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負けるな、ブサメン  作者: 音子
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それから数日後、彼女は再びやってきた。

びっくりした。

来ると連絡あったけど、OKしたのは自分だけど、ホントに来たのを見て、驚きを隠せない。

なぜ来るんだろう。自分をからかっているのか。

「閣下は、はちみつパンがお好きだと聞いたので」

そう言って、彼女はお土産にはちみつパンを持ってきてくれた。

受け取りながら、恥ずかしさのあまり顔に熱が集まるのが分かった。

このパンは、下町の子供がおやつに食べるようなもので、上流階級の人間が食べるようなものではない。だけど、自分はこの味が好きで、時々取り寄せていた。

控えている家の執事を見ると、すっと目をそらされた。

よりのよって、なぜこれを教える・・・!!!

「わたくし食べたことがございませんの。一つ頂いてもよろしくて?」

「え、あ、は、はい。どうぞ・・・」

包みを開けてパンを差し出す。

絶対まずいとか言われるんだろうな。そして、こんな町民の食べるものを食べてる自分を罵るに違いない。

しかし、不思議だ。

彼女が持つと、はちみつパンがとても高級なパンに見える。後光すら見える。

自分は、情けないほど眉尻を下げて、優雅な手つきでパンを一口食べる彼女をいたたまれない気持ちで見ていた。

「おいしいですわね」

「え、は、そう、ですか・・・」

「閣下はどちらでお召し上がりになったのです?」

「学生時代に・・・初めて食べて・・・」

おいしい?だと??まぁ、美味しいんだけどさ。

いやいや、これはあれだ。社交辞令というやつだ。孔明の罠だ。

それから会話をしたと思われるが、はちみつパンの事が頭をぐるぐる回って、何を話したのかわからないまま彼女は去っていった。


あれ?彼女ってもしかして、聞いていたほど悪い人じゃないのか??

てっきり、自分のような豚とはこっちが願い下げだとか、わたくしと同じ席に着くなんておこがましいとか、いろいろ言われると思ったのに。

そりゃ、彼女の少しキツめの目でじっと見られたり、有無を言わせないような雰囲気とか怖いと思うけど・・・。

頭にはてなを付けつつも、彼女という人が少し気になった。


それから、彼女は何度も自分の屋敷に訪れた。

相変わらず自分は挙動不審で、言葉はどもっていて、彼女に聞かれたことに応えるぐらいで、ホントになんでこんな自分のところに彼女が来るのかが不思議でしょうがなかった。

だから、勇気を出して聞いてみることにした。

彼女と会ううちに少し慣れたから、というのもあるが。

「あ、あの」

「なんでしょう」

「どうしていつもいらっしゃるのでしょうか・・・」

汗がどっと出た。手汗がやばい。心臓も破裂しそうな勢いだ。

ごくりと唾を飲んで彼女を見ると、彼女は扇を口元に当てたまま少し首をかしげた。

「えっと、自分なんかと会っているのは何故かとお聞きしてます・・・」

語尾がどんどん小さくなる。若干声も震えている。

「婚約者、だからですわ」

簡潔に彼女が言う。

うん、そうだね、婚約者だから、だよね。うん・・・。

「閣下は私とお話しするのがお嫌なのですか?」

「い、いえっ滅相もありません。・・・ただ」

「ただ?」

「公女は、自分なんかと話していて楽しいのかと思いまして」

「楽しいか楽しくないかと問われましたら、楽しくないですわ」

ぐはっ。ストレートパンチきたよー。

ですよねー。そうですよねー。楽しくないですよねー。

「ですから、楽しくなるよう努力しておりますの」

公女の言葉に、俺は顔をしかめた。

え、なにそれ。意味が分からない。それって、努力するものなの?努力する意味あるの?

俺がそんなことを考えていると、公女は俺の返事を待っているのか何も言わない。

下を向きながら、俺は口を開いた。

「そ、そんな努力無駄ですよ。いつまでたっても自分なんかと話していたって、楽しくなるはず、ないです。こんなデブで、根暗で、引きこもりで、不細工で、気の利いたこと1つもできない、自分なんかと・・・話していたって」


―――――時間の無駄だよ。


「閣下はご自分がお嫌いなのですの?でしたら変わればよろしいのではなくて?」

「そ、そんなのっ!!できたらしているに決まってるじゃないですか!」

「ですが、努力もせずに周りが変わることを待っているようでは、いけませんわ」

 俺は二の句を告げられなかった。あっけにとられた、ともいう。

彼女とは根本から違うのだ、とこの時思い知らされた。だから、公女にはわからない。自分の気持ちの一かけらもきっとわからない。

そう思ったら、怒鳴っていた。

「努力すれば報われるなんて、詭弁ですよ!」

一瞬しまったと思ったが、彼女のさも不思議そうな顔に、言葉は止まらない。

「あなたとは違うんですよ。すべてに恵まれていて、辛いことも苦しいことも、挫折も知らないあなたとは。だから、そんな上から物を言う事ができるですよっ。俺のように最初から地面を這いずることしかできない奴に、努力とか、そんなのは、ただの無駄なんですよ!!」

カッとして、一気にまくし立てて、やや興奮が収まってから、はっとした。彼女を見ると、いつもの扇で口元を隠した状態で、静かに目を伏せていた。

「失言を謝ります。申し訳ございませんでした」

そう言っていつも通りに優雅な礼をして、彼女は去っていった。

慌てて後を追おうとしたが、言葉も出ず、足も動かせず、結局挙げた手を力なく落としただけだった。


どうしよう。もう、2度と会ってはくれないだろう。

酷いことを言ってしまったし、怒鳴ってしまった。怒鳴った自分自身にも驚いた。

何やってるんだろう、俺・・・・

いや、むしろもう2度と会うことをしなくたっていいと思うんだ。彼女だって、その方が幸せだ。自分なんかと会わなくていいのだから。

お気に入りのフィギアを並べながら自問自答する。

いつもは嫌なことがあった時こうして好きなフィギアを並べて眺めていたら元気になるのに、今回はちっとも気が晴れない。

自分と話すのがつまらないなら、話さなければいいんだ。だって、その方が楽じゃないか。なんで、わざわざこんな自分のために努力なんてするんだよ。

彼女の力なら、王命だって覆すことだって不可能じゃないのに。なのになんで。

はちみつパン持ってきてくれたり、今話題の話を話してくれたり、自分のこと聞いて来たり、するんだよ。

確かに婚約者だけど。今のままだと結婚決定なんだけど。

「若様」

フィギアに囲まれて座っていると、長年つかえてくれている執事が声をかけてきた。

「若様に、歩み寄ろうとされる方はほとんどいらっしゃいませんでしたね」

そう言われて、俺は俯いた。

ずっとずっと小さいころは、何も感じなかった。

だけど、集団の中に入って、俺はそこに馴染めなかった。暗くなった。食べ物に逃げた。2次元に逃げた。ネットに逃げた。ひたすら逃げた。

そうすると、当然だが周りも近寄ってこない。

明るいデブだったら、まだ多少マシだっただろう。俺だって、ちょっとは頑張ろうとした時もあった。

だけど、すっかり臆病者になってしまった俺には、駄目だった。

彼女はこんな外見でも、普通に接してくれた。心の中で何を思ったかはわからないけど、自分を「婚約者」として見ていた。

誰かとチャット以外で会話をするのが久しぶりで、しかも女性で俺なんかがお近づきになれそうもないような美人。

実際、嬉しくもあった。

夢かもって思いながらも、美人が訪ねてくれて、普通に接してくれて。

「彼女に謝った方が、いいよね・・・・」

「えぇ、そうでしょう。まさか、若様が公女様に『挫折も知らない』などと言うとは、私も正直度肝を抜きました」

「え?なんで?だって、事実彼女挫折なんて・・・・」

そう言いかけて、はっとした。

そういえば彼女、王太子に振られたんだっけ。

手に持っていたフィギアがぽろっと落ちた。やややややややばい。やばいよやばいよ。

「まさか若様。今までそれが失言だとお気づきではなかったと・・・?はぁ。じぃは情けのうございます。もう一生そうやってフィギアに囲まれて生きていけばいいのですよ」

やれやれ、と首を振って、執事は部屋を出て行った。


彼女に謝らなければ。

次に会った時に必ず謝ろう。そう思っていたのに、彼女からは何の連絡もない。

それはそうだろう。あんなことを言ってしまったのだ。

それに。いつも彼女が連絡をくれて、俺に会いに来てくれていた。彼女は、自分が外に出るのが嫌いなのを知っていたのかもしれない。

彼女は、実はとても俺に気を使っていたのだろうか。

『楽しくなる努力をしている』

彼女が言ったセリフが頭をぐるぐるとまわる。

この言葉は、自分と向き合おうとしてくれていた意味だ。それを自分が拒絶したのに、彼女からの連絡を待っている自分が情けない。

自分だったら。

嫌なことから逃げて。駄目だと思ったことは避けて。自分の世界に閉じこもっていた。

「ダメだと思うなら、変えればいい、か・・・」

つぶやいた言葉に応える人もなく、空しく静寂の中に消えた。

タブレットを取り出し、彼女の連絡先を探す。

さて、なんて送ろう。

『どうもーこんにちはー。元気ですかー?』

いやいや、違うだろ。

消去して考える。

『先日は大変な無作法をしてしまい、誠に遺憾のことと思いますが』

重すぎるだろ・・・どこの公的文書だよ・・・

『今度、遊びに行ってもいいですか?』

これを文章の最後に持っていこう。出だしは何がいいのか。さっぱり浮かんでこない。漫画でも参考にしよう。何がいいかな。

「若様」

いきなり声を掛けられ、びくっとなったその拍子に送信ボタンを押してしまった。

「うぎゃあぁぁ」

タブレットを凝視する自分に執事は悪びれもせず言う。

「お夕食はどうなさいますか」

「いやいや、今さ、今さ、今さ!!!」

「いつもの時間でよろしいですね。はい分かりました。」

「会話になってないしっ」

涙目の自分をしり目にさっさと退室していく執事。なんか、全然当主として扱われてないよね?長年仕えてくれて助かってるけどさ?なんか違うよね??


はぁ。もう送ってしまったのだから、しょうがない。

それに、返事が来るとも限らないし。

タブレットをぽいっとソファーに投げたとき、メール受信の音が鳴る。

アニメの情報とか、レアグッツの情報とかを送られてくるようにしていたから、それだろう。一応見るかとメールを開けてみると、彼女からだった。

「!?」

ドキドキしながら開くと、週末が空いているという内容だった。

やっっっっったぁぁぁぁぁぁぁぁ。

妙な手汗をかきつつも、伺う時間を打って、返事を返す。若干手が震えている。

すると、また返事が来た。

『お会いできるのを、楽しみにしております』

社交辞令だとしても、楽しみにしていると言われるのは嬉しい。

タブレットを持ったまま小躍りをしていると、執事が再びやってきて「床が抜けますので、お静かにお願いします」と言われてしまった。

「ご、ごめん」

やっぱり扱いが酷いと思うんだ・・・一応当主なんだ・・・俺。


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