経過していた。その間、序列戦の観戦、システィナの魔法指導、自分の鍛錬をしていた。
レインの予想では、次の日にも序列戦を申し込んで来るかもしれないと思っていた。一週間も何のアクションもないなんて予想外だったのだ。だからといって、自分から仕掛けることもないが。
「……まぁでも、実習の時とか特に敵意の視線は感じるんだがな」
思わず愚痴を零してしまうのも、勝手にライバル視しているのか、そう宣言されたわけではないが、それでもそう言った視線を向けられていることに気付いている。
レインが魔法を使えば、それ以上の威力で魔法を放つ。レインも周りと同じ魔法、威力で使っている。
「だが、そろそろだろうな。慎重なのか、策を練っているのか、何か準備をしているのか、俺の力を見ているのか。どれでもいいが、早くしてほしいものだ」
今のレインのステータスでは、討伐者で例えるなら、第十級から第九級の能力値だ。ステータスで階級が決まっているわけではないが、駆け出しの討伐者と同程度の能力値しかない。それでも、第八級魔物程度なら、殺せる力はある。
「序列戦を見て、魔力を十万あるのは、一部だったな。レベルも上がっていたのを見るに、魔物を殺しに行く授業でもあるのか?」
レインはただ日々を過ごしていたわけではない。昼休みや放課後は、時間があれば序列戦を見に行き、同級生、上級生の力を見ていた。中には面白い戦い方をしている者もいたり、逆にせこいと言われる卑怯な手ばかりを使って戦っている生徒もいた。面白いと感じたから見に行ったのも理由の一つだが、学院の生徒の平均保有魔力を調べていたのだ。どのくらいまで使っていいのかを計るためだ。
「十万……少なすぎる。中火でも数秒、強火なら発動すら出来んじゃないか……」
はぁ、とため息を吐く。
今まで魔力がどうのこうの、というのは考えたことがなかった。そのため、試行錯誤するのは楽しいが、同じくらいめんどくさいと感じていた。
その時、訓練室の扉が開いた。
貸し切りなのに入ってこれると言うことは、教師か馬鹿か、あるいはレインの許可を貰っているか。今回は後者だった。訓練室へ来たのは、システィナだった。レインが呼んでいたのだ。
「先生来ました」
「ああ、お疲れ」
レインが「お疲れ」と言ったのは、システィナが教師に呼ばれ、用事があったからだ。
今の時間は、十六時三十分。
システィナの恰好は授業で使う運動着だ。
「さて、まずは日課からだ」
「はい」
日課とは、ランニング、筋トレのことだ。しかし、魔力による身体強化を抜きでだ。
身体強化と言うのは、素の身体能力を強化するもの。なら、素から高い身体能力だったならば、強化すれば更に上がる、というわけだ。
走る距離は五キロ。極端に短いわけではない。
走り終えれば、腕立て伏せ、腹筋などの基礎トレーニングを五十回を三セット。その後は、レインと軽く組み手をする。もちろん身体強化ありでだ。魔法の指導はその後に行われる。
レインの指導とは、主に実戦形式で行われる。
実戦を行いながら、足りない部分を補う。それが武術だったり、魔法だったり……。
「よし、そこまで」
「はっ、はっ、はっ……!ありがとうございましたっ」
魔法込みの模擬戦が終わり、システィナが荒い息を吐く。
最初の頃は地面に寝転がっていたが、一週間も続ければ、息は切れるが倒れるまではいかない程度には体力諸々ついてきた。
「何が足りなかった?」
レインが言っているのは、先の組み手の反省点だ。
こうやって、レインが一から十まで教えるのではなく、システィナに考えさせることで、思考を放棄させないようにしている。考え続けることは大事だからだ。
「……まだ、鞭との併用がまだ難しいです」
