199話 風呂への乱入者
セバスが部屋から出ていき、十分程経った頃。
「行くか」
そう言うと席を立ち、レインも部屋から出ていく。
扉を開け、出ようとした時、ふと思い出し、レインの後に続こうとしていたアシュリーへの方を向き、
「アシュリー、色々準備してこい」
「っ!分かりました!」
ぱあっと顔を綻ばせ、ブンブンッと頭を縦に振る。
クルリと体を回転させ、今度こそ部屋を出ていく。
そして、通路をまっすぐ行き、大浴場へと向かう。
脱衣室で服を脱ぐ……わけではなく、レインの着ている服が光ったかと思うと、上から徐々に光になり消えていく。そもそもが魔力で創っていたため、具現化を解けば解除されるのは当たり前だ。
数秒で裸になったレインは、扉を開け、浴場へ入る。
「ふぅ、やはりいいな」
開けた瞬間、レインへと叩きつけられる湯気。それを全身で感じながら歩みを進める。
入って左側にシャワーが並んでいる。ここは、レイン専用の大浴場なため、何も十数個もいらない。それでも、この浴場の大きさからすれば、少ないくらいだろう。
それを無視し、まっすぐ歩いて行くと、小さな湖かと思う程の大きな湯がある。
ゆっりと脚から浸け、腰を下ろしていく。
「はぁ~~っ」
レインは気持ちよさそうにため息を吐きながら、肩まで浸かる。
「あれだけ言えば、アシュリーもすぐに来れないだろう……」
レインがアシュリーへ「色々準備をして来い」と言ったのには理由がある。それは、一人でゆっくりと浸かっていたかったからだ。何も言わなければ、すぐにでも突入して来るだろうアシュリーを牽制するため。
「やはり、この湯はいいな」
右手で湯を掬い、左肩へかける。今度は逆の手で。
この湯は普通のお湯ではない。かと言って、天然温泉と言うわけでもない。
手で掬うとサラサラと流れるのではなく、少しばかりとろっとしている。
「粘体風呂……いや、スライム風呂か?まぁ、そこまでじゃないからな」
粘体生物と言うわけではなく、ただ少しだけとろみのある湯を使っている。
ふちに首を預け、体を伸ばす。
「ん~~~~っ」
レインが艶っぽい声を出しながら体を撫でていく。
いやに怪しい雰囲気を放っている。
「このまま眠ってしまいそうだ……」
ついさっきまで戦っていたためにその高揚が収まっていない。
口元には笑みが浮かんでいる。
戦い以外にもエレインの作った料理をお腹いっぱいに食べたのだ。熱い湯に浸りながら目を閉じていると、自然と眠くなってくる。
と、その時、
「レイン様!来ましたっ」
と言う声と同時にガラガラッと開けられ、全裸のアシュリーが入ってくる。
パタパタッと小走りに走りながらレインの入っている浴槽へジャンプ。
バシャァンと音を立てる。
「こら、風呂場では走ってはいけません。それと飛び込むな」
「えへへっ」
とろみのある湯が飛び込んだせいでレインの頭上に降り注ぐ。
「あはぁ、えっちです」
頬を赤く染め、色っぽく呟く。
そのままレインの元へ近付いていき、手を伸ばす。
左手でレインの胸を撫でながら、もう片方の手で湯の上に浮かんでいるレインの髪を梳いていく。
はぁはぁ、と息を荒げ、今にも飛び掛かりそうだ。
そんなアシュリーが次のレインの言葉で体が硬直した。
「さて、アシュリー。俺に言うことがあるんじゃないか?」
「ギクッ……えへへ、大きくなりましょうねぇ」
レインの胸から徐々に下へ、お腹を通り、股間へと伸びる。
そんなアシュリーへジト目と向けながら再度言う。
「おい、アシュリー?正直に言わなければお仕置きだぞ?」
「えっ?お仕置き!」
お仕置きと言われ、瞳を輝かせる。
どうやらアシュリーにはお仕置きがお仕置きとなりえないようだ。さらに息を荒げながら興奮している。
「誰だこんな変態にしたのは……」
「レイン様ですよ?ふふふ、いい子だから大きく……あ、あれっ?なんで?」
「快楽を感じなくすれば……と言うわけだ。早く言わなければ、って性魔法使っても意味ないぞ」
「ぬぐぐっ」
性魔法まで使いだしたアシュリーへ釘を刺す。
悔しそうに唸るアシュリーの頭を撫でながら続ける。
「ほら、言いなさい」
「……うん。ごめんなさい」
アシュリーは誤っただけだったが、レインはそれだけで十分なようだ。
「誰かがリークしなければ、こんなに早く分かるはずがないからな」
レインは、多少時間をかけて神の國へ自分の存在を知らしめようとしていた。しかし、アシュリーたちがレインのいるこの座標を流したのだ。だからこそ、神兵たちがすぐさまレインの抹殺へ送り込まれた。それでなければ、こんなに早くレインの居場所がバレるわけがない。
「それはいいさ。俺も楽しめたからな」
「……ごめんなさい」
しゅんとしているアシュリーの頭を優しく撫でている内に、ニヤケ面へと変わっていく。
「いや、謝らなくていい。むしろ感謝している。ただ、隠し事はいけないだろう?」
「はいっ」
