198話 拭えない恐怖
「はい、どうぞ!」
いつもなら戦いの後は大浴場へ直行だが、夕食のためにレインを呼びにきたエレインに連れられ、ダイニングへと向かった。
レインは顔面を地面へ押し付けられたまま引きずり回されたり、地面にめり込まされたり、とにかく普通なら土や砂が髪に絡みつき、服は汚れているだろう。しかし、レインの髪は一切汚れておらず、服にも汚れや傷、その他一切が全くない。常に清潔なのだ。だから風呂にも入らないでも綺麗なままだ。
それでもレインが風呂に入るのが好きなのは、あの熱い湯に体を浸し、だらーんと体がほぐれる感覚が気持ちいからだ。
だが、レインは一人でゆっくり入っていられる時間は少ない。なぜなら、レインが風呂に入っていると、乱入者が現れるからだ。その筆頭がアシュリーやクリスティだ。そして、まぁ、その後は分かるだろう。それでもレインが本気で一人で入りたいと思えばそうすることも出来る。なのにしないのは、レインもそれでいいと思っているからだ。
「ほぉ、今日はハンバーグか」
キラキラとソースがかけられ光っている分厚い肉を見ながら言う。
見た目からして美味しそうだ。ハンバーグの横には野菜があり、そのメニューは日本の一般家庭で作られる簡単なものだ。
特に高級食材を使っているわけでもない。
一口サイズへ切り取り、口へ運ぶ。
「っ!美味しいぞ!」
「それは良かったです!」
率直に感想を述べる。
それを聞いたエレインは、パアアッ顔を綻ばせ、本当に嬉しそうな表情をする。
実際本当に美味しかった。
口に入れた瞬間、肉が溶け、肉汁が口の中に広がる。その後に爆発するような美味しさが口全体に広がった。
エレインは本当に高級食材を使ったわけではない。
それこそ、スーパーで買ったような普通の食材。だが、手間暇が違う。ほぼ半日かけて煮込んだり、仕込みに時間をかけた。他に入れたものと言えば、よくある『愛情』と言うものだろう。だが、それも馬鹿に出来ない。エレインは愛情を込めながら確かに作ったが、その時、身から発する魔力が食材に込められ、それが美味しさを倍増させている。
「ふふ、これからはエレイン、お前が作れ」
「いいのですか?」
「セバスもいいだろう?」
「ええ。私はどうしましょうか?」
「と言っても、ずっとエレインが作ると言うのもなんだな。だから、エレインを手伝ってやれ」
「分かりました」
レインが背後にいるセバスに話しかけながら、これからの食事係を決める。
これまでレインの身の回りなどは、セバスがしていた。正確には、セバスとセバス直属である使用人がだ。そして、エレインとセバスなら当たり前にセバスの方が美味しい。エレインはあくまでもプロに近いが本職ではない、そんなレベルだ。対して、セバスはプロ顔負けの超一流だ。比べるのはおかしいだろう。
それでも、レインはエレインに作るようにいった。
すると、レインの背後がの空間が歪み、
「私も作る!」
そんな声と同時にアシュリーが現れた。
「は?……ふふ、冗談だろ?」
思わず、手を止め、レインはそんなことを言った。
そんなレインの言葉に対して、アシュリーが心外だと声を上げた。
「酷いよ!そんなことないもん!」
「いや、だって、な?」
子供っぽく頬を膨らませ、抗議する。
それにレインは曖昧な言葉で濁し、セバスの方を見る。
「……」
「え、私ですか?」
セバスはスッと視線をエレインへ向ける。
「え、えーと、アシュリー?それは、やめたほうがいいかなと思うのです」
「エレインまで!ううぅ……」
エレインが困り顔で優しく言ったつもりだが、アシュリーにとっては優しい言葉ではなかったようだ。
レインもセバスもエレインもアシュリーにこうも料理させたくないのにはもちろん理由がある。それは、アシュリーが壊滅的それはもう壊滅的な料理を作るからだ。
