194話 神の祝福
レインを睨みつけるグーレル。
殺気が充満し、レインの感覚を刺激する。
レインから放たれている圧は全く消えても衰えてもいない。
それなのに、これほどの殺意を向けているのは、仲間だったキリファの死が原因だ。目の前で、自分を護るために命を懸けた少女。何かと反発したり口喧嘩したこともたくさんあったが、それでも信頼していた。だからこそ、一緒に行動していた。
能力の相性がいい、それだけが理由ではなかったのだ。
気を許せる相手であり、一緒にいて楽しい、そんな相手だった。
自責の念に駆られる。
自分が前に立てばよかった。
自分が盾になればよかった。
そんな思いがぐるぐるぐるぐると周り、そして、失望が沸きあがる。
それは、死んだキリファにではない。護ることが出来なかった自分に、だ。
十神将と言われ、その誇りもあった。
自分は選ばれた者だと、特別な存在だと。そう言われ、信じてきた。
だが、誤りだと悟った。
レインに遊ばれ、キリファさえ死なせてしまった。
自分への怒り、そして、キリファを殺したレインへの怒り。
この自分の中で暴走するこの怒りを、目の前のこの理不尽な存在にぶつけずしてなんとする。
レインは殺気を向けられているにも関わず、薄ら笑いを浮かべている。
その時、ふとあることに気が付いた。
(ん?誰か干渉しようとしているな。転移系か……こいつの仲間、だな。強度Lvを下げるか)
強度Lv。
それは、レインが異空間や疑似世界などを創った時に設定するものだ。空間の強度と言った方が分かりやすいかもしれない。
Lv1、誰でも出入り可能なレベル。
Lv2、入ることは出来るが出ることは出来ない。または、その逆。空間系統の攻撃なら壊すことが出来る。
Lv3、レインが許可しない限り出入り出来ない。『超新星爆発』を同時に三発程喰らえば壊せる、かもしれない。
Lv4、概念系統の攻撃ならば壊せる、可能性がある。
Lv5、絶対不可侵、不干渉。レインの許可がない限り、絶対に出ることも入ることも出来ない。
と言うように、レベル分けしている。
そして、今回レインが創った異空間の強度はLv3。許可しない限り、外からここへ転移することは出来ない。
レインは、外からグーレルの仲間と思わしき存在がここへ門を繋げたのを感じた。
「Lv3からLv2へ」
その瞬間、この異空間へ繋がらろうとしていた通路が繋がり、グーレルの背後へ門が現れた。
「これは、大ピンチってやつだね」
「うん?キリファ!?」
「おいおい、マジかよ……十神将が負けたってのか?」
現れたのは、三人。
男二人と女一人だ。
現れた瞬間に強度を戻す。
(ふむ。全員がこいつと同程度か……十神将、確かに強いが、なーんかおかしいんだよな)
レインは、十神将に対して違和感を感じていた。
身体能力、権能、共に強力だ。
グーレルの『大海』、キリファの『暴嵐』、どちらも天災と言える。
容易く世界を滅ぼせる程の力を持っている。
だが、何かおかしい。
言うなれば、
(自分の力じゃないみたいな……まさか、権能は与えられたもの?それか、力に自惚れ研鑽を怠ったか?)
