188話 ゼウスVS至仙
至仙の四人が門を通り、神界へと行った。
そこで待っていたのは、圧倒的なまでの質量だった。
「ぐらあっ!!!」
「くっ……!」
その攻撃により四人の内、二人が一瞬にして圧し潰された。
頭から超重量の物質が降り注いだかのように、一瞬で骨も肉も圧壊された。
「なんだぁ!?」
そして、転移直後の攻撃なため、その空間に気付くのが遅れた。
「ようこそ、と言っておこう。よく来たな外来の神よ」
そこには、圧倒的な威圧感を放つゼウスの姿があった。
そんなゼウスの初見殺しの超重力による圧壊攻撃を生き残ったは、ゼイゲンとゼイゲンと争っていた女性、ミルだった。
ゼイゲンは強引に力任せの攻撃で無理矢理弾き、ミルは、ゼウスが攻撃を発動する一瞬の隙をつき避けた。その攻撃は、至仙すらも容易く葬ることが出来る一撃。方法は違えど、それを耐えた二人の実力が他の二人より抜きん出ていた、それだけのことだ。
「クハッ!クハハハハッ!いいぜぇ!」
「チッこいつが死ねばよかったのに」
小さな声で呟いたミルだったが、その声はゼイゲンに届いていた。しかし、今はそんな暴言に気を向ける余裕はなかった。ミルも軽愚痴を言っているが、その言葉程余裕はない。顔は険しくゼウスを睨みつけている。
(何だこの空間は?)
ミルはその獣じみた感覚により、異変を感じ取った。
事実、ゼウスが創り出したこの空間、ただの異次元ではない。
「我らに歯向かったこと後悔せよ」
「しねぇよ!そんなことより、たのしもうぜ!!」
ゼイゲンはあくまでもこの状況を楽しむつもりらしい。
戦闘狂にとって、より強い敵は至上の喜び。
薙刀型の武器。『鋼羅』を構える。
右足を下げ、突きの構えのまま、力を溜める。
「ミルてめぇは邪魔すんじゃねぇぞ!」
「……」
途端に静かになったミルに対して疑問を覚えながらも目の前の敵に集中する。
獰猛な笑みを浮かべながら突撃する。
「オラアァ!!!」
間合いを一瞬で詰め、神速の突きを放つ。それも一度ではなく五度だ。だが、その五連突きの合間を縫うように拳が伸びる。
「ああ!?」
悪態を吐きながらその拳を見、首を捻り避ける。
バックステップで後ろに下がり、距離を取る。
ここに来て、ゼイゲンもミルが感じ取った違和感を感じていた。
(感覚が鈍い……それに何だこれは?)
ゼイゲンはパワーによるゴリ押し、力でねじ伏せることを好む。
だからこそ、魔法を習得することを選ばなかった。身に内包する膨大な魔力を身体強化につぎ込み、接近戦を行うための魔力の扱い方を模索していた。だが、元々性格上、細かいことが苦手だ。小細工をするくらいなら、魔力を無駄にしたとしても強引な力押しで戦う。
そのため、武以外に対する知識が欠けていた。
だから、ゼウスが創り出したこの空間の特性に気が付けない。
「なら、もっと強くゥッ!!!」
「効かぬ」
今度は、同時七連突き。先程より、速く、鋭く、だが、同じ結果となった。いや、少し違う。
ゼウスの拳が突きの合間を縫うように飛んできたまでは同じだが、その拳はゼイゲンの頬に突き刺さった。
「グボォ!?」
弾丸のように吹き飛んでいく。
数十メートル吹き飛んだところで、鋼羅を地面に突き刺すことで勢いを強引に緩め、止まる。
「がぁ……クッ、クハハハッ!いいぞォ!もっとだァ!」
口内を切ったのか血を飛ばしながら吐き捨てるように言う。
心底楽しいと、笑いながら叫ぶ。
「クハハハハハッ!!!」
笑いながら再度突撃する。
「シャラァアア!!!」
間合いより少し遠い距離で振りかぶり、勢いを殺さないように、体を捻りながら振り下ろす。
連突きは、速さと貫通力はあるが、一撃の威力は低くなる。
だが、今度は一撃にのみ力を込めた、渾身の一撃。避けられてもいい、そんな隙だからけの攻撃だった。
「ふんっ!!」
ゼウスは、右から迫る刃を魔力を込めた掌で受け止め、自分の方に引く。
「うおっ!?」
力自慢のゼイゲンが力で負けた。
そのことに動揺している隙に、ゼウスは攻撃を放っていた。
光を纏った拳がゼイゲンの顎を撃ち抜く。
「ゴゲェェ!?」
口を開けていたため、ガコンッと口が閉じ、それにより歯が砕ける。
ゼイゲンは首が飛ぶかのような衝撃を感じながらも力を入れるのではなく、逆に抜くことで逆らわず流れに身を任せた。
曲線を描くように飛んでいく。
今度は百メートルは吹き飛んだ。
「ゴバッ!ガハッ!……づえ゛なあ゛ァ!?」
仰向けで血を吐きながら呟く。
口から大量の血を吐き、鼻や目からも血が流れている。
突き抜けた衝撃が脳を揺らし、視界が揺れる。
そんな中、ゆらゆらと幽鬼のように立ち上がり、鋼羅を杖にして立つ。
「あ゛あ゛?……なんだぁ?」
突然、ゼイゲンの眼前に現れたミルに怪訝な表情をする。
「邪魔だ、どけよ」
叫ぶことに力を使いたくないと、小さな、しかし、威圧のこもった声で告げる。
だが、ミルはどこうとしない。なぜなら、やることがあるからゼイゲンの前に立っているのだから。
「ヒヒヒッ、やっと、この時が来たな」
「何言ってやがーーガアアアアアアッ!?!?」
突然ゼイゲンが絶叫に近い悲鳴を上げる。
喉が張り裂けるような声を上げると同時に血をドバっと吐く。
ミルが首に噛み付いたからだ。
「ヒヒヒヒッ、至仙は、実力者集団だ。さすがの私でも真正面からは分が悪いからな。弱るのを待たせてもらったぞ」
「な、な……に、おオォォオオォオオオオオ!?」
ゼイゲンは力が全身から抜けていくのを感じていた。
ミルは首筋に噛み付きながら喰う。吸血鬼のように血を吸うのではなく、肉ごと嚙み千切る。そして、再度噛み付く。
「……ぁ」
「くふぅ、ヒヒヒッヒヒッヒヒヒヒヒッ!!!」
すると、ミルの体から紫色の魔力光が立ち昇る。
爆発的に膨れ上がり、急速にミルの体に吸収されていく。
「やっと分かったぞ。この空間、力を削いでいるな?」
「分かる者もおるか。その通りだ。こんなことしなくても我に勝てるわけはないが、それでも、保険はかけておかんといかぬからな」
「だけど、今の私には効かない」
ゼウスが創ったこの空間。
正式名称は、『全能世界』。術者の思い通りになる世界。
誰だって一度は思ったことがあるのではないだろうか。宝くじで一等に当たりたい。などと言う、自分に都合の良い世界を。それを実現することが出来る世界がこの『全能世界』だ。
すべてのことが、ゼウスにとって都合の良い結果となる。
そして、ゼウスは敵の能力を削ぐことを望んでいた。そして、その通りになったのだ。魔力も気力も削がれたため、ゼイゲンの動きが悪かった。本来の実力を100%出しきれていなかったのだ。だが、そのことにゼイゲンは気が付かない。そう望んだからだ。
「ヒヒヒヒッ!!」
笑い声を上げながら、ゼウスへ飛び掛かる。
それは人としての動きではなく、獣のようだった。
紫色の尖った爪をゼウスへ突き刺そうとする。
その攻撃は、貫手。
ゼイゲンの神速の速さすら超える、超神速から放たれる貫手をゼウスはひょいっと横から掴む。
そのまま上に捻り上げようとするが、その前に強引に腕を引き戻し一旦退く。
「……?」
そして、貫手を放った手をぶらぶらとさせながら首を捻る。
どうも、違和感を感じたからだ。
この空間の特質には気が付いた。だが、今はその効果を受けていない。それなのに、どっしりと四方から抑え込まれるような圧を感じた。
「ハアアアアアアァァッッ!!!」
疑念を振り払い、再度突撃する。
今度は、先よりもずっと速い。
しかも貫手ではなく、パンチだ。
拳を思い切り振り絞り、ゼウスの顔面を殴りつける。それを弾こうとゼウスが右手を掲げたところで、霞のようにミルの姿が掻き消える。
「ふむ。速さは格段に上がったか……」
「どうしてっ!?」
ミルはゼウスの背後に回り込んだのだ。
そして、その無防備な背中目掛け、殴りつける。しかし、いつの間にか左手が後ろにあり、振り向きもせずに受け止められていた。
バシィィイ!!!と空気が弾ける音が響き、衝撃波を撒き散らす。
「クッ……ッ!」
ここに来てミルの表情に焦りが生まれる。
野性的感が実力差を感じ取ったからだ。
(届かない……ッ!おかしい、力も速さも上のはずなのにッ!)
