217話 天城翔太という人間
ボコボコにする準備は整った!
side天城翔太
俺こと天城翔太は、どこにでもいる学生だった。
だったと言うのは、中学一年の頃に異世界に転移したからだ。ん?そんな非常識なこと起こるわけないって?最初は俺もそうだった。でも、元々俺は世間でオタクと言われる人種だったため、対応は早かった。
少し俺のことを説明しておこう。
俺はオタクだ。自他共に認めるオタクだ。それもヒーローが好きな方じゃなく、悪役に惹かれるタイプの。小説から漫画、アニメに至るまで俺の好みの作品ならかなりの数を見てきた。小学生の頃からそうだったため、友達は少なかったが、それでも楽しかった。
まぁ、女子には「きもい」だの「ださい」だの「うざい」だの言われたが、それも俺の容姿がザ・普通だったのもあるだろう。俺がイケメンならオタクでも許されたはずだ。だが、ないものねだりをしても意味がない。
そして小説、無料サイトを漁るうちに、異世界系の作品と出会った。そこには、死んだ主人公が転生したり、巻き込まれたり、偶然と言った感じで転移したりするものだった。そしてその小説らに共通するのが、所謂チートと言われる魔法だったりスキルだったり武器を持っていることだ。神様から貰ったり、というのが定番らしい。
だけど俺は、日本に住む普通の人間だ。魔法なんていう人外の力もない、小説にあるのも空想のものだと、歳を重ねれば自ずと分かる。それでも、憧れと言うものはあるのだ。転生、または転移してチートでひゃっほい!して、ハーレム作ってイチャイチャラブラブしたいに決まっているだろう。
そして俺も憧れとは別に現実にそんなことがないと知っていた。
それでも、せめて娯楽として無料サイトの小説から漫画などを見て見て見尽くす勢いで漁っていた。俺が異世界系の作品と出会ったのは、小学六年の頃。そこから寝る間も惜しんで読んでいた半年間。中学に上がる時にはそっち方面の知識だけはずば抜けていた。まぁ、成績はそのせいで下の方だったけど……。
そして中学一年の夏休み。
友達とも遊ぶ予定などなく、家でいつものようにラノベを読み終わり、次巻を、といった所で買い忘れていることに気が付いた。本屋は家からそこまで遠くない。歩きで行ける距離だからと、その時の気分もあり行くことにした。そのせいで、これからの人生が大きく変わることになったが……。
目的の新巻と新しく見つけた面白そうなラノベ五冊を買い込み、テンションが上がったまま帰ろうと来た道を戻っている途中、『それ』が起こった。突然コンクリの道路が抜けたのだ。思わず落とし穴にでも落ちたのかと思ったけど、中々落下が収まらない。
右も左も分からない状態で数秒、数十秒だろうか。もしくは数分はいってないか。
いきなり今度は浮遊感に見舞われ、とすんっと言う軽い衝撃と共にお尻から着地した。というのも、どうやら椅子に座らされたらしい。
そこは真っ白な空間で、俺が座っている椅子まで真っ白であり、一度立ってしまえば座れなくなりそうだ。
椅子に座って待つことほんの一瞬程。
すると、目の前に光が現れ、老人が現れる。
もっさりとした髭を胸辺りまで伸ばし、杖を付いた老人だ。しかし、俺のはこの相手のが人間じゃないと、神と言われる存在だと分かった。何もそういったオーラがあるわけでも、威圧感を放っているわけでもなく、ラノベとかならそうだ、という完全にそう決めつけていた。
「ようこそじゃ、人の子よ」
そう言いながら、空中に腰を下ろす。
俺から見れば完全に浮いているんだけど、傍から見れば俺もそう見えるのだろうな、と漠然ながら思った。
「儂はゼウス。主は天城翔太……であっているな?」
「は、はいっ!あってます!」
俺は相手が『ゼウス』と名乗った瞬間、気分が高揚し、思わず大きな声で叫ぶように返事をしてしまった。立ち上がりそうになったが、それは何とか我慢して、ぐっと拳を握ることで耐えた。