グーレルの『大海』の能力、これは、海を創り出すが、簡単に言えば、水を大量に生み出す、と言うもの。世界を海に沈めるなど造作もない。神界をそうしたように。
(神界を潰したのは、ただの水攻め。雑魚はそれでもいいが、俺には効かん。なら、教えてやる必要があるな)
レインの考えは纏まった。
そこでふと目を前に向けると、こちらを睨んでいる四人がいた。
「あいつか……っ」
「ビリビリ来るよっ、まるでーー」
「ああ、神皇様を前にしてるみたいだ……」
怖れるような目でレインを見ていた。
グーレルはレインが発する圧を怒りが超えた。だが、新しく現れた十神将はいきなりの圧に怯み気味だ。
その時、パッと光が集まり、一人の女性が現れた。
「陛下、お夕食のお時間ですよ……あれ?」
「おお、エレイン。もうそんな時間か?」
現れたのは『聖帝』エレイン。
ピンクの生地に花の装飾が施された可愛らしいデザインのエプロンを着ていた。
完全に戦場に着ていい服装ではないが、中々様になっている。
「だがなぁ、今遊んでるんだよ。これが終われば行くとするか……ふむ、そうだな。お前も手伝うか?」
「そうですね~。ふふふ、分かりました。お一人貰いますね」
「うむ。誰にする?」
「じゃあ、女の子を貰います」
「よし、なら早速」
パチンッと指を鳴らす。
すると、エレインと十神将の女の姿が消えた。
100キロは離れた場所に強制転移されたのだ。
「ファナリスをどこへやった!?」
「何、離れた所へ飛ばしただけだ」
「ッ!?」
そのことへ、驚愕すると同時に怖れた。
こちらの防御を無視するその所業に。
「さて、男は男同士で遊ぼうではないか。まぁ、三対一だが、今のままじゃ、話にならん。そこで、特別だ、『神の祝福』
手を上に向け、前に突き出す。
すると、掌に虹色の卵状の物質が現れた。そして、それを握り潰す。
掌の隙間から虹色の光が溢れ、辺りを照らす。
その瞬間、十神将が苦しみだした。
「ウガァアアアアアッ!?」
「アアッアアアアアァアァアアッ!!」
「グゥゥッ……アガアアアアア!?」
グーレルは耐えようとしたが、魔力とは違う何かが入り込み、耐えることが出来ずに悲鳴を上げる。
「ククク、戻ってこい。そうすれば、強くなれるぞ」
「んぅ、ぅうん?……」
俺は、いつの間に寝ていたんだ?
そこで、俺は腕と足に違和感を感じた。首を動かし、見てみると、
「は?ぐ、ぐぅ、動けない!?」
そこには、武骨な鎖に巻かれた腕があった。
そして自分の置かれた状況を把握した。
「なんで磔に!?」
そう、磔にされていた。手や足は鎖で巻かれ、動けないように、固く締め付けられていた。
この程度の鎖、普段なら力を軽く入れる程度で引き千切れるのに、今はどれだけ力を込めても壊せそうにない。
「クソッ!魔力も使えねぇ!ってか、どこだよ、ここ」
魔力を練ろうとしたが全く動かすことが出来なかった。
ピクリとも動かない俺の魔力と身体。
ここで初めて周りを見渡す。
そこは、荒れ果てた荒野だった。果てしなく続く荒野にぽつんっと俺ただ一人が磔にされていた。
「『魂装』ッ!はあ、だめか」
魂装を出そうとしたが、やはりうんともすんとも言わない。
その時、肌を指す殺気を感じた。
「ッ、なんだ……?」
動く首を動かし、見ると、地面に小さな極小さな黒い渦が俺を囲むように現れ、徐々に大きくなっている。そして、黒い人型となる。
(何だこいつら!一人一人が半端ねぇ強さだッ)
全身から汗が噴き出る。
動けない状況、魔力も使えない状況、権能も使いない状況、こんな中攻撃を喰らえば詰みだ。
のろり、のろり、と俺に近付いてくる影人。
動きは遅いが、動けない今速さは関係ない。
すると、影人は右手を軽く広げる。影人の体から影が移動し、一本の黒い剣となる。
「お、おい!待て!何をするつもりだッ!」
本当は分かって入る。
剣を持ち向かってくるならやることは一つだ。いや、選択肢なら二つある。一つは攻撃の為、もう一つは、俺を助ける為。
だが、それは除外できる。なぜなら、この刺すような殺気が俺を貫いているからだ。
「い、いや、落ち着こう?ほ、ほら、話せば分かるっ……ギャアアアアアアアアッッ!?」
次の瞬間、俺の前にいた影人が剣を腹に突き刺してくる。
