193話 怒りを力に
世界には二つの人種がいる。
それは、強者と弱者だ。
要するに、
「俺を楽しませる者とそうでない者。お前はどっちだ?」
そう、レインは、目の前の人物に笑いながら問いかけた。
レインの望む戦いと言うのは思いの外早く来た。
元々レインは自分の存在を分からせるために行動しようとしていた。
そのために、敵の所へ赴き、気配を垂れ流しにして、多少威圧もしながらまた別の所へ。それを繰り返し行うことで知らしめた。
そして、それは大成功だった。
最初は神兵が数人送り込まれた。
レインはこれを殺した。首を斬り落とし、神の國へと送り返したのだ。
次に、百卒が三人送り込まれた。
これも同じように殺した。今度は、四肢を斬り落とし、それを箱に詰め送ってやった。
そしたら次は千卒が十人、徒党を組んでやってきた。
これも同じように殺した。串刺しにし、磔にして送った。
その次は至仙がレインを殺しに来た。それも、四人が。
これには、レインが手を下すのではなく、偶々近くにいたアストレアとエレインに斬り刻まれ壊された。死体は残らず塵と化したため、死亡と言う扱いになったのだろう。
そして、今回レインへ差し向けられたのが神の國最高戦力、十神将。
そして、冒頭へ戻る。
「いやぁ、実につまらんかったぞ。神兵……だったか?お前の所の兵隊。弱すぎだろ。まぁ、そこに期待してないがな」
「お前か。次々と俺らの仲間を殺している奴は」
「いや、それはお互い様だろう?お前も神界の神を殺しただろう?」
そう、レインと対峙しているのは、神界を海に沈めた男、グーレルだった。それと、隣に立っているキリファ、その二人組だ。
グーレルとキリファは相性がよく、一緒にいることが多い。
「それはいいんだ。わざわざ喰わせた甲斐がある」
「喰わせた……だと?」
「ああ、力を見るのが目的だったからな。ゼウスを殺せるなら充分俺の相手が務まるだろう?」
コロコロと笑うレインに対して、グーレルとキリファは至極真面目な表情だ。いや、焦りを含んだ緊迫した表情、と言ったところだろう。
それは、レインを一目見た時から解っていた。
思わず逃げ出したい気持ちを意思の力で無理矢理抑え込み、闘志を燃え上がらせた。
レインの虹色の瞳を見、恐怖が全身を支配するのを殺意と戦意で塗り潰すことで耐える。
「まぁ、逃げ出さないことだけは称賛するが……あー、頑張れ?」
「っっ!」
レインは圧をすこーしだけ出していた。と言うか、普段は抑えに抑えている魔力をちょこっと漏らしているだけだ。だが、それだけでも時空が歪む程だ。
それを感じているからこそ、グーレルたちは威圧に屈さないように意識を集中せざるを得ない。たった圧だけに精神をゴリゴリガリガリ削られているのだ。
だからこそ、レインの「頑張れ」と言う言葉だ。
敵にとっては最大の屈辱だ。敵から応援を贈られるなんで屈辱以外の何物でもないだろう。しかし、言い返すことも出来ない。唇を強く噛みしめ、耐える。
「気を抜くな。一瞬で持っていかれるぞ。……っと、話はこのくらいでいいや。始めようか」
そう言うと、パチンと指を鳴らす。
レインと十神将の間の空間がグニャリと歪む。
「異空間だ。どれだけ暴れてもいいようにな。ほら、使え。能力を権能を」
「クッッ!『荒ぶる大海』ィィイイ!!!」
魂装を出し、拳を地面に叩きつける。
ゼウスとの戦いで見せた『荒ぶる大海』。海を生み出す。だが、ゼウスの時と違うのは、緩やかにではなく、急速に、だ。すでに三十メートルは水量がある。秒単位で増えていってるのだ。
「『暴乱の風陣』ッ!」
今度はキリファが能力を使う。
ゼウス戦では使う必要がなかったが、レインが相手だとそうも言っていられない。それが分かっているため、キリファも魂装を出し、最初から本気だ。
