195話 女の戦い
sideエレイン
レインが『神の祝福』を発動した頃。
レインから強制転移されたエレインと十神将は睨み合っていた。正確には十神将が一方的にエレインを睨んでいるだけだが。
「あらぁ、おかしなことになりましたねぇ」
「くっ……ここはどこっ!」
「え?そうですね、あの先程の場所から百キロ程離れた所、でしょうか」
「ひゃくっ!?」
問題は距離ではない。
なんの抵抗も出来ずに飛ばされたことが問題なのだ。
しかし、気持ちを切り替える。
目の前の美女を睨みつけ、速く片付けてからグーレルの援護に行かなければ、そう言う思いを胸に、臨戦態勢へ移る。
だが、エレインは自然体だ。頬に手を当てながらあらあらと言っている。
「なぜ、あんたはエプロン姿なのかな?」
「えーと、陛下へのお夕食をとお呼びしに来たのですけど……お客さんがいらっしゃって、仕方ないですよね」
おっとりとした雰囲気を放ちながら話し始めた。
毒気を抜かれそうになるが、気を引き締め直す。
「私は、クウェンティ。あんたは?」
「私ですか?エレイン、と申します。短い間だと思いますがよろしくお願いしますね」
ニッコリと笑いかける。
その表情は敵に向けるものではない。友人に向けるような親しみやすい感じだ。
レインたちを敵として来たはずだが、エレインのそのオーラを感じていると、クウェンティも戦意を保ち辛くなっている。それもこれも、エレインの放っている雰囲気がそうさせている。
「最近陛下は人間としての生活が長かったようで、お食事を嗜んでいるみたいで……」
「は?何言ってんの?」
急に話し始めたエレインへ訝しげな顔で問いかけるが、気にした風は一切なく、続けて言う。
「私は『聖帝』の名を与えられているものの、陛下は傷付くことがほとんどないのですよ。なので、癒そうとしても出来ないのです」
嘆くような、悲しいような、そんな顔で話す。
「ですので、私は自分の身体を使って癒すのですっ」
胸の前で握り拳を作りながら、ふんすと意気込む。
その時、ぽよんっとエプロン越しでも分かる程揺れたその巨大なものをクウェンティは射抜くように睨みつける。
「いや、ただの惚気……」
「そこで、お料理のお勉強を始めたのです。でも、中々難しくて、最近やっと美味しいお料理が作れるようになって来たのです」
ニコッと満面の笑みで言う。
「うふふ、陛下って可愛いんですよ?」
「か、かわいい?あ、あれが?」
思わずと言った感じで問う。
クウェンティからすれば、レインとはさっきあったばかりだが、その恐怖は身に染みている。今思い出すだけでも、体が震えそうだ。
「ええ、とっても」
その時のエレインの表情はとても色っぽく、歓びが滲み出ていた。
「あら?うふふ、そろそろのようですね」
「何を言っているのかな?」
「いえいえ、こちらの話ですよ。それより、私たちも始めましょうか」
「あ、ああ、そうだったね」
世間話をしていたため、クウェンティは戦いに来ていることを一瞬忘れていた。
『魂装』を出し、全力で相対する。
「あまり時間もかけれないですし、なるべく早く終わらせましょうか。ご飯も冷めてしまいますので」
「ふんっ、あんたを倒してグーレルの援護に向かわせてもらうからね!」
「うふふ、出来ると、いいですね?」
挑発的なことを言いながらパンパンとエプロンを整える。
クウェンティの魂装は、短刀型。薄緑色の刀身に花柄の紋様が浮かんでいる。
「シッ!」
「あら?」
地面が凹む程の力で踏み込み、エレインへと斬りかかる。
半歩下がり避ける。
「フッ!」
そこへ追いかけるように踏み込み、畳みかける。
連続で振るい、体術も駆使して攻撃する。
「はああっ!」
「うふふ」
エレインは笑いながら避ける。
全てを紙一重で、しかし危なげなく避け続ける。
「『炎楼』っ!」
「アドニスさんと同じですか」
魂装を緑色の炎が包むと、ゆらゆらと刀身が霞みだす。
それは、間合いを掴ませない効果があるようだ。剣先も短くなったり長くなったりと距離を測れない。
「『炎獄』っ!」
「わわっ、炎の檻ですか」
後ろへ飛ぼうとジャンプしようとして、何かにぶつかった。
それは、炎の柵。後ろだけじゃなく、左右、さらに、前にも炎の柵が現れ、上から蓋をするように落ちてくる。逃げ場を失い、その場に留まる。そこへ、クウェンティが迫る。
「伸びろっ!」
逆手に持った短刀の柄頭を左手にぶつか、唱える。
すると、ゆらゆらと揺れていた緑炎がいきなりブオオオッ!と燃え盛る。
