蝶から聞く状況
「改めて……僕はヴァネッサです。僕を信用していただきありがとうございます」
私しかいない村に訪問してきた蝶の人外――ヴァネッサは、私が差し出した残りの保存食を食べたあとに名乗りと感謝を上げた。それを食卓を挟んだ向かい側で聞いた私は、首を横に振って言う。
「……私はマティス。あなたを完全に信用したわけじゃない」
あの怪物に死より残酷な目をあわせられた私にとって、はっきり言って人外より人間の方が信じられる。それでも、こうしてヴァネッサを自宅に受け入れたのは一種の余裕があるからだ。私はカマキリの人外、ヴァネッサは蝶の人外、草食性の虫が肉食性の虫に勝るはずがない。ヴァネッサに危険な目をあわせられる心配はない。
私に信用されてないことを知ったヴァネッサは、少し困り顔を見せたあとにたずねた。
「ここの村は……マティスさんだけですか?」
「私が全員食べちゃったと?」
「い、いえ、あなたも被害者だと思っていますが……」
そう言うヴァネッサに、私は壁の数本の傷を指しながら話した。
「人間に擬態した怪物がこの村を襲ったの。私は死なずにこの姿に変えられた日から、あれくらいの数日間を過ごした」
「人を変異させる怪物……それはどういう奴ですか?」
「被害者の口から直接聞き出すわけ?」
私は質問を質問で返した。あの時のことを思い出すだけでも気分が悪い。
ヴァネッサは自分の無神経に気づき、すぐに謝った。
「す、すみません……」
「別にいい。あなたこそなんなの? こんな村に誰かが来るとは思ってなかった」
「話が長くなると思いますが……大丈夫ですか?」
私は頷くと、ヴァネッサは話し始めた。
――――
自分で言うのもおかしいですが、ここに来る前に僕は様々な場所を旅していました。訪れた町で傭兵の仕事をしたり、ギルドで仕事を引き受けたりと、何でも屋に近いことをやっていました。その当時の僕は人間で、怪物なんて全くいませんでした。
ある日、とある町に訪れたのですが、そこでは不可解な出来事が起きていました。町の人々が何かに襲われて死ぬ事件があったんですが、その遺体には見たこともない噛み傷があったのです。それだけでなく、遺体にありえないモノが生えていたのです。獣の毛、鳥の羽毛、爬虫類の鱗、そして虫の触覚が生えた遺体もありました。
町長はこの事件の犯人を見つけるようギルドに依頼し、僕を含む多くの者が調査していました。それでも手がかりを掴めずに時間が過ぎたある時……
犯人の一人が自分から僕たちの前に現れたのです。怪物に変えた町の人を引き連れて……
獣のように襲い出す異形と僕たちは戦いました。しかし、怪物に傷つけられた者は怪物に変化していき、僕たちは追い詰められたんです。
僕は様々な虫をかけ合わせたような元凶に挑んたのですが……こうして蝶の人外に、女々しく変えられてしまいました。
気がつけば町は地獄に変わり果てていました。自分の姿に絶望し、自害しようとしましたが……凄まじい死の恐怖に襲われ、死ぬことすら出来なかったのです……
――――
「体が化け物になりながらも理性を保てた僕ですが……化け物には獲物として襲われ、人間に助けを求めても敵として攻撃されてきました」
悲しそうに話すヴァネッサ。そんなことを私は全く気にせず、彼の話に出ていた怪物の存在が気になっていた。
蝶の人外は話し続ける。
「町の近くにある村を知った僕はそこに逃げました……林の中にある村、この村のことです。僕は誰かに助けてもらいたく……」
「それで私と出会った」
話を切る形で私が言うと、ヴァネッサは頷いた。
……私が行っていた町も襲われていた。様々な虫をかけ合わせた怪物に……
村を襲い、私をこの姿に変えた怪物も、サソリの尾、蜘蛛の脚、カマキリの鎌……それらを持っていた。村を襲った怪物と、町を襲った怪物は同じかもしれない。私はそう思い、ヴァネッサに話した。
「さっきあなたが聞こうとした『村を襲った怪物』、街を襲ったのと同じかもしれない」
「そ、そうなんですか」
「『かも』しれないのよ。だから町に行って確かめようと思ってるの」
「……あなた、本気ですか?」
悲しそうだったヴァネッサは真剣に聞いた。私は頷くと、ヴァネッサは首を横に振った。
「だめです! 町は今、化物が彷徨いているんです! それに人間が僕たちを攻撃してくるかもしれません!」
「気づかれないようにすればいいだけ。敵の気配を感じ取り、隠れながら行くのよ。別にあなたはこの村に隠れてもいいの」
「……いいえ。僕も行きます。受け入れてくれたあなたを一人で行かせません」
「……勝手にしなさい」