雷神とも言われるが、やはりゼウスといったら『全知全能』の方が有名だろう。つまり、目の前の老人は神の最高位の存在、だと思う。実際神とかいるなんて思っていなかったから、分からないけど。
それに俺はコミュ障と言うわけではない。俺は自分のことをそう思っている。ただ、友達作りは苦手だ。何というか人付き合いが苦手だからだ。
とまぁ、そんなことは置いといて、今はこの状況だ。
どう考えても転生、または転移になる流れだろう。
密かに喜んでいるつもりだが、その顔がニヤケていることに俺は気付いていなかった。
「そ、それで俺はどうしてここにっ?」
この後の展開を予想しながら、浮足立ちそうになるのを我慢し、言う。
「うむ。主のことは完全に予想外じゃ。特に選ばれた勇者なんて言うことはないぞ」
「っ!」
分かっていたとはいえ、それを言われると言葉に詰まる。
俺のような特に何かに秀でた才能などがない人間が、選ばれたからということがないことくらい。
がっくしと頭を下げ、態度にもでながら落ち込む俺に、ゼウスが声をかける。
「理由は詳しくは話せぬが、望むなら日本へ帰すがどうじゃ?」
「え?」
その提案は予想外だった。
俺が読んでいる物語には、巻き込まれた形にしろ、選ばれたからにしろ、日本に戻れるなどあまりなかった。戻れるとしても、何かをクリア(例えば魔王を倒したりとか)後だったりだ。まぁ、基本、元の世界に戻れることはありえない、と小説でもあったため、俺も日本に戻れないと誰から言われるでもなく、そう思っていた。
だから『帰れる』と言われ、思考が止まった。
そして焦りを覚えた。こんなチャンス二度と起こらないと分かっていたからだ。
そう思った瞬間、意思に反して俺は口を開いていた。
「い、異世界!異世界に行きたいですっ!えと、あるならですけど……」
「やはり、日本の人間は異世界転移が好きなようじゃな」
「ってことは……あるんですねっ!?」
俺は声を荒げ、そう言っていた。
「……ふむ。了解した。運が悪かったとはいえ、関係のない人間が巻き込まれたということじゃからな」
俺の剣幕に若干引き気味のゼウスが俺を落ち着けるかのように、優しい声で告げる。
まぁ、後から冷静になって考えれば、引きながら喋っていたせいで、優しく聞こえただけだと知ったけど。
「これは特典じゃ。望みは剣と魔法のファンタジーじゃろう?」
何度も頭を縦に振る。
「主の頭を覗いたが、その希望通りの世界へ送ろう。そして特典じゃが、取得経験値100倍。必要経験値2分の1、つまり半分じゃな」
「おおっ!成長チート来た!」
ゼウスの口振りから俺がこれから行く世界がレベルという概念がありステータスがある世界だと分かった。数値化されているのなら、分かりやすい。しかも俺の性格が分かっているとしか思えないチョイスだった。
「あと一つ、主の好きな魔法、スキルを与えよう」
「……………………」
そう言われ、返事もせずに長考してしまった。
好きな能力、それは、俺が欲しい物を貰えると言うことだろう。
(全魔法習得、いや、魔法なんて多分イメージだろうから使えるだろうし、そうじゃなくてもレベルが上がれば自然に習得できるかもしれない。なら、ユニーク系のスキルにするか?いや、一つだけだ。慎重に選ばないと。レベルは特典とやらで大丈夫だろう。なら、武術系にするか?それこそレベルを上げてステータスのごり押しで何とかなるだろう……くそっ選択肢が多すぎるっ。いっそのこと時間停止とかにしてみるか?物理をとるか魔法をとるか……だけど、それは決まってるんだよな。魔法一択だ。何のためのファンタジーだっつうの。なら、目に見えるものじゃない才能とかはどうだ?無限に成長できる才能とか、鍛錬さえすれば魔法にしろ武術にしろ習得できる才能にするか?いやダメだ。才能っていっても確実じゃない。いっそのこと『創造』のスキルにするか?それならスキルも魔法も思いのままだけど……そんな能力を与えてくれるかどうかが疑問なんだよな……いや、聞けばいいじゃん。何がダメとかいいと聞けばいいだけじゃん)