そして、レインからの許しが出たアシュリーはレインへと飛びつく。
ばしゃんっと音を立てながら抱き着く。
「ふふ、くふふ、そのおかげで楽しめたしな」
「本当にここ最近は楽しそう……」
「ああ、実によかったぞ」
顔にかかった髪をかき上げながら言う。
「それでは、行きましょう!ほらっ!」
ザバァッと立ち上がり、レインも上がるように促す。
そして、指を指す。指した所は、体を洗う場所。
「えー、まだ浸かっていたい」
益々体を湯に浸けながら、ぶくぶくとしながら言う。
「はぁ……可愛いっ……やっぱりその姿、綺麗」
普通ならアシュリーにそんなことを言われれば嫌味にしかならない。しかし、レインならば納得もいくものだ。もう笑いが、えへへから、ぐへへと変わりそうだ。
「もうちょっーー」
その時、天井が消し飛んだ。
「あ?」
そして、三つの巨大な魔力が現れた。
「お前か?キリファをやったのは」
「ってここ、風呂場?」
「なんでこんなとこに出したのよ」
男一人と女二人だった。
湯気が上空へ立ち昇り、徐々に視界が開けていく。
「こいつら十神将か。おい、アシュリーよ」
「……はい、何でしょうかレイン様」
「最近、俺がいるところが爆破されるのはなぜだろう?」
「……え、えーと、私分かんない!」
「そうか、分からないなら仕方ないな」
言葉とは裏腹にアシュリーのこめかみをグリグリとしていた。
レインはこの状況に何となくデジャブを感じていた。
「前にも勇神とか言う奴が俺の部屋吹き飛ばしやがったし、今度は十神将か?ふざけんな、セバス」
「はっ、ここに」
レインの背後に黒い霧が現れ、その中からセバスが現れる。
「よしセバス。やれ」
「分かりました」
レインへ頭を下げ、十神将へ視線を向ける。
「あ?なんだこのジイさんは?」
「それで、あなたが相手?」
「私たちの相手が出来ると思ってるの?」
セバスへ怪訝な表情を向けた三人だったが、次の瞬間、驚愕へと変わった。
セバスの姿が消えた瞬間、三人は目の前に地面が迫っていたのだ。
「は?」
「え?」
「なん……?」
一瞬にして三人の足を使えなくしたのだ。
それにより、立っていることも出来ずに、敵を前にして伏せることになった。
「大体、せっかく気分がよかったのに、なんだってこんな雑魚が来たんだ?」
「え!気分がいいって私ーー」
「どうせならグーレルを連れてこいよ」
「……」
ぶくーっと頬を膨らませて抗議の視線を向ける。
だが、レインは不機嫌になっている。
十神将と言うからにはそう名乗るだけの力がある。権能に魂装まで使えばこの浴場なんて一瞬で消し飛んでしまうだろう。だからこそ、レインはセバスへ命令した。
「主、どうしましょうか?」
「取り敢えず、牢にでも放り込んどけ」
「了解しました。それで、尋問は主がなされますか?」
「そうだな……ふむ。どうせこの後は暇だからな。俺がやろう。もう下がってよいぞ」
「はっ」
スッと闇に溶けるように消えたセバスから視線を外し、床に倒れている三人へと視線を向ける。
「あっ……!?」
声を出そうとしている者もいたが、声を出すことは出来なかった。
「足の感覚、ついでに声も出せなくなっているだろう?騒がれるとうるさいからな」
「レイン様……どうします?」
冷めた目で見るアシュリーは、スッと手を右腕を前に伸ばす。そして手をクイッと手招きするように動かす。
「あがっ!?」
「うがっ!?」
「あ゛あ!?」
すると三人が苦しそうな顔をする。
アシュリーがしたのは、ただ重力をかけただけだ。
しかし、
「ふふ、せっかくのレイン様との入浴を邪魔してくれて……ふふ、許さない。どう?臓腑が壊れる寸前の圧、きついでしょう?」
そう、アシュリーは内臓に重力をかけたのだ。
心臓をはじめとして、肺や腸、その他の内臓に。相手は神だ。生半可な攻撃は効かない。アシュリーもそれは分かっている。しかし、効かないと言うことと、痛みを感じないと言うのは、同じ意味ではない。
内臓が押しつぶされそうな圧を感じながら、だからと言って破裂する程の威力ではない。ただただ、苦しさだけを感じ続けることになる。
その気持ち悪さに吐いている者もいた。
「さて、アシュリーそろそろいいや」
「はい」
パチンッと指を鳴らすと、そこで三人の意識が途切れた。
「はぁ、これどうしよう。いきなり露天風呂になったんだが……」
レインは空を見上げながら言う。
そこには、天井が吹き飛び、真っ青で雲の一つもない快晴な空が広がっていた。
「はぁ、これ直すの俺なんだがな……」
「いいじゃないですか!レイン様!お外でやるんです!ほら!ほらっ!」
「はぁ、露天風呂は隣にあるんだが……」
もう何度目かのため息を吐きながら誰ともなく呟く。
「はぁ」
もう一度ため息を吐くと、壊された場所を直し始めた。
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