あまりの激痛に叫ぶ。
「グギャアアアアアア!!いってェェェエエエッ!?」
突き刺したまま、グリグリと動かす。
その痛さたるや、我慢出来るものではなかった。
内臓を掻き回されるその感触、気持ち悪い。痛い。気持ち悪い。痛い。気持ち悪い。
「アアアアアアアアアアアッッ!?!?」
そして、剣を突き刺したのは目の前の影人だけではない。
周りを囲んでいる影人全てが黒い剣を突き刺しきた。そしてそれを思いのままに動かす。
「アギャアアアアアアアア!?」
それを俺は叫んでいるしか出来ない。
それからどのくらい経っただろうか……。
俺は無抵抗のまま嬲られ続けた。突かれ、刺され、斬られ、捩られ。
それなのに、血は一滴も流れず、傷も出来ていない。
まるで、幻影かのように。
だがそれを否定する激痛。
「うぅ……」
激痛で意識が落ちるが、一瞬にして覚醒する。そして、行われる拷問。
これだけ痛みを感じ続ければ、心が壊れるか、痛覚が麻痺するかするはずなのに、一切衰えない。新鮮な激痛を俺は常に感じていた。
いや、新鮮な激痛ってなんだよ。
「いてぇよぉ……」
最初の方は泣き叫んだりしていたが、影人は一切手を緩めなかった。
その時、影人たちの攻撃が止まった。十歩程下がり、距離を取る。
「ぁ……?」
疑問に思ったが、これ幸いと脱出を試みる。
しかし、痛みを感じている時も叫びながら暴れた。腕を足を全身を使って逃れようとした。それでもダメだった。ピクリとも動かない。
どうやって逃げれるのか分からない。でも、動くしかない。逃げるよう頑張るしかない。なぜなら、もうあんな痛みを味わいたくないからだ。
だが、どれだけ暴れても逃げ出すこと敵わなかった。
すると、最悪な事態が動き出した。
また、影人が近付いてきたのだ。
「ま、待てッ!話せば分かるって!あ、あああッ!嫌だ嫌だ!もう、あんなの嫌だ……ギャアアアアアアアアッッッ!?」
またも始まる激痛。
(クソガァアアアアアッ!!!負けるかッ!負けてなるものかッ!!!)
意思を強く持ち、耐えようと努力する。
しかし、
「やっぱむりィィイイイイイ、ウギャアアアアアアア!?」
意思を持った瞬間、激痛で折られた。
「ウガアアアアアアアアアア!!!負けるかァアアアアアアア!!!」
でも、耐える。耐えて、耐えて耐えて耐えて耐えて……それから?
いつ終わる?
この拷問はいつ終わる?
いつまで耐えればいい?
いつ終わるとも知れない拷問は確実に俺の精神を削っていった。
と言うか、もう折れかけている。ぽっきりと。いつ折れてもおかしくない。
「あ゛やぐぅぅおわでぐれェェエエエエ!?」
それからまたどれだけ経ったか。
何度目の子休憩が入った。
脂汗でびっしょりと俺の体を濡らし、引き攣るような痛みが残っている。
剣は刺さっていないと言うのに、その痛みと不快さはすぐに思い出せる。
「はぁはぁ、もう無理だ……クソッ狂えないってのは辛すぎるッ」
狂えれば楽になれる。
精神が壊れてしまえばこれ以上苦痛を感じずにすむ。
分かっている。
そんなことは分かっているけど、出来ない。
どれだけの苦痛を激痛を味わっても俺の精神が壊れることはない。
それは、俺の心が強いってわけじゃない。そんなに俺は強くない。
それは、この世界が原因だろう。
無理矢理俺の精神を正常に保っているのだ。
狂わないように。
壊れないように。
(クソがッ激痛で忘れていたが、こんなことしてる場合じゃねぇんだよ!)
そう、俺は、キリファを殺したあの化け物を殺す。
そのつもりだった。
だが、次の瞬間、この訳の分からない場所にいた。それからもう数時間、数日、数週間。分からない。気が遠くなるような時間、と言うだけは分かる。
気絶して覚醒を何度も何度も何度も何度も……。
所々で短い休憩が入り、また拷問。
なのに、壊れない。壊れることを許されない。
痛みが体に響き渡り、そして、怒りが沸き起こる。
それは、抱くことが出来なかった感情だ。
無論、ずっと前から、と言うわけじゃない。ここに来てからだ。あまりの激痛に『痛い』『気持ち悪い』と言う以外の感情が浮かばないかったのだ。
(クソ野郎共がァ!クソクソクソッ!ぜってぇ出てやる!そして、あのクソ野郎と殺す!!!)