荒れ狂う大海に暴風が吹き荒れる。
ただでさえ波打っている海がさらに荒れる。
「クフフッ、いい!実にいい!こうなるのは分かってた。使わせてもらうぞ?」
『荒ぶる大海』をグーレルが使った瞬間にレインは上空へ跳んでいた。
飛翔している間に水深三百メートル程になり、海面へと降り立つ。そして、つま先でトントンッと海水を叩く。
すると、水の触手が三本グーレルへと向かう。
「俺の『大海』を浸食しただと!?グッ!」
「グーくん!」
グーレルは目の間に水の壁を創ることで受け止め、キリファが風の刃を水の壁ごと斬り裂く。その風刃はまっすぐレインへ向かう。
「ほいっと……ほらほら、次だ次。ボケッとしている暇はないぞ」
「クソがぁっ!」
「グーくん!合技なの!」
「分かってる!」
向かってくる風刃を人差し指を親指で受け止めたレインは、唖然としている二人に言う。
体が固まっていた二人だったが、レインの言葉で動き出し、キッと睨みつけ技を放つ。
「穿てッ『爆槍』!」
「合わせるの!」
グーレルの背後の水が盛り上がり、数千の水の槍が生成される。
それもただの水槍ではなく、水流がある。高速で流れる水の槍だ。そこへ、キリファの風が加わる。勢いはさらに増し、鋭くなる。
「行けッ!」
「行くの!」
術者の命令で一斉にレインへ向かう。
数千の槍がレインただ一人に目掛け、飛来する。
「ほぉ、壮観だな。だが、まぁ、それじゃダメだ」
レインが指を鳴らす。
レインを護るように水のドームが出来上がり、水の槍から身を護る。水のドームに回転を加えることで、受け流しの効果も付与する。
「あ?うおっ」
その時、余裕綽々だったレインが驚きの声を上げる。
水の槍がドームを突き破りレインのもとへ到達する。それを顔を横にして躱す。
「うむぅ?なんでだ?」
そこでポンッと手を叩く。
「そう言えばこの水もあいつの支配下にあった物だからな。支配権が戻れば当然元に戻るか。だが、完全には戻せていないようだな。それでも徐々に薄くなっていってるし、時間の問題か」
レインの言った通り、水の膜が所々薄くなっている。そこを貫いた槍がレインへと襲い掛かるが、その悉くを軽く動くだけで避ける。
「うーむ。後480くらいか……このままでもいいが、ん?」
その時、頭上に圧倒的な質量を感じた。
そして、ドームの上が押しつぶされるかのように凹む。
「風でこれごと圧し潰す気か」
そう言っている間にもミシッと音を立て、少しずつ天井が迫ってくる。
「あ、音を遮断してたから気が付かんかったが、この槍爆発してね?」
そう、ドームにぶつかった槍は爆発している。それと同時に膨大な風を撒き散らしている。その効果もあり、水のドームを少しずつ削っている。このまま何もしなければ、数秒後には破壊され、大量の水の槍と、頭上から圧し潰しに来ている風圧を喰らってしまうだろう。
「やるか……ふっ!」
腕を上に上げ、手刀の形にする。そして振り下ろす。
その瞬間、斬撃が飛び、ドームを内側から斬り裂き、水の槍を斬り、吹き飛ばし、グーレルたちへ飛ぶ。
だが、ドームが壊れたことで風圧がレインを襲う。
「これけっこおもっ」
だが、手を上に掲げ魔力で受け止める。
「クソッ!反撃してきやがった!」
グーレルは飛んでくる斬撃を迎撃しようと拳を構えるが、それより早くキリファが杖を振るい、風の盾を形成。斬撃を受け止める。
「後一発行っとくか」
レインは手刀を横に振るい再度斬撃を飛ばす。
「ぐぅ……グーくん手伝って!なの!」
「わぁってるよ!ラァ!!」
魔力を籠手に込める。
群青色の魔力が溢れ、籠手を魔力が纏う。そこへさらに海水が浮かび上がり、籠手に纏わりつく。