よくあるだろう。アニメや漫画で、食べ物とは言えない料理を作るキャラが。例えばカレーを作るとしよう。きちんとした食材を使い、レシピ通りに作ったのに、なぜか紫色の液体となったり毒々しい色になったりするアレだ。時には酸のように溶かすような液を作ったりする者もいる。アシュリーがまさしくそれだ。
その強烈な料理とは、昔アシュリーがレインのためにご飯を作った。しかし、それを食べたレインは数秒ほど意識を失った。レインが、だ。どれだけの味なのか想像もしたくない。
アシュリーの料理とは、毒や猛毒ではない。劇薬中の劇薬だ。レインでさえそれなのだ。常人が食べれば一口で死ぬだろう。
「アシュリー、やめときなさい」
「むぅ、セバスまで、どうして!」
「それはあなたがよく分かっているでしょう?」
「うっ……」
セバスの言葉にアシュリーが怯む。
自分でも分かっているからだ。しかし、エレインが喜ばれているのを見て自分もレインのために作りたくなった。だからつい口をついてしまったのだ。
「ほれより……んく、あむ……一人でも耐えてくれてよかった」
「ああ、確か、祝福をものにした方ですね。確か名は……」
「グーレル。十神将の一人と言っていたな。だが、まだ進化途中だ。自分では進化は完了したと思っているらしいがな」
グーレルの進化はまだ途中だ。
確かに進化した魂に肉体が追いつき出し、遥かに力が増したが、それでもまだ進化が終わったわけではない。
そもそも、
「俺の祝福を受けて、あの程度の強さしか得られんわけがないだろう?」
そう、あの時のグーレルの力は良くて九華の末端レベルだ。
「それに、次合う時はお前たちレベルにはなっててほしいがな」
「……それは、あの者が我らと同格になると?」
セバスの声に険が混じる。
不快さが伝わってくる。
「ククク、どうした?嫌か?」
「……はい」
「正直でよろしい。だが、俺の望みは知っているだろう?」
レインは自分を楽しませてくれる相手を常に望んでいた。いや、今でも望んでいる。
「ふぅ、だが、多分無理か……」
ワイングラスを傾けながら、その血のように赤い液体を見ながら呟く。
「まあいいさ。何回でも何回でも俺の基準値に達するまで試すまでだ」
グラスを口へ持っていき、ワインをグイッと傾け流し込む。
「ぷはぁ、うむ。さて、風呂にでもいくか」
「では、ご用意しておきます」
「はい!はいはい!私も入る!」
そこへ、意気消沈していたアシュリーが声を張り上げる。
「うふふ、では私も」
「……」
スッとグラスを横に持っていく。
セバスがワインを注ぐ。そして、一礼し部屋から出ていった。
「さて、セバスの準備が終わるまで、まったりとするか」
sideグーレル
「……んぁ……あ?……はっ!」
徐々に意識を取り戻すと、バッと上体を起こし、手足を確認する。
「ここはっ」
「ここはグーレル、貴殿の部屋だ」
「……ワシュイドか……ってことは、俺は戻ってきたのか」
前に起きたことを思い出し、自然と体が硬直したが、自分の部屋だと分かると力が抜けた。
「はぁ……」
手足が拘束されていないだけで、こんなに安心するとは初めての経験だ。
グーレルは完全にトラウマになったようだ。
「グーレル、何があった?」
傍からワシュイドが話しかける。
その声音には、戸惑いが感じられた。普段は無表情で一定の声音のワシュイドが少なからず動揺しているのが見て取れる。
「貴殿が黒幕と思わしき者を始末しに行ったのは分かって入る。そして、その状況から援軍が必要なため送った。が、戻ってきたのはグーレル、貴殿だけだった。もう一度言う。何があった?」
「……俺以外殺された」
「それは分かる。いや、十神将が揃いも揃って敗れるなど、ただごとではない」
「違う……アレはそう言う存在だった!」
「あれ、だと……?」
急に声を上げたグーレルに眉を顰めながら問う。
「神皇様と同じ存在だった!」
「何?」
そこでワシュイドの瞳が見開かれた。