そこで俺は顔を上げ、ゼウスを見上げる。
「ゼウス……様、創造のスキルはどうですか?」
「ふむ。創造、限りなく『全能』に近しい能力。人間にはちと荷が重いぞ?」
そう言われ、その意味が分かった。
(確かにそうだ。なんでも創れたとしても対価は絶対にいる。多分それは魔力だろうな。最初はレベル一だろうし、その時に創れるものなんてたかが知れてる。それに、必ずしもレベルを爆上がり出来るとも限らないし、そのためには高レベルの敵を倒さないといけないだろうし、俺は命を懸けたくない。楽して最強になりたい。なら……)
再度俯いて考えていた俺は、顔を上げ、望みの能力を言う。
「なら、『想像魔法』をっ……!」
「想像魔法、ふむ。いい魔法じゃな」
これなら、イメージ次第でどんな魔法も使えるだろうし、創造と違って人の域は出ていないだろう、と思ってのことだったが、正解だったようだ。
「ならば、取得経験値100倍、必要経験値2分の1。それから望みの想像魔法を与えよう」
「ありがとうございます!」
「うむ。では、飛ばそう」
そう言うと、俺の視界は白く塗り潰された。
その時、「あっ」というゼウスの声が聞こえ、俺は漠然と嫌な予感がし、しかし、もうすでに意識が遠のいていたため、気を失った。
それからは大変だった。
いきなり森のど真ん中にいて、急いで安全の確保をした。
自分のステータスを見ようとして、「ステータス!」「ステータスオープン!」など言ってみたが、しーんと森に俺の声が消えていくだけだった。
羞恥に悶えながら一人でよかったと思いながら、なら貰った魔法で何とかしようとして、魔法の使い方を練習しだした。
それから一ヵ月か二ヵ月かどのくらいか分からないが、森の生活にも慣れ、最初は魔物を殺すことにも抵抗を覚え、吐き、反撃を喰らって思わず死にかけたけど、何とか生き延び、それからは、殺られる前に殺るしかないと心から理解し、魔物を狩りまくった。
生物を殴る感触、その辺の尖った木の枝を魔物の眼球に突き刺す時のぶじゅっとした感触、何度も吐きながら、されど慣れるのに時間がかかり、幸いにして大怪我と言う程の傷を負わなかったことだけが運がよかったと言える。
魔法は意外とすんなり使えた。
やはりアニメは偉大だと言うことだろう。俺の予想通りにイメージにより魔法が使え、応用も効くようで、魔法が使えだしてからは、魔物を狩ることも楽になっていた。
森と言うこともあり、サバイバル生活で、調味料も塩すらなく、風呂もなく現代人の俺には耐えがたかったが、ここが剣と魔法の世界だからこそギリギリ耐えれた。
しかし、物事には慣れてきた頃、次の新しいことが起こるというもの。
サバイバル生活も慣れ、今日もレベルアップ(ステータスが見れないため上がっているかは分からなかった)に励もうとしたところで、人の集団を感知した。サバイバルで必須の能力、探知系の魔法だ。エコーのイメージで行った探知魔法は面白い程うまくいった。
それから街に言って、この世界の常識などの情報を集め、冒険者ならぬ討伐者になり、第一級討伐者にまで上り詰めた。その途中で、奴隷のルージュとその一ヵ月後にエリアナを仲間に加えた。
俺の思った通り、この世界は中世レベルではないものの、奴隷制度があるようだった。人の命が日本より格段に軽い。
それに人間だけでなく、日本人からしたら嬉しい獣耳の獣人と呼ばれる存在、異世界と言えば妖精とも揶揄されるエルフ、そして、人の敵としてよくある魔族がいるらしい。らしいと言うのは、獣人以外会ったことが、見たことすらないからだ。
この世界に来て一年が経ち、ルージュとエリアナと恋人となった。
俺の容姿は平凡、それは理解している。それに異世界とは美人や美少女が多く、男にも当たり前だがイケメンがいる。全くこの世は理不尽過ぎる。
最初は奴隷として買ったことで、警戒を与えていたが、俺も真摯に(めっちゃ頑張った。理性でめっちゃ頑張った)対応したため、仲間として信頼できる関係となったのだ。そこからは、戦いながら関係を深め、晴れて恋人となれた。