そして殴る。殴る。殴る。
その瞬間、風の盾を解除するキリファ。
拳圧と魔力の奔流が斬撃へ襲い掛かる。
斬撃の速度が徐々に失われていき、グーレルへ到達することにはそよ風になった。
「ふぅ、どんだけだよッ……魔力も込めてない斬撃がッ」
「同感なのっ。桁違いに強いの」
もし、魔力も込めた斬撃だったなら、そう考えたグーレルたちは思わず息を呑む。
「よしよし、まだ折れてない」
ボソッと呟いたレインの声は二人には届かなかった。
普通は圧倒的な実力差を感じると戦意を失ったり心が折れたりする。だが、この二人はまだ折れていない。戦意を保っている。
なら、
「もう少し開放するか……っ」
「クッ!?」
「ぁっ!?」
レインの放つ圧が倍増した。
それは物理的な現象となって二人を襲う。それは、レインを圧し潰そうとした風圧のように二人に圧し掛かった。
だが、全身から魔力を放出することで押し返す。
「今度は俺から行くぞ?構えろよ」
そう言うと、フッと姿が消えた。
転移したのではない。二人の動体視力では追えない程の速度だっただけだ。
グーレルは直感に従ってキリファを突き飛ばす。
「あうっ……!」
その甲斐あって、レインの拳は空を斬る。
「お?よく避けたな」
「こなクソ!」
グーレルは体を回転させ、回し蹴りを放つ。
それをしゃがんで避け、足に蹴りを放つ。飛ぶことで避けるが、上空では身動きが取れない。普通なら。だが、グーレルは普通じゃない。飛び散った飛沫を足場にさらにジャンプ。そして、踵落とし。
「ふふ」
レインはそれを半神になって躱し、足を掴む。そのまま、海に叩きつける。
「ぐはっ!?」
「グーくん!?離れろっなの!」
「おっと」
風の刃が無数に迫る。
それをバックステップで避ける。
「ま、大丈夫だろ。頑丈ぽかっーー」
「『水薄風神』ッ!」
海水から水球が浮き上がり、薄く薄くなっていく。手裏剣のようになったそれは、回転しだし、レインへ襲い掛かる。
その時、どこからともなく風が吹き荒れ、水の手裏剣はまっすぐではなく、縦横無尽に飛び回り軌道が読めない。
「まぁ、読めなくてもいいんだけど」
レインはわざと目を瞑り、右に左にステップを踏み避ける。
避けられた手裏剣は下からくる風で掬い上げられ、再度レインへと向かう。手裏剣が風により操られ、攻撃が終わらない。
「無限に終わらない攻撃ねぇ」
感心しながらも余裕余裕とばかりに避ける。
その間にキリファはグーレルの元に駆け寄る。
「大丈夫なの!」
「かぁ……はっ、ごほっごほっ、ってぇ、水が固められた。あのジジィにやったこと、そんまま返された……」
唇を血が滲む程噛み締め、悔しそうに呟く。
それは、攻撃を喰らったことにではない。自分の海を良いように使われたからだ。この海はグーレルが能力により生み出したもの。もちろん、グーレルの魔力が浸透している。つまり、この海に干渉するにはそれを超える魔力が必要なのだ。それを楽々、いつでもできる、とばかりにされ、イラつくのも仕方ない。
「キリファ、アレやるぞ」
「アレ?ああ、分かったの」
アレと言うのは、ゼウスに向け最後に放ったいくつもの竜巻だ。
「あたたたたっ、ふう、やるぞ!」
「うん!」
レインは今も縦横無尽に襲い掛かる水の手裏剣を躱している、と言うより、戯れている。
アトラクションとでも思っていそうだ。
「ん?作戦会議は終わったか?」
グーレルたちが攻撃しようとした瞬間、レインの眼が開けられ、捉える。
それ瞳に、また肌が泡立つ感覚を感じ、咄嗟に技を放つ。
「あ、あああああ!!!喰らえぇ!!!」
恐怖を押しのけるように叫び声をあげる。
キリファも合わせるように暴風を纏わせる。
