175話 化物の誕生
陣から現れたのは、青白い毛並みに、紅い結晶が嵌った瞳、体長は二メートルあるかないかくらいだろう。その生物を既存の生物で当てはめるならば、狼と言える。だが、その牙は狼系の魔物と比べても鋭く長い。吸血鬼の牙に似ている。
「とんでもないな……」
圧倒されたようにヨルダウトが呟く。
ヨルダウトから見ても、圧倒的な力を感じさせ、思わず警戒する。
「ぜぇぜぇ……くっ、ほとんどの魔力を持ってかれた……」
汗を滝のように流し、荒い息を吐きながら息も絶え絶えに言う。
魔力は一割程度しか残っていない。しかも、ヨルダウトから引き離された瞬間、生命力まで少しだが奪われていた。
「グルルルルゥ」
低い唸り声を上げているが、敵意は感じない。
まず、エリーゼ程の術者ならスキルも制御できる。普段なら。
こんなに自分の生命すら脅かされるなんてことは、本来あり得なかった。
(まさか、これも主殿が?)
ヨルダウトがそう考えてしまうのも無理はない。
ヨルダウトが魔界にいることも知っているし、もしかしたら視ているかもしれない、そして、面白いことが起こっているから手を出そう、とレインが手を出したのかもしれない。と、レインの性格を知っているため、否定出来ずにいる。
答えを言ってしまうと、今回はレインは何もしていない。
本当に偶然に起こったことだった。
だが、何も理由がないわけではなかった。
簡単に言えば、魔力が反発したのだ。
ヨルダウトの魔力とエリーゼの魔力、どっちも吸血鬼だ。そして、吸血鬼とは捕食者だ。喰う側の存在。そして、ヨルダウトの制御を離れた魔力が暴れ出し、それに釣られるようにエリーゼの魔力も暴れ出した。だが、対等ではない。格が上であるヨルダウトの魔力の方が強い。そして、それに対抗するために、エリーゼから魔力を限界以上に吸い上げていた。しかもヨルダウトが引き離したため、その一瞬の内に吸血鬼特有の能力である『生命吸収』が発動し、エリーゼの生命力を奪ったのだった。
「……これは、お前の言うことを聞くのか?」
「ふぅ、少し落ち着いてきたぞ。それで、ワシの命令を聞くかどうかだったな。魔獣使いと似ており、対象となる魔物と魔力のパスが繋がっているのだ」
「なるほどな。ん?命令は聞くのだろうな?」
「ああ、そうだ。じゃなければ意味がないだろう?」
「それもそうだな」
きちんと聞き、納得する。
この狼が全くの敵意も殺意も向けていないことに納得いったのだ。
「よし、お手」
「グルゥ」
「おかわり」
「グルゥ!」
機嫌が良さそうに言うことを聞いている。
「ひとまずは安心か……」
「そうだな。しかもこれは、偶然が偶然を呼んで作られた産物だな」
「余の水晶の能力も持ってそうだ」
「ワシらの吸血鬼の能力もありそうだな」
「……」
「……」
お互い無言になった。
「まずくね?」
「ああ、まずいな」
神祖と真祖。そして、不死王の力まで持っていれば、無限再生が可能だろう。
そして、一番が、
「こいつ、核がないぞ」
「本当か!?」
ヨルダウトは知覚を広げ、視てみた。
すると、エリーゼの作る魔法生物には絶対にあるはずの『核』がなかったのだ。
慌てて、エリーゼも確認する。
「まさか……初めてだ。こんな完璧な生命を作り出せるとは……」
エリーゼが作る魔法生物は魂のない生物だ。
そして、もちろんこの狼にも魂はない。だが、肉体だけは完璧だと言えるだろう。
「実際どの程度の力を持っているかは分からぬが、それでもあの蛇よりは確実に強いだろうな」
「……ああ、ワシの最高傑作がこんな簡単に負けるとは屈辱だが、認めないわけにはいかないだろうな」
「それで、この狼の名前は何にするのだ?」
「名前……名前か。ポチではダメなのか?」
思いっきり真面目な顔で言い放った。
それに対して狼も心なしか嫌な顔をしているように見える。
「ネーミングセンス皆無なのだな」
「いいではないか、ポチ……可愛いだろう?」
「可愛いではなく、可哀想だ」
「うぐっ、アスモデウスにも言われたぞ……なら、何ならいいんだ」
「そうだな、そもそも余が考えていいものではないと思うが……ウル、でいいのではないか?」
「ウル……いい名だ!」
ヨルダウトが言った名に対して、高い唸り声を上げる。
どうやら、気に入ったようだ。
狼、改め、ウルが、ヨルダウトの足元に頭を擦り付ける。