そこからはドロドロの関係だ。
いやぁ、男子中学生の性欲とは凄いな、と改めて思った。
魔法による精力回復と体力回復のおかげで一日中出来る。
とまぁ、そんなこんなで俺も十五歳になった。
第一級討伐者となったことで名声も富も得た俺は、のんびり働かず遊んでいられる。
この世界では十五歳で成人。
そして、この世界にも学校があることを知り、通ってみることにした。もちろん二人も連れて。
入学試験も一位から三位を俺たちで独占し、更に序列戦と言う制度があり、そこでも序列一位を維持している。
はっきり言って俺は敵なしだった。相手が上級生だったとしても、俺に勝てる奴がいないことは分かり切っている。こっちは世界で十一人、俺を入れて十二人にしかいない第一級討伐者だからな。学生レベルを超えて世界レベルだ。
そんな時だ。
俺が所属するAクラスに編入生が現れたのは。
入学式から約一ヵ月が経った頃、純白の長髪の美女が編入してきた。
ルージュとエリアナもめちゃくちゃな美少女だが、編入してきたレインという女性は神々しいまでに美しかった。しかし、すぐに勘違いだと気が付いた。なぜなら、女性ではなく男性。つまり、男だったのだ。そう思うと、嫉妬が膨れ上がってしまった。
自分でも分からないイラつきを感じながら立ち上がり、レインに近付いて声をかける。
その時の返答のせいで、益々嫉妬は膨れ上がる。
俺のことを転移者だと見抜いたからだ。転移者なんて言葉を知っているのは、別の世界があると知っている者だけ。つまりレインも転移者、または転生者だと言うことになる。
気になり鑑定をしてみたが、弾かれた。こんなことも初めてだったため、余計イラつきを増すことになった。
異世界に来て三年。
この世界で暮らすうちに俺の人格も影響を受けている。それは、殺人への忌避間の薄さから、性格にも日本の頃から変わっている。慢心できるだけの力を得たことで、好戦的な、そしてプライドも高くなっていた。
思わず喧嘩腰で対応しても仕方ない。
しかしそれも軽く流されるかのように相手をされ、益々イラつく。しかも、俺が狙っていたシスティナと初日から親し気に話しやがって。レインの言動全てが俺をイラつかせる。整いすぎている顔を見る度、嫉妬心が膨れ上がり、殺意にまで昇華されているのが自分でも分かるから、抑えるのが大変だ。
レインが来てからの魔法実習では、俺が皆の手本として魔法を見せることになった。
やはり、想像魔法はチートだと何度も思う。元々妄想は得意な方だ。妄想を現実に、というのがこの魔法の真骨頂だと使い続けるうちに気が付き、全属性が使えるようにもなった。
しかし、レインの力は俺の予想以上だった。
指を鳴らした瞬間、五十以上もある的を一斉に爆破した魔法。
俺にしてみれば、魔法を発動するのは簡単だが、狙いを付けるのが難しかった。
例えば、拳銃を持った人がいて、拳銃は引き金を引くだけで撃てる。でも、狙った場所に撃つのは難しいだろう?それと一緒だと思う。
動かないとはいえ、的のそれも中心を狙って寸分違わず、というのは俺にも難しい。出来て三十くらいだと思う。その数に狙いを付けるくらいなら、範囲攻撃をした方が早いからだ。
少なくとも、俺より魔法技能は上だと分かった。分かってしまった。
その日から学院中がレインの話題で持ち切りだった。
ルージュとエリアナがレインの方をチラ見するかのような言動をとることも俺をイラつかせる原因の一つだ。
だから俺は決意した。
どちらが上か教えてやる、と。
この学院には公式に決闘が出来る。
なら、観客が大勢いる中でボコボコにしてやれば、無様に負けるところを見せれば、いくらイケメンでも人気は下がり、恥をかくだろう。
そんな暗い感情が俺の中に浮かびあがっていた。そしてそれを止めることが出来るのは、誰もいなかった。
評価、ブックマーク登録、感想、ありがとうございます!
励みになりますので、入れて貰えると嬉しいです!!!