「これか、ゼウスをやろうとした攻撃ってのは。圧倒的質量に風量、それから切れ味も並みの聖剣魔剣より遥かに上……何もしないなら、俺の体も無傷じゃすまんな」
顔を動かし、見渡す限り、竜巻がある。
数個などではない。ただでさえ、竜巻は一つでも大きいのに、それが数百は少なくともある。気流が乱れ、レインの純白の髪が揺れる。
「水に斬れない物はない……ってな」
レインは手を下に向け魔力を流す。
海水を無理矢理支配下に置くと、海水が盛り上がり始め、一振りの剣となる。
その刃が徐々に伸び、伸び、さらに伸びる。百メートル程になった刃を腰だめに構え、腰を落とす。
そして、両手でしっかり握り、振り抜く。
「馬鹿な!?」
レインへ迫っていた全ての竜巻が横に斬り裂かれ、弾ける。
切り返す刃を上に掲げ、今度はグーレルたちに狙いを定める。
「ここはっ!」
キリファがグーレルの前に立ち杖を構える。
長大な水の刃がキリファ目掛け振り下ろされる。
キリファの目前に水の壁が五重で現れ、受け止めようとするーーがサクッと刃が入り、抵抗も出来ずに斬り裂かれていく。
「クソッ!」
止まらないと分かり悪態を吐く。
キリファはそれが分かっていたかのように杖に魔力を流す。
圧倒的質量の風を纏わせ、向かい来る水の刃にぶつける。
「ぐぅぅっ!!思い、なのッ!」
質量と質量のぶつかり合い。
一方は圧倒的巨大さと鋭さ、一方は圧倒的風量を圧縮。
そのぶつかり合いは衝撃波を撒き散らす。
キリファの足が海に沈みだし、衝撃がキリファを中心に広がる。
「ぁぁあああっ!アアアァァアアァアアアッッッ!」
腹から声を出し、叫ぶ。
初めて聞くキリファの大声にグーレルは驚いている。
「そんな声出せたのかよ……」
だが、そんな言葉に構っている暇はない。
顔は青白く、汗が大量に滴り落ち、今にも倒れそうな程だ。しかし、気迫だけは色褪せない。
絶対に凌ぎきる。
絶対に耐えきる。
そんな想いが魔力を伝って伝わる。
だが、そんな魔力は無情にも破られる。
ついに、キリファの魂装、短杖に亀裂が生まれたのだ。
「ァ゛ア゛アアアア゛ア゛アッッッーーーーーーッッッ!!!」
声を張り上げすぎ、血を吐き出す。
それでも声を上げ、魔力を込め、対抗する。
『魂装』とは、魂の具現化した物だ。
魂そのものでないとはいえ、魂装が傷付けば、それなりのダメージを精神に負う。
タラリ、と目や鼻から血が流れる。
「お、おい!キリファ!それ以上はやめろ!」
「ーーーーーーーッッッ!」
聞こえていない。
キリファにはすでに意識がほぼ飛んでいる。それでも、体だけは意に反して攻撃を耐えきろうと踏ん張っている。
しかし、
「ぁーーーーー」
キリファの魂装を破壊し、キリファの右肩から入り、縦に斬り裂く。
「キリファ!?」
だが、キリファの命を賭した防御のおかげで水の刃が逸れ、グーレルの脇を通り過ぎる。
「お?まさか受け止められるとは思ってなかったぞ。素直に感心だ」
パチパチと拍手をするレインへ恨みがましい視線を向ける。
ギリィッと奥歯を噛みしめ、射抜くように睨む。
そして、崩れ落ちるキリファの体を支え、ゆっくりと横たえる。
「ん?仲間がやられて怒ったか?ん?ん?ふふ、恋人だったか?」
レインは、ニヤニヤと笑っている。
わざと逆撫でするような発言をし、怒らせる。
「オオォオオオオッ!オオオオオオオオッッッ!!!!」
グーレルは雄叫びを上げる。
呼応するように海が荒れ、津波が起こる。
グーレルを中心に魔力が爆発し、グーレルの周りの海水が弾け飛ぶ。
「怒りは力を上げる。もっと楽しませろ!」
レインは手を大きく広げ、声を張り上げ言う。
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