191話 神界の滅び
海面へ浮上して見たものとは、何事もなかったかのように、海面に立っているグーレルだった。
ゼウスとの距離、一キロは離れているだろう。
ゼウスは『超新星爆発』を放った場所からほぼ真下に吹き飛ばされていた。つまり、そのゼロコンマの以下の時間でそれだけ離れたと言うことだ。
「っ……」
すると、海面に渦が現れた。
それは徐々に大きな渦を描き、渦潮となる。そして、そのまま持ち上がった。それは、水の竜巻だった。
「な……」
「ったく、あんな近距離で撃つもんじゃねぇだろうよ」
「それに、忘れられてると思うの」
いつの間にか半分程距離を詰めていたグーレルの背後からひょこっと顔を出しながらキリファが言う。
確かに、声をかけられるまで忘れていた。
それは、グーレルただ一人に本気で集中しないといけない程の相手だったからだ。
そしてこの水の竜巻はグーレルが引き起こしたものではないらしい。
キリファの魂装の先端が僅かに光を放ち、クルクルと円を描くように動かしているからだ。
「そろそろ参戦するの」
そう言うと、ピッと横に指揮者のように横に振るう。
すると、水の竜巻が回転を上げ、杖と連動するように動き出す。空高くまで上がった瞬間、矛先を変え、ゼウスに膨大な質量が襲い掛かる。
(まだ、回復が終わってないっ……!)
シュウゥ、と少しずつ爆発で受けた傷が治り始めているが、回復速度が遅い。顔は何とか治っているが、腹や足、そして防御した腕はのろのろとしか回復していない。この状態でさらなるダメージを負えば、命にまで届きかねない。
それに、転移で逃げようにも敵はすぐに感知出来ることが分かっている。
なら、ここは、相殺する方がいいだろう。
「切り裂けッ!」
杖の先端に魔力の刃を形成する。
大きく上段に振り上げ、下ろす。
ザバァッ!と音を立て、真っ二つに割れるが、海の水を吸収し再生。さらに巨大化しながら降り注ぐ。
「なッ!?」
これにはゼウスも絶句する。
要するに、この海全体が敵の武器と言うことだ。どれだけゼウス目掛け襲い掛かる竜巻を切り裂き、弾け飛ばしたとしても、すぐに次の竜巻を生み出すことが可能。攻撃するだけ無駄だと言うことだ。
「『天雷』ッッッ!!!」
杖を掲げ、雷を落とす。
水の竜巻を貫き、霧散させる。しかし、やはり復活する。しかも今度は三つに増えて。
(これはまずい。最悪、何百と創れるかもしれんッ)
まさにゼウスが怖れていることが起こった。
竜巻は数を増し、十、二十、三十……どんどん増えていき、百を超えた。百十、百二十……、
「増えすぎッ!?」
見渡す限り竜巻竜巻竜巻。
その風量は踏ん張っていなければ即座に空高く打ち上げられるだろう。
グーレルの権能は『大海』。
この大海を自在に操ることが出来る。
しかも、そこへキリファの風を纏わせ、さらに回転をかける。今や、竜巻が掠るだけでも、ミンチになるであろう破壊力を生んでいる。
「本当はさっきので終わらせるつもりだったのに、しぶといな」
「だから手伝うの。複合技『烈風水刃』」
「切り裂かれて死ね!」
視界見渡す限り巨大な水の竜巻が四方八方からゼウスへ襲い掛かる。
避け場はない。上空へ逃げても同じことだろう。一つ一つ吹き飛ばしたとしても、さすがに数が多すぎる。だが、やるしかない。
「ーーーーーッッ!!!」
『神煌樹之長杖』へ魔力を注ぎ込む。ほぼ無限の魔力を惜しみなく注いで注いで注いでいく。
すると、ぽわっと薄く金色に輝きだす。それを見たゼウスはさらに注ぐ。薄い輝きが強くなる。
そして、
「生れ、『創命樹』」
一本の巨大な樹が海水を突き破り現れる。
それはゼウスさえも呑み込み、黄金色の輝きを放つ巨木となった。
海水が巨木の周りに渦を巻く。
何が起こっているのかと言うと、簡単に言えば海水を吸収しているのだ。渦が現れたのは、吸収するスピードが異様なためだ。
「は?俺の『大海』を吞み込み始めやがった……」
「あの馬鹿でかい樹、危険なの」
グーレルはいきなりのことで呆然とし、キリファは眉を顰めながら警戒する。
海水を吸収する度に黄金の輝きは強くなる。
そして、あまりにも膨大な水量のため、二人は気が付かなかったが、海の水嵩が一メートル程下がっていた。
「キリファ!あの樹を斬れ!」
「分かってるの!」
グーレルが慌てたように言う。
このまま海水を吸っていけば何か危ない。そう直感した。
キリファも最初見た時から危険な何かを感じていたが、ここまで成長?した樹を見て確信へと変わっていた。
「『大空刃』なの!」
巨木の幹の直径は五百メートルはある。
そんな樹を切り倒そうとするならば、それ相応の攻撃が必要だ。
キリファは魂装を四度振り、魔法を発動する。
巨木の四方から風の刃が襲い掛かる。
ギリギリギリィ、とおそよ樹が出すものではない音が鳴り出す。
そしてグーレルもただ傍観していただけではない。
自分の生み出した海を吸収しているならこれ以上させなければいい。巨木の周りの海水を除ける。すると、ぽっかりと海の一部に穴が開く。巨木に当たらないように水が押しのけられ、透明な壁でもあるかのように塞き止められている。
「これで魔力を吸収することはないだろう」
ふぅ、と息を吐き、額の汗を拭う動作をする。
そう、この巨木は何も海水だけを吸収していたのではない。植物には水が必要だが、この樹は水の他にもゼウスの膨大な魔力を吸収している。そして、それだけでは飽き足らず、海水に含まれている魔力さえも海水と同時に吸収していたのだ。つまり、海水を塞き止めなければ、この巨木に栄養を与え続けることになる。
「キリファ、まだか?」
「グーくんうるさいの!やってるけど、硬すぎるの!」
風の刃が当たっていると思わしき場所に、グーレルは目をやる。
すると、僅かに切れ込みが入っていた。三センチ程。しかし、この巨木に対してその程度掠り傷でしかない。
「どうするよ?俺の予想だが、この樹、あのジジィが持っていた長杖と同じ硬度かそれ以上あるぞ」
「分かってるの!最大でやってるけど効かないの!グーくん!近くまで行って殴ってきて!」
「無茶言うなっての」
呆れたように言う。
一度グーレルはゼウスの杖を攻撃している。そして、全力ではないにしろヒビ一つ入れることが出来なかった。
「もし壊せても俺の魂装が壊れるわ」
その通りだ。
ゼウスの杖、グーレルの魂装、硬さで言えば、僅かにグーレルの魂装が上回る。だが、この樹は杖ではない。もし、杖の硬度のままこの密度になっているとしたら、グーレルの魂装以上の硬度となっているはずだ。それが分かっているからこそ、苦笑するしかない。
「あ、そうだ。キリファ。お前、ハンマー創れ」
「ハンマー?風で?」
「そうだ。それを俺がぶん殴る」
「了解なの。ならこれ消すの。『弩劉槌』」
周りの風をかき集め、巨大な槌を形成する。
風は目に見えないが、魔力を見ることで場所を特定する。そして、槌の側面に降り立つ。
「さて、後は、ぶん殴るッ!!!」
ドガァァァン!!と風の塊を殴りつける。
音速を超えた速さで吹き飛び、巨木に当たる。衝撃波が突き抜け、巨木の後ろの海水を吹き飛ばす。
「もういっちょ!!!」
ゆっくりと幹から離れた『弩劉槌』へ再度殴りつける。
一度目の時よりもなお強く。風の槌を消し飛ばす勢いで。
すると、幹が大きく削り取られた。巨木を揺らし、葉が落ちる。
「ラストォ!!!」
三度目。
キリファも魔力を大量に使い、強度を上げる。
「本気で殴るの」
「了解!」
今度は加減なしの一撃を放つ。
あまりの衝撃に音が破裂する。
衝撃波は凄まじく、周りの海水が弾け飛んだ。と、同時に、幹も三分の二程が削り取られる。
「こんだけやれば、斬れんじゃねぇか?」
「やるの。『大空刃』なの」
今度は一方行、抉れた箇所へ追い打ちをかけるように斬りつける。
大槌により、構成をぐちゃぐちゃにされた幹はあっさりと斬り倒される。
「しゃあ!」
「ふぅ、びっくりしたの」
「最後にとんでもないヤツ出してきやがったな」
若干引きながらグーレルは言う。
もし、海を塞き止めなければ。
もし、判断が遅れていれば。
そうなれば、巨木は海水を全て吸い込み、魔力を喰い尽くし、さらに巨大となっていただろう。そして、グーレルとキリファでさえ斬り倒すことが出来ない程の硬度となっていたかもしれない。
そもそもが、この『創命樹』は魔力を糧に成長する。だが、ゼウスの魔力だけでなく生命をも吸収し成長した。だからこそ、ここまで非常識な存在となった。
「お、崩壊が始まったな」
「術者が死ねば、この空間は終わるの」
ゼウスが創っていた疑似世界。
術者であるゼウスを失くして維持できない。崩壊が始まるのは当たり前だ。
パラパラとガラスにヒビが入り、割れていくように、砕けていく。
見える範囲全域にヒビが入ったかと思えば、一斉に砕け散った。
「このまま、神界を呑み込め!」
疑似世界を埋め尽くしていた水が、塞き止めていた境界をなくせばどうなるか。
神界へ流れ込む。
全てを呑み込む濁流となって。
瞬く間に神界が水浸しに、いや、水に沈められた。
飛んで逃げようとする神族は水の触手に足を搦めとられ、引きずり込まれる。
水の触手から逃れた者は津波に呑み込まれる。
そうやって、約一日後。
神界は滅んだ。
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