「炎の鞭打を維持し、鞭を必要に応じて伸縮させながら、それ自体を武器とする。この一週間、この戦術のための訓練をしてきた。魔法の維持も戦闘に用いないなら、三時間以上。戦闘で使うなら、三十分から長くても一時間……か」
「後、また、視野が狭くなっていました……」
「ああ、常に広く、だ」
死角からの攻撃、肉眼では見えないとしても、警戒はしているが、反応が遅れることがある。それは、レインにばかり意識が向いており、それ以外が疎かになっていると言うことだ。
「特に背後からの攻撃が苦手っぽいな」
「……すみません」
しゅんとして、落ち込み、謝罪を口にする。
これが一度目ならシスティナもここまで落ち込まないが、もう何度も同じ失敗をしていた。
しかし、それも仕方ない。システィナは、つい一ヵ月前までは、貴族のお嬢様だったのだ。荒事など経験したことなど一切ない箱入り娘。戦闘感をたった一週間で養え、という方が無茶だ。
それに、常に周囲、360度警戒し続けろ、なんて神経が磨り減ってしまう。どこから来るか分からない攻撃に備え、対処する。ただの十五歳の少女には難しいだろう。
「いや、たかが一週間でここまで対処できるようになったのは、予想外だった」
「本当ですか?」
まだ、心配なのか不安そうにレインを見上げ、聞く。
レインは、もったいぶらずに頷く。それを見たシスティナの顔が、ぱぁ!と輝く。
実際システィナの才能は、レインの想像以上だった。
お上品な戦い方より、泥臭い戦い方でも、進んで行う。プライドやメンツで命は守れない。
「序列戦や模擬戦をする時は、基本的に手の内を隠せ。何でもかんでも見せびらかすのは、馬鹿のすることだ」
「はい!」
「魔法は、発想力、想像力、応用力がものを言う。全属性を使えるからと言って強いわけじゃない。むしろ、器用貧乏と言われる。使える魔法が一属性じゃなく、一つの魔法しか使えないのなら、それは違うが、一つの属性なら、システィの場合なら炎魔法だな。バリエーションを増やすだけで、戦術の幅がかなり広がる。『炎の鞭打』をメインに使い、他の魔法は炎の鞭打でダメージを与えるための布石にする方がいいな」
「分かりました」
「だが、維持だけに意識を割いたらダメだ。相手の攻撃もきちんと警戒しないとな。今回もそうだぞ」
「……はい」
上げて落とす、と実行されたシスティナが、再度落ち込む。
そんなシスティナの頭を乱雑に撫でながら、フォローする。
「心配するな。俺との訓練以上の相手はほとんどいない。二年、三年上位が相手じゃなければ、今のお前が負けることはない」
「はい!」
「だが、油断は決してするな。総合力で勝っていても、戦術で負ければ、手痛いダメージを負うこともあるからだ」
「分かっています!」
レインは何度も言い聞かせていた。
力を得ると、傲慢になる。傲慢とまでは言わずとも、油断してしまうことで、隙が生まれる。達人同士の戦いだと一瞬の油断が命取りとなる。だからこそ、レインは毎回言っているのだ。
「態度で馬鹿にしてもいい。相手を怒らせ、冷静な判断を損なわせるのも一つの手だからな。まぁ、お前には向いてないか」
ふふ、と微笑みながらそう言うレインの表情に、システィナは熱の浮かれた表情を浮かべる。
笑ったレインの顔が破壊的な魅力を含んでいたからだ。
「さて、そろそろ時間だ。出るぞ」
「はい!ありがとうございました!」
深くお辞儀をし、謝意を表す。
「あ、明日の訓練はなしだ」
「え……」
いきなりレインから明日の訓練が中止だと言われ、立ち止まったシスティナを置いて、レインは寮室に戻る通路へ行く。
その後を、システィナが焦った表情で追いかけるが、レインは薄く笑うだけで、立ち止まらない。
その日、孤高の美男子が笑っている光景が学院の一部の通路で見られたと言う。
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