「最初は、キリファと二人で戦った!そして、善戦できていた!でも、それは遊ばれていただけだった!」
「貴殿らが遊ばれた?」
「そうだ!俺の能力も魂装も!」
そこまで言うと、顔を俯ける。
その声には悲壮感が漂っていた。
グーレルはキリファを殺された。
そこで敵を討とうとした。その時、援軍の十神将が現れた。
「キリファが殺され、俺が怒りのままに攻撃しようとした時、ちょうどあいつらが来た。その時だった」
「……」
「アレは『祝福』と呼び、強制的に格を引き上げられた。正直あれは話したくない」
「ふむ」
「そして、俺は意識を失い、目が覚めた時には俺と言う存在を構築する全てが飛躍的に上がっていた。アレは進化、魂の昇華と言っていた。……何を言ってるのか分からないって顔だな。なら、これを見てくれ」
そう言うと、魂装を出す。
そこで、ハッキリとワシュイドの顔に驚愕の表情が浮かんだ。
目は見開かれ、口が開いている。グーレルもワシュイドとの付き合いは長いが、こんな顔を見たのは初めてだった。
「グーレル……それはっ」
「そう、魂の昇華とはよく言ったものだ。籠手のみだった俺の魂装。それが、軽装を纏っているかのようだろ?これが、俺が得た力の一部だ」
「一部……?」
「ああ、魔力も能力もハッキリ言えば、桁違いに上がっている」
「っ」
「そして、『祝福』は俺の力の全てが上昇、進化したが、耐えれたのは俺だけだった。楽して力を得られわけがないだろう?だとさ……はは、あいつらは、耐えれなかったらしい」
力なく呟き、再度俯く。
だが、グーレルがこうも沈んだ、今にも泣きそうな、死んでしまいたそうな顔をしているのは、何も仲間を殺されたからだけではない。
グーレルはレインを殺すため、キリファの敵討ちをしようとしていた。
それには、敵に与えられたとはいえ、力があるに越したことはない。なら、与えられた力であろうとも使って殺してやる。そう思っていた。少なくとも最初は。
だが、いざ戦いだし、その力が上がっていくにつれて、グーレルはその力に酔っていた。
もっとこの力を使いたい。
もっとこの力を振るってみたい。
もっと暴れたい。
もっと、もっと、もっと……。
そういった欲求がグーレルを占めていた。
レインを圧倒している時など、もうそれしか頭になかったくらいだ。
「身体能力、魔力、能力、全てが上がった俺はその力に酔ってしまった」
「ああ、分かる。貴殿が魂装を出した瞬間、その身に内包する力を感じた。今や我を超えているのは明らかだ」
グーレルが自分を超えていることに気が付いていた。
ワシュイドは十神将の中では別格だと言われている。そのワシュイドが自分から認めたのだ。
「だが……だがっ!俺は遊ばれていたっ!力を振りかざし、更に沸き上がってくる力に酔い振り回されたっ!」
苦しそうに声を上げながら話す。
シーツを握り締め、唇を噛み、続きを話す。
「それほどまで力を得てなお、勝てぬ敵。確かに、神皇様と同じ存在ならば納得がいく。しかし、本当にそうなのか?」
ワシュイドは疑問だった。
グーレルは確かに強くなった。それも圧倒的に。だが、神皇と同列になったかと言えばそうじゃないと言い切れる。それほど神皇は絶対なのだ。
「ああ……信じたくない。だが、アレとはそう言う存在だ……」
「……そうか」
そこまで言われれば信じざるを得ない。
その時、ワシュイドは気付いた。グーレルの手が体が震えていることに。
「怖いのか?」
「っ!?」
それは今のグーレルの心境だった。
あの力を目のあたりにしたのだ。恐怖するのも仕方ない。
「取り敢えずは休め。それからだ」
「……ああ、分かった」
ゆっくりと体を倒し、ベットに寝る。
それを見届けると、ワシュイドは部屋から出ていく。
「はぁーーーーークソッ!」
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