実際その通りだ。
ゼウスの強さはその権能の力によるところが大きい。もちろん、ステータスも高い。『理の外』、レインから創られた存在と言うのはそれ程、埒外な存在だ。だが、ゼウスの存在理由は、神界の統制。つまるところ、神界の神々より強ければいいだけ。今回のように、外の存在にはそれも、身体能力が馬鹿みたいに高い相手だとゼウスは捉えることすら出来なかっただろう。
だが、それを可能としているのが、『全能世界』だ。
これにより、ミルの動きを正確に把握している。目で追えなくとも視える。衝撃もゼウスでも受け止めれるくらいになっている。
ミルもこの空間のことが分かったと言っても、全てを正確に把握しているわけではない。
だから、ゼウスの狙い通りに事が進んでいることに気付けない。
(チッ!これだけは、使いたくなかったが……ッ)
獣のような唸り声をあげ、全身から紫色の魔力光を迸らせる。それは、瞬く間に空間を塗りつぶしていく。
「ぬぅ……」
ここで、初めてゼウスの顔が歪む。
と、同時に、ミルの姿が変わっていく。ボキッ!バキッ!グギッ!と骨格から変わっていく。
そして、膨大な魔力を放出しながら変形を終える。
光が徐々に収まり、姿を現す。
「な……」
それを見たゼウスが驚きに顔を染める。
ミルの姿は人の形をとどめていなかった。顔は鬼のようであり獅子のようでもある。その頭上には、二対の角が生えている。二本は頭の上に、もう二本は耳の後ろ辺りから。そして、その体躯は、優に三メートルを超えている。さらに、その尾は、四つ。蛇の顔を持ち蠢いている。
さながらその様は、合成魔獣のようだ。
「グルルルゥッ!ガアァッ!コノ姿、嫌イナノ二」
獣が無理矢理人の言葉を発しているかのような声だ。
だが、その圧は人型だった時の比ではない。
この姿は、ミルが変化した姿ではない。
こっちが本来の姿なのだ。
元々ミルは、神だったわけではない。
ミルは、なりそこないとして生まれた。それも、中級と言う、限りなく底辺の獣として。知性もない獣だったミルだが、運よく神兵を数十喰う機会が訪れた。その時に変化が起こったのだ。喰ったら喰った分だけ強くなったのだ。神兵を喰っていく度に生まれ始める知性。それからも、自分を討伐しようと来る神兵を殺して、壊して、喰い尽くした。そして、生まれた自我。それにより、自分の状況が分かった。『進化』したのだと。
なりそこないでも、進化する個体は少なくない。だが、知性を持つものは現れることはほぼない。ミルが例外中の例外だと言うことだ。
進化し、中級の域を出、上級、さらにその上へといくにつれて、強くなっていく自分。その高揚を感じるために、さらに殺す。この循環がミルを強くした。
ミルの能力は、喰うことで強くなるベルゼブブのような暴食ではない。何でも喰う悪食でもない。ミルの本質、それはーー『融合』だ。
血肉を自分と融合することにより、その能力を上げていったのだ。喰うのはそっちの方が楽、と言うより、獣だったため仕留めた獲物を食べていたことから最初に推測した己の能力。だが、本質に気が付いたのは、至仙に入る少し前だった。『融合』の発動条件は、自身の体に触れていること。それだけだ。手でも足でも背中でもどこでもいい。もちろん口でも。ゼイゲンの首筋に噛み付いたのは、その血肉を取り込むことにあった。
そして、取り込んだものに姿を変えることが出来ることに気が付き、神の姿を取っていた。
だがそれは、己の中にある暴虐性を抑える役割と同時に、色々制限していることにもなり、実質的に弱くなる。だからこそ、人の姿を保ち続けた。
しかし、今は、そのようなことに拘る理由はない。むしろ、抑える必要がなくなった。
ビリビリと肌を突き抜ける魔力をゼウスは真正面から受け止める。
だが、その表情は険しい。先までと同じようにはいかないと理解したからだ。
「ガアァアアア!!!」
「ぬぅ!?」
転移したかのような瞬間移動をするミルの姿を目で追うことが出来ない。
ゼウスへ肉薄したミルは、前足を振り上げ、叩き潰さんと振り下ろす。
咄嗟に横に飛び避ける。
その行動は正解だった。振り下ろされた地面は、爆音を鳴らし、ボゴンッとへこむ。
ここは、ゼウスが創った空間。
生半可な攻撃は無効化する。その証拠にゼイゲンの攻撃でさえ傷一つ付かなかった。だが、ミルの軽い攻撃で砕かれた。当たって入れば、ゼウスも危なかっただろう。
「クッ!」
苦々しい表情をし、連続で振り下ろされる前足を避け続ける。
次々と地面が穿たれ、穴が開く。
「ハアッ!」
ゼウスの拳が、ミルの胴へ突き刺さる。
ドンッッ!!!と衝撃が突き抜けるが、そんな攻撃は効かないとばかりに意に介さない。
拳を振り上げた状態のままのゼウスの足元にシュルシュルと地面を伝って伸びてきたミルの尾が絡まる。
ギュッと両足を纏めたまま縛られ、ぶらんとぶら下げられる。
「ぐっ」
だが、手刀で足を斬り落とし、脱出する。
地面に落ちる前に再生し、着地。転移して逃れる。
「ギヒヒヒヒッ!弱イ!弱イ!」
ゼウスが逃げ回る様が面白いのか、唸るような笑い声を上げながらニヤァと口角を広げる。
「来い!」
右手を横に向け、呼ぶ。
すると、光が集まり、一本の槍が顕現した。
「第二ラウンドだ」
険しい表情のまま、そう言った。
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