そして、駆ける。エレインとの距離、三メートル程になり、短刀を振るう。ただでさえ短い刀だ。この距離では絶対に届かない。しかし、振るった。
緑色の魔力光を残しながら振り切る。
その切れ味は凄まじく、炎の檻ごと斬り裂き、エレインの体を横一文字に斬り裂いた。
「あらら……これはこれは、陛下が楽しむのも分かりますね」
「胴体真っ二つにしたってのに、なんで生きれるのかな?」
『炎獄』は散るように消える。
クウェンティは、真っ二つにしたエレインの体を見て、怪訝な表情をする。
なぜなら、臓腑を撒き散らし、大量の血を流すはずなのだが、そこからは、一滴の血も流れず、光がぽわぁっと光っているだけだった。
すると、分かれた上半身と下半身が光に包まれ、パッと消えた。
そして、光が一つに纏まると、そこには、傷一つ負っていないエレインがいた。
「再生……?」
「いえいえ、その程度の攻撃では傷一つ負いませんよ、と言うだけですね」
「手ごたえがあったけど?」
「まぁ、この身を斬り裂きましたからね。それは手ごたえはあるでしょう」
忘れてはいけない。
エレインの与えられた名は『聖帝』。癒しを得意とする。それは、他者に対してのみではない。自分に対してもだ。
「さてーー」
「ーーぐっ!?」
その瞬間、エレインの姿が消えると、クウェンティは感に従い、前に全力で飛ぶ。
その時、エレインの指がクウェンティの左腕を掠る。掠った場所が抉られたような傷が出来、血が溢れる。
「あらあら?今ので終わらせるつもりだったのですけど……感がいいのですね」
再度姿が消える。
今度は右に転がるようにして避ける。だが、エレインはそれを見越していたかのように、追う。そして、クウェンティの足を握る。
「ぐああああああッ!?」
バキバキッと掴まれた場所から肉体にヒビが入り、壊れ始める。
あまりの激痛に叫び、しかし、短刀で右の太ももから斬り落とし、逃げる。
「くぅ……はぁはぁ、はっ」
「本当にしぶといですね?」
困った風に笑いながら呟く。
あと一秒でも判断が遅れていれば、足だけでなく胴体までが壊れだしていただろう。
「『癒しの宝玉』……これ以上伸ばせませんのでこれで終わりにしますね?」
「ちくしょうッ……くっ」
片足になりながらも立ちあがると、傷口から炎が噴き出し、即席の義足が作られた。
そして、両足で地面を踏みしめ、向かってくる光の球体を睨みつける。
光の球体の数は全部で十八。
一番早く到達する二つを短刀で斬り裂き、次に近い、右斜めと上から向かってくる二つの光球を一刀のもと斬る。バックステップで距離を取り、頭と心臓を狙ってく光球に突きを放つ。そのまま右回りで走り出し、地面に刀身を伸ばした短刀で斬りつける。
走るクウェンティを追尾するように後を追う光球。
クウェンティが傷をつけた地面から火柱が立ち上がり、光球を燃やし尽くす。
残りの光球は五つ。
くるりと振り返り、短刀を構えると、地面を削りながら止まる。
カッと目を見開くと、高速で短刀を振るう。
向かい来る光球を同時に斬り裂く。
「はっはっはっ……ふぅ、これでっ」
「これで?どうやって、その武器で私に勝とうとしているのですか?」
「は?」
首をこてんっと傾け、疑問を口にする。
クウェンティは質問の意味が分からず、呆けた声を出す。そして、言われた通りに、自分の魂装へ目を向ける。そして、驚愕の声を上げた。
「ーーーーーーッッッ!?!?」
「うふふ、私の力は『癒』が基本ですが、人を癒すだけが力の使い方ではないのですよ?癒しと破壊は紙一重……と言うのですか?ふふ、もうボロボロですね」
そう、クウェンティの魂装は刀身がボロボロになり、今にも砕け散りそうだ。
次振るえば、絶対に砕けるだろう。
「終わりですよ」
「ひぃっーー」
いつの間にかクウェンティの傍にいたエレインは、胸に手を当て、告げる。
ビキッと蜘蛛の巣状にクウェンティの肉体にヒビが入り、一瞬で全身に回る。そして粉々に砕け散る。
「ふぅ、しぶとい方でしたね。……それで、どなただったのでしょうか?お客さんだと言うことは分かるのですが……?」
可愛らしくこてん小首を傾げながら言う。
悲しいかな。クウェンティに対してエレインは何の興味も持っていなかった。ただ、レインから譲られたために相手をしていたに過ぎない。
「あ、温め直さない行けないかもしれませんね」
気持ちを一瞬で切り替え、ルンルン気分でレインの元へ戻っていく。
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