私の一日、そして訪問者
人ではなくなった現実を受け入れ、まともに動けるようになってから数日間経った。
人形と蟷螂をかけ合わせたような怪物の私は、人間がいなくなった村で生活していた。
朝に目覚めて、球体関節で出来た自分の腕を目にして現実を理解するのが日課となっている。無人の店の商品である保存食を朝食として食べ、他の村人だったかもしれない異形の死体を人が寄り付かなかった場所に埋めて木の墓標を建てる。
昼は村の周囲に出て、リスや野ネズミ等の小動物、野鳥がそばを通った瞬間に腕の鎌で捕らえ、裂けた口に運んで食べた。初めは人間とは思えない無意識の行動に私はショックを受け吐き出したことがあったが、今はもう慣れてしまった。
夕方になるまでは荒らされた村を掃除したり、人間時と変わらず教会で祈ったりしている。主に、村を滅ぼし、自分をこの姿に変えた“あの怪物”に天罰が下ること、自分が人間に戻れることを祈っている。
日没後、保存食を食べたあとは自宅の壁に一本の傷をつけて眠っている。その傷は数本もあり、怪物として過ごした日数を表している。
これが私の一日。人間の頃は同じ年齢の村人の仕事を手伝い、一緒に食事をし、たまに村を出て近くの町で買い物を楽しんだりしていた。怪物となった今は、人が死んでいなくなった村で一人過ごすばかりだ。
あの怪物が憎い……私から奪ったあの怪物が……村を滅ぼしただけでなく、私を人として死なせなかったあいつが……
――――
窓から差す日光に私は目を覚ました。気分が悪い……毎朝上半身を起こし、細長い鎧のような己の身体を見るたびに気分が悪いが、この日の目覚めは最悪だった。
寝床から離れ、食卓に置かれている保存食を口に押し込み、今日も埋葬か掃除、祈りをしようかと考えながら玄関を開けた。私の家の正面は村の広場となっており、祭りの日に玄関を開ければその催しをすぐに見られるようになっている。今となってそれは期待できないけど。
広場に人影が立っているのが見えた。
私はすぐさま玄関を閉め、荒い呼吸を整える。こんな場所に人が来るとは思っていなかった。特定の曜日に来ていた町の商人が来なくなり、誰も来ないと思っていた。何かの見間違いかと思ったその時だった。
玄関の向こう側に何かの気配を感じた。怪物になってから気配を感じるという感覚が気のせいだったことはない。昼の狩りの際に触覚で獲物の気配を感じ取ってきた。つまり、先程の人影は見間違いではない……
「誰か! いませんか!?」
玄関の外から高い声が聞こえた。その声に敵意や悪意はない気がする……そうやって、あの怪物の襲撃を許してしまった。女性に擬態していたあの怪物は村の中で正体を現し、村の人を殺して私を怪物に変えた。
私は返事をせず、玄関から少しずつ離れる。もしも玄関を開けて声の主が現れたとする。それが人間でも警戒し、怪物だとわかったら鎌で切り裂いた隙に逃げる。本当に人間だったら接して……
私は自分の両腕を見た。虫の殻で出来た球体関節人形の腕だ。そして身体は華奢な鎧そのもの。顔も緑一色の目に避けた口をした無機質なお面。
そんな怪物の私が接する……? こんな姿が誰かに晒される……?
「入らないで!」
私の口からそんな言葉が出た。自分が受け入れられなかったこの姿が、他人に見られるなんて恐ろしい。他の人間が私を見たらどう反応する? 怖がる? 敵意を向ける? 殺そうとしてくる?
玄関の外から何も聞こえない。その代わりに音を立てて玄関が開かれていく。
「お願い……入らないで……私を、見ないで……」
そう懇願する私は、止まらずに開くドアを見るしかできなかった。その場にうずくまり、腕で体を隠す。
開かれた玄関には人影が立っていた。その者は私の家に入り、姿を見せる。
「安心してください。僕も、同じです……」
落ち着いた言葉を上げる人影。その姿を見た私は怯えなくなり、立ち上がって改めて見る。
一緒だ。私と同じ怪物だ。
黒一色に染まった目に裂けた口、短く先端が黄色、青、赤の三色に染まった黒髪に混ざって生えている二本の触覚。それらで構成されている仮面の顔は悲しんでいるように見える。
一方、身体の方は私のような鎧じゃない。鮮やかな蝶の羽で出来た動きやすいドレスの身体をしている。
人形と蝶をかけ合わせた怪物が私に話しかける。
「すぐ馴れ合おうとは言いませんが……少し、一緒にいませんか?」