4.契約
シバは部屋に着くなりベッドに倒れこんだ。
【ねえねえ、シバ今どんな気持ち?
うーん、ひょっとして疲れてる?
あたり?もしかしてあたり?】
【ああ、少し疲れてるかな。
ごめんね、エル。
今日はちょっと相手してあげられそうにない。】
【そうなんだ。
残念。残念?
使い方あってる?もしかしてあたり?】
【うん、それであってる。じゃあ、切るよ。】
シバはエルとの通信を切ってそのまま眠りについた。
翌朝目を覚ましたシバが一階の酒場におりると昨日食事をしたテーブルにディオがいた。
朝といっても外はまだ薄暗い時間帯なので他には誰もいない。
「よう。おはようさん。早いな。
まあ無理もないか。とりあえず座れや。」
シバは促されるまま席につく。
ディオは手に持っていた湯呑をすすってから息を吐いた後つぶやくように言った。
「カッシュは逝っちまったんだな。」
それを聞いたシバは驚きを隠せない。
自然と常に腰にさしてある剣の柄を強く握りしめた。
「アンタは兄上に会いに来たのか?
俺たち一族のことどこまで知っている。」
めんどくさがりなディオは普段説明じみた会話をザックリと済ませるが、シバの反応を見て細かく説明する必要性を感じた。
「お前さんの言う通りカッシュを探していた。
奴には貸しがあったからな。
今から5年ほど前俺はちっとばかし困ったことになってな。
色々手を尽くしてみたんだがこれがどうにもならんでな。
ある時ヤツの言葉を思い出した。
『もし困ったことがあったら自分を見つけてください。力になれるかもしれない。』
奴はそう言った。
聞いた時は居場所も言わねえで何言ってやがんだと思ったんだがな。」
ディオは湯呑をすすり話を続ける。
「正直まいったぜ。なんせ手掛かりがほとんどない。
奴の見てくれ、言動を記憶の中から引っ張り出して手当たり次第に文献を漁ったよ。
戦で飯食ってきた俺が世界中の図書館巡りだ。
だがそうまでしても手掛かりは掴めなかった。
そんな俺に道を示したのは皮肉にも俺が買った一冊の絵本だった。
言葉通り方角だけだったけどな。
あとはクサイところをしらみつぶし、その矢先にお前に会ったってわけだ。
お前たち一族ってやつのことは正直わからん。
絵本に描かれていた主人公が刀を使ってたってだけだ。」
話が終わり一息ついているディオを見ながらシバは思う。
話し方こそ軽いがその内容からディオが相当追い詰められた状況にいることを想像するのは難しくない。
まさに藁にも縋るとはこのことだ。
「本来契約は相手に説明する必要のないものだが、アンタの場合はそうもいかないな。」
「契約?」
シバはディオの前ではじめて見せる真剣な表情で話し始めた。
「ディオ、アンタはこの右目の周りの模様見た。」
「ああ、見たな。ってか今も見てるが、それがなんだ?」
「普通は見えない。俺は話しか知らないがアンタ元傭兵なら外の世界にあるギルドのクエストって知ってるんじゃないか。」
「ああ、外の世界って部分を抜けば受けたことがあるな。」
(そういえば奴も使っていたな。何のことか知らんが。)
「ああ、すまない。
一族の者は自分たちの住んでいる里以外の土地を外の世界と呼ぶ。
話を戻そう。
この模様はギルドのクエストの受付みたいなものだ。
依頼者が現れると反応を起こす。」
「俺が依頼者でお前さんの一族が履行者ということか?」
「後半が違う。
履行者はこの模様だ。
これについての説明は後で話す内容と重複するから今は割愛する。
とりあえず今言った一連の流れを一族では契約と呼ぶ。
ちなみに外の世界で使われている契約という言葉とは似てはいるが別物としてとらえてほしい。」
「わかった。だが妙な話だな。
俺はまだ何も依頼はしてないし、その模様を見たのはお前さんと初めて会ったまさにその時だ。」
「ギルドのクエストと比較して説明する。
ギルドのクエストは依頼者が依頼を出し、受けた者が履行できれば依頼者から報酬が支払われる。
だが俺たちの契約は模様が反応を起こした時点で依頼と受理が同時になされる。
また履行と報酬の支払いも同時といっていい。
さらに付け加えると履行の失敗の可能性は否定できないが里の記録では一度もない。
履行時期は未定、はっきり言うとわからない。
履行方法についても同様。
最後に模様の反応には条件があると考えられている。
模様を持つ者つまりは一族の者と依頼者がお互いを視認した場合らしい。これも不確定だが。
契約の説明は以上だ。」
「ああ契約の流れは理解した。が、正直意味が分からん。」
「同感だ。これはそういうもんだと思うしかない。一族の俺ですらそうなんだ。
理由はこの模様の特異性にある。ここからは一族が秘匿してきたものを説明する。」
「いいのかよ。俺なんかにそんなもん話して。」
「今となっては誰に知られたところで問題はない。
しかし内容が内容だけに一族云々以前に大っぴらに話すわけにもいかない。」
窓から日の光が差し込んできている。
そろそろ人の出入りが予想される時間帯だ。
「秘匿の法を使う。このまま話を続けよう。」
シバは右目の周りの模様に触れながら何やらつぶやいている。
(外の世界っつったか。
正直大袈裟に聞こえてたが今ではこれ以上にない表現に思える。
ぶっちゃけ目の前のコイツが人の言葉を喋る違う生き物に見えてきたわ。
これで序の口ってんだからまいったぜ。)