そう決意すると、自然と力が湧いてきた。
燃え尽きそうな火が再び勢いを増し始めたような。
「お前らもだァ!ぜってぇに殺すかならァ!クソがぁ!!!」
声に出し、叫ぶ。
すると、痛みが和らぎ、力が湧き上がる。
「お、おおお、おおおおおお!!!グォォォオオオオオオオオッッッ!!!」
雄叫びを上げながら腕に力を込める。足に力を込める。
身体を捩るように動かし、抜け出そうとする。
ピキ。
少し、ほんの少しだけど、一切動かなかった腕が少し動き、巻き付き締め付けている鎖に少し亀裂が入った。
「クソがァァァァァアアアアアアアアッ!!!!!」
最後の力を振り絞り、鎖を引き千切ろうとする。
ピキッ。
ピキピキッ。
そして、ついに、
「オラァァアアアアアアアア!!!」
バキンッ!!!
鎖が粉々に砕け散った。
それと同時に何かが壊れた。そして、溢れ出る力。
「おお、意外と早かったな」
レインの声を聞き、グーレルは目を覚ます。
「あ……?俺は戻ってきたのか……?」
鈍痛響く頭を振り、顔を顰めながら起き上がる。
しかし、活力、気力、魔力共に満ち溢れている。全身から力が湧き上がっていた。
「ふふふ、どうだ?魂の昇華。格が上がるってのはいいものだろう?」
「お前、俺に何をしやがった?」
「強くしてやった。それ以下でもそれ以上でもない。神を超えた神として生まれ変わっただけだ。今のお前は十神将と言うお仲間より圧倒的に強い。保証しよう」
「……」
そう言われ、普通は「そんなバカな」と鼻で笑える。
十神将とはそれだけの存在なのだ。絶対の主により、力を授けられた存在。それが十神将。
だが、今は、笑えない。
なぜなら、感じるからだ。身から溢れる力を。
「たった、4分か。ああ、それと、海は消させてもらったぞ」
「よん、ぷん?……それだけ?」
呆然と呟く。あの拷問のような出来事のせいか、自分の権能が消されていることに気が付いていない。いや、そこまで意識が向いていないと言うべきか。
あの世界では一日は確実に過ぎていた。太陽も月もなかったが、それだけは確かだろう。
だが、レインが言うには4分しか過ぎていないらしい。一時間も経っていない。
「魂のレベルを上げるには、死を経験し乗り越えるのが一番早い方法だな。まぁ、誰しも何度も死を経験すると、魂が消耗し壊れるんだが、それを乗り越えると強くなる。まぁ、進化ってやつだな」
「進化……」
「絶対じゃないぞ?素質ある奴、才ある奴、中には平凡だが、進化する者もいるが、まぁ、誰しもがなれるわけじゃない。ほら、見てみろ」
レインはグーレルの右隣を指で指す。
すると、グーレルを助ける為に、援軍としてきた十神将の二人だった。
一人は苦しそうに呻いていた。
だが、もう一人は、全身の孔と言う孔から血を噴き出し、目を見開き絶命していた。
「なっ……」
「そいつは、耐えれなかったらしいな。お前より、数分速くそうなっていたぞ。そして、そいつは、まだ戦っているらしい」
「ジゲル……」
ジゲルと呼ばれた男は一層呻きながら胸を掻き毟っている。
そして、カッと目を見開いた。
「ジゲル!!」
駆け寄り、傍にしゃがむ。
「ジゲル!?」
「が……ぁ……」
体がぐぐぐっと折れ曲がり、逆方向に折れる。
ボキッボキッと骨が砕ける音がグーレルの耳に届いた。
足も同様に曲がり、ゴキッと折れる。
途端にピタッと動きが止まり、パタッと倒れる。
「ジゲル!」
揺らし、確認するが、もう死んでいた。
「そいつも耐えられなかったらしいな。ふむ、少々強すぎたか?まぁいい、一つ、成功したようだしな」
「くそっ!」
グーレルは衝動に任せ、地面を殴りつける。
拳を中心にボゴンッとクレーターが出来る。
「は?」
それほど力を込めてはいなかった為、驚いてしまった。
「分かっただろう?何でも簡単に力を得る、なんて考えてはないだろう?まぁ、いい。やろうか。仇だぞ。目の前にいるぞ。俺を殺しに来い!」
「殺す!殺してやる!」
グーレルの顔が怒りに歪む。
「アアアアアアアアアッ!!!」
地を蹴り、走り出す。
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