「ちょっ、ワシが主なんだが!?」
「ガルルッ」
自分の方に引き寄せようとしたエリーゼの手を前足でペシンッと叩き落す。
「余の方がいいらしいな」
「だから、ワシの!ワシのだろうが!!!」
この犬め!と叫びながら、捕まえようと飛び掛かるが、素早い身のこなしで軽々と避ける。
その動きには体術を少し齧った程度の実力しか感じさせないが、それでも吸血鬼の身体能力で速い。だが、ウルの身体能力はエリーゼ以上らしい。
「ぐぬぬ、止まれ!」
「グルゥ!?」
命令を下すことで、強引に動きを止める。
逃げようと動こうとするが、命令の強制力は強く、抗えないようだ。
「はーっはーっ、疲れた……命令は聞くようで安心した」
「そうだな、本気で抗われたりでもしたら、効かないかとも思ったがこれなら大丈夫だろう。それより、そろそろ解除したらどうだ?」
「それもそうだな。もうよいぞ、動いて」
一瞬でヨルダウトの後ろまで下がり、隠れる。
そして、エリーゼに威嚇の声を上げる。完全に嫌われたようだ。
「力の程は自分で確かめてくれ。魔界には相手に困らんだろう?」
「それもそうだが……上位以上の悪魔だと、それぞれが誰かに仕えていたり、逆に配下を持っていたりする。簡単に手を出せば、集団で襲い掛かられる場合もある。ワシに戦闘能力はさほどないからな」
「確かに、危険ではあるな」
悪魔などの高位存在に限らず、強者とは見た目は関係ない。
ロリだろうと、女だろうと、地盤を砕く程の力を持っている者もいる。では、どうやって実力者かどうかを判断するのかと言うと、魔界の場合は魔力だ。高位になればなるほど魔力が膨大だ。
そして、エリーゼも魔力だけは膨大だが、その力はほぼ全て、魔法生物創造に使われている。要するに、自分で戦うことは出来なくはないが、作る魔物より弱い。なら、作った魔物を戦わせた方がいいと言うことだ。
「さて、余はもう行く」
「もう行くのか?」
「ああ、魔界に来て意外と時間も経ったしな。それに、新たな力も得た。十分な成果だ」
「感謝するぞ。数百年は進んだ気がする。また、ここに来た時は寄っていくがよい。歓迎するぞい」
「うむ。その時は、よろしく頼む」
「グルルゥ!」
ヨルダウトの裾に噛み付き、何かを訴えようとしている。
その様子は「行かないで」と言っているように見える。
「すまぬな。ウル、お前の主はそこのエリーゼだ。余ではない」
膝をつき、頭を撫でながら、子供に言い聞かせるように優しく言う。
自分からグリグリと頭を手に擦り付ける。
「きちんと主を護るのだぞ?……もし、エリーゼが死ねば、作った魔物はどうなる?」
「消える。当たり前だ。魔力の補給が必要だ……いや、待て。『核』がないとなると、もしかすれば、その供給すら要らないかもしれん」
「ふむ。このようなパターンは初めてと言ったな。なら、今までとは根本的に違うのかもしれんな」
作る時、一応自分の好きなように作れる。
例えば、力を上げたり、速さを上げたり、特殊能力を付与したり、姿形もほぼ望み通りに作れる。今回のように獣系や竜系、さらには、スライムのような粘体生物まで、多種多様だ。
「まぁ、吸血鬼なら寿命は無いに等しい。これからゆっくり調べていけばいい」
「それもそうだな。ワシもウルと仲良くならねばな」
作る魔法生物には基本的に知性を持たせない。と言うか持たない。なぜかと言うと、もし知性を持てば、それは一つの生命だからだ。作るが創るになってしまう。
だが、このウルには完全に知性があるように見える。自分で判断し行動している。主であるエリーゼに対して、反抗しているのがいい例だ。
「ガル!」
フンッとそっぽを向き、ヨルダウトにくっつく。
エリーゼとは逆にヨルダウトは気に入られたようだ。と言うより、完全にヨルダウトの方が主だと思っているようでもある。命令の強制がなければ、エリーゼの命令など一つも聞こうとしないのが、目に見える様だ。
「ではな。余は帰るとする」
「外に転移をさせようか?」
「結界の解析も転移のところは済んだ。ここからでも外へ転移出来るだろう」
「っ!そうか」
それだけ言うと、ヨルダウトは結界の外へ転移する。
また、広大な荒野を見ながら、レインの元へ帰ろうとする。
「…………ふむ。帰り方が分からん」
評価、ブックマーク登録、感想、ありがとうございます!
励みになりますので、入れて貰えると嬉しいです!!!