6.イーダ
「哀しみのイーダ。
彼は里ができる以前から存在している。
なのでいつ生まれたのかわかっていない。
というより彼についてわかっていることはほとんどないといっていい。
わかっていることは長い時を生き、高い知能を持つということだけだ。
200年前イーダはその高い能力を武器に貪欲に[哀]への理解を求めた。
時には殺し、殺させ、壊し、壊させ、裏切りや嫉妬様々な角度から[哀]を生み出そうとした。
結果一族の大半は死に多くの写魔も消滅した。
一族は生き残った全員で対抗し、当時の長の魂鎮めによって封印されることとなる。」
シバは右目周辺を指さして話を続ける。
「これはイーダそのものなんだよ。
イーダが封印されて以来、一族の全員にこれと同じものが箇所は違えど体のどこかに刻まれている。生まれてくる子も模様を持って生まれてくるんだ。」
「呪いか。」
不機嫌な様子でディオは吐き捨てた。
「いや、その言葉は適切じゃない。
写魔は人の感情から生まれてくるといっていい。
その存在は本来無垢なものだ。
里を作った者たちは人の世を捨て写魔とともに生きることを選んだ。
俺たち一族にとって写魔は良き隣人だ。
写魔に寄り添い生きる者、それが俺たちウルガ族だ。」
その言葉を聞いたディオはとりあえず機嫌を直す。
「イーダは写魔ではないという考察もある。
長寿の写魔はそれだけで脅威だ。
感情の研究にそれだけ時間をかけていることになる。
普通なら解を得て消滅している。
研究が深くなればなるほど多角的に物事をとらえていくため、人の感覚では無関係であると考えられるものまでも研究材料にしていく。
その材料に恐らく[哀]以外の感情も含まれている。
[哀]を理解するためには人の持つ感情すべてを理解しなければと考えた可能性はある。
感情レベルでは人と変わらない。
もしかしたら人以上に感情を理解している。
人の感情を持ち、知性が高く、長寿である。
これだけ見れば写魔とは別物と言わざるをえない。
習性から写魔と仮定しているに過ぎない。」
ディオは自分の分とシバの分の茶を入れながら話を自分なりに整理していく。
「封印されたといってもイーダの能力はほとんどかわっていない。
行動に制限がついただけだ。だがそれが大きい。
イーダが行えることは契約を通さないと行使できなくなった。
そして模様からしか研究対象を探せない。
制限のある中効率よく研究するために契約は生まれたのかもしれない。
イーダは依頼者を選ぶ。
研究対象にならない者とは契約しないからだ。
ディオ。アンタはイーダに選ばれたんだ。
模様が見えているという異常からイーダの興味の深さが窺える。
アンタの依頼を達成するためには俺たちと解を見つける旅に出る必要がある。
恐らくイーダはこの旅で解を見つけることになるだろう。」
「なぜ、そう言い切れる。」
「ここ数年契約の発生はほとんどない。
研究は大詰めにきていると考えられている。
イーダの研究の転換期には必ず大きな事件がおこる。
一年前ある事件が起きている。
その結果一族と呼べる者はもはや俺しか残っていない。
一族が写魔に寄り添い生きるものであると同時に写魔も一族の存在なしには自我を維持できない。
俺からの話は以上だ。」
「わかった。どのみち契約は成立してるんだろ。
思うところはある。
だが俺も手段を選んでる暇はねえからな。
選ばれたって?光栄だなと答えればいいのか?
なあイーダさんよ。」
模様に向けて話しかけるが何も反応はない。
「まあ、いい。いくつか必要なもんがあるな。
飯食ったら買いに行くぞ。」
「わかった。」
こうして二人の男